コラム・連載

ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

「ナイスガイだからこそ」のメジャー制覇と社会貢献

2022.12.15|text by 舩越園子

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スコットランドの名門ロイヤル・バークデールが舞台となった2008年全英オープンは、左膝の手術を受けたばかりだったタイガー・ウッズが欠場し、開幕前は「ウッズ不在の淋しいメジャー」と呼ばれていた。

しかし、蓋を開けてみれば、当時53歳のグレッグ・ノーマンが突如リーダーボードを駆け上がり、往年のビッグスター、“ホワイトシャーク”の奇跡のシニア優勝の可能性に人々の視線は釘付けになった。

ノーマンと言えば、今ではサウジアラビアの政府系ファンドの支援を受け、リブゴルフを創設してCEOを務めるビジネスマンと化している。

だが、現役時代はメジャー大会で何度も優勝争いに絡みながら、マスターズでも全米オープンでも全米プロでも、苦い敗北を喫し、彼には常にどこか報われないイメージが付きまとっていた。

それでもノーマンには全英オープンだけは2勝を挙げた実績があり、だからこそ、あの2008年大会では、たとえシニア年齢になっていても、ノーマンの3度目の全英制覇に人々は大きな期待を寄せていた。

しかし、優勝トロフィーのクラレットジャグを持ち帰ったのは、ノーマンではなく、アイルランド出身のパドレイグ・ハリントンだった。

ハリントンは前年大会に続く全英オープン連覇を達成。欧米メディアは「やっぱりナイスガイ、ハリントンが勝利した」と大々的に報じた。

寒風が吹き荒れたロイヤル・バークデールの最終日。気合いが入り、興奮していたせいなのか、それとも無類の暑がりなのか、ハリントンは出場選手の中でただ1人、半袖姿で1番ティに立ち、ティオフしていった。

あるホールでティショットを打ち、歩き始めたハリントンは、ロープ際で車椅子に座って寒そうに観戦していた高齢女性の方へぐんぐん近寄っていった。そして、自分のゴルフバッグの中からウインドブレーカーを取り出すと、女性の膝の上にそっとかけ、無言で歩き去っていった。

優勝争いの真っ只中で、その場面を目にしたとき、ハリントンは、なんていい人なんだろうと私は心底思ったが、そう思ったのは私だけではなかったようで、だからこそ彼が勝利したとき、欧米メディアは一斉に「いい人が勝つ」「ナイスガイ、強し」と書いたのだろう。

キャリアの前半と後半

ハリントンは昔も今も欧米ゴルフ界きってのナイスガイだが、まさかナイスガイぶりだけでゴルフの試合に勝てるはずはなく、ましてや全英オープン連覇が人柄の良さだけで達成されたわけではない。

そう、ハリントンにはハリントンなりの緻密な計算が実はあったのだ。

アイルランドのダブリンで生まれ育ったハリントンは、地元のダブリン大学を卒業。1995年に24歳でプロ転向した当初から「プロのキャリアは、もって20年」と考えていた彼は、自らのキャリア20年を前半と後半に分けて、後半の10年を「メジャー優勝を狙う期間」と定めた。

その計画通り、2005年に34歳で米PGAツアーのメンバーになり、欧米両ツアーの掛け持ち参戦を開始。35歳で全英オープン初制覇を遂げ、36歳で全英オープン連覇を成し遂げた。

プラン通り、狙い通りにメジャー大会を制覇できたのは、なぜなのか。一体どうやって、そんな離れ業を成し遂げることができたのか。そう尋ねられたハリントンは、こう答えた。

「楽しくないことも続けられるかどうかが結果を左右する。そして、僕はそれを続けてきた。なぜなら、最後につかむ栄光を楽しみたいと思ったからだ」

毎朝、ダイニングテーブルの上に飾ってあるクラレットジャグを眺め、日々の鍛練を心に誓ってきたというハリントン。

そんな彼の「いい人」と「努力」が、彼に全英連覇をもたらしたことを知ったとき、「ナイスガイが勝つ」というフレーズは私の心の奥底に深く刻み込まれた。

幸せをもたらし、幸せになる

ところで、全英オープン連覇を成し遂げる以前から、ハリントンはナイスガイとして知られており、当時、その理由を探った私は「なるほど」と頷かされた。

キャリアの後半10年を「メジャー優勝を狙う期間」と自ら定めたハリントンは、キャリアの前半の10年を「メジャー・チャンピオンになるための準備期間」と定めたそうだ。

その準備の中には、心技体を磨くことはもちろん含まれていたのだが、もう1つ、「メジャー・チャンピオンにふさわしい人間になること」という目標も含まれていた。

プロゴルファーとして社会のためになること、人々のために尽くし、役に立つこと。それができずして、メジャー・チャンピオンと呼ばれる資格はないと考えていたハリントンは、2004年にパドレイグ・ハリントン・チャリティ財団を創設した。

障害のある人々にゴルフを楽しんでもらいたいと願い、スペシャルオリンピックスのアンバサダーに就任。

重い傷病と向き合う子どもたちの願いを叶えるためのメイク・ア・ウィッシュ財団のアンバサダー役も引き受けた。

さらにハリントンは、食道がんと闘う人々やその家族を支援し、食道がん治療のための研究開発を促進するためのチャリティ基金も創設。

毎年5月には、ローリーポップと呼ばれる色鮮やかなキャンディを掲げて、食道がんの初期症状を見逃さないよう人々に呼びかける「ローリーポップ・デイ」のイベントにもアンバサダーとして参加している。

2015年には、子どもたちを犯罪や暴力から守るために活動しているアイルランドの人権保護団体と協力してゴルフのエキシビション大会を開催。

魔法のようなトリックショットから力強いドライバーショットまで、さまざまな技を披露したハリントンは、その大会で得られた1000万円以上の収益金を、すべて同財団へ寄付した。

社会に尽くし、人々の役に立てる人間になっていなければ、メジャー・チャンピオンになる資格はない。

そう考えたハリントンは、キャリア前半でナイスガイへの道を歩み、キャリア後半でメジャー覇者への道を歩み、51歳になった今はシニアのチャンピオンズツアーに参戦。2022年は4勝を挙げ、充実した人生を謳歌している。

そんな彼を眺めていると、ナイスガイは人々に幸せをもたらすからこそ、自身も幸せになるのだと頷かされる。

次回は1月15日公開予定!

バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 67. 鉄人レースに挑んだ女子プロのチャレンジ
  3. 66. 「ナイスガイだからこそ」のメジャー制覇と社会貢献
  4. 65. 個性派M・A・ヒメネスの恩返し
  5. 64. 全英女子オープン覇者がプロゴルファーである理由
  6. 63. メジャー3勝、だからこそ「感謝」と「貢献」
  7. 62. アフリカに水をもたらすゴルフ界のレジェンド
  8. 61. 一人の少年を讃えたフリートウッドの想い
  9. 60. 母国を離れて戦うC・スミスの母国愛
  10. 59. コロナ禍の犠牲者のために尽くした素晴らしき選手
  11. 58. 親友が闘病しながら創設した財団を守り続けるプロゴルファー
  12. 57. 救った子供が未来を救う、だからこそ救いたい
  13. 56. 「みんなのハッピー」を目指す女子ゴルフのスター
  14. 55. バレステロスからラームへ、スペインのヒーロー誕生物語
  15. 54. マリア・ファッシは幸せを運ぶアンバサダー
  16. 53. 「小さな奇跡」を信じて戦う意味
  17. 52. クールなP・カントレーの温かい社会貢献
  18. 51. L・トンプソン流、ユニークな社会貢献
  19. 50. 母国への想いが奇跡を起こす!?
  20. 49. 無名の48歳の「好きな言葉」「嫌いな言葉」
  21. 48. B・デシャンボーの熱くて厚い義理人情
  22. 47. 絵を描き続ける「みんなのヒーロー」
  23. 46. 助けたからこそ、助けられたゴルフ人生
  24. 45. 夢を追いかけられる社会にしたい
  25. 44. 負けても笑顔を輝かせた意味
  26. 43. 優しく強くなったR・マキロイの社会貢献
  27. 42. ファンファーレで送り出したい全英チャンプ
  28. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  29. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  30. 39. メジャー・チャンプの恩返し
  31. 38. 「思い出づくり」と「自転車づくり」
  32. 37. 米ツアーの黒人選手の「声」の力
  33. 36. スネデカーは「超ナイスガイ」!
  34. 35. 「世界を救うため」動いたジュニアゴルファー姉妹
  35. 34. それが「私の生きる意味」
  36. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
  37. 32. 亡き母の名を冠したマンモバンを走らせて
  38. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
  39. 30. ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」
  40. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  41. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  42. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
  43. 26. 「手作りゴルフ場」から出発したプロゴルファーの社会貢献
  44. 25. ゴルフ金メダリストが考える手作り感覚のチャリティ活動
  45. 24. 惜しみなく与える「DJ」の物語
  46. 23. 輝く未来を抱くチャンス
  47. 22. 帝王の優しき野望
  48. 21. 「パットの名手」は「チャリティの名手」
  49. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
  50. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  51. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  52. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  53. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  54. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  55. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  56. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  57. 12. 選手もキャディも主役になった日
  58. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  59. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  60. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  61. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  62. 07. デービス・ラブの愛
  63. 06. 彼が国民的スターである理由
  64. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  65. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  66. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  67. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  68. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい

著者プロフィール

舩越園子 近影
舩越 園子(ふなこし そのこ)

ゴルフジャーナリスト

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。
百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。

在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。

『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。

アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。

最新の書籍紹介

『タイガー・ウッズ 復活の言霊』

タイガー・ウッズ 復活の言霊
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復活劇の裏にあったウッズの想い
すべての人の心を打つ48のメッセージ

誰もが憧れる絶対王者として
君臨していたウッズ。
不倫騒動、くり返された故障と手術、
まさかの逮捕劇……と、
人生の風雨にさらされたウッズ。

子供たちと向き合い、自分を見つめなおし、
見事に復活優勝を果たしたウッズ。
どれもタイガー・ウッズだが、
彼の言葉を追い、紐解いていくことで
人間・ウッズの実像が見えてくる。

そして逆境を乗り越えるために 一番大事なものとは……。

バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 67. 鉄人レースに挑んだ女子プロのチャレンジ
  3. 66. 「ナイスガイだからこそ」のメジャー制覇と社会貢献
  4. 65. 個性派M・A・ヒメネスの恩返し
  5. 64. 全英女子オープン覇者がプロゴルファーである理由
  6. 63. メジャー3勝、だからこそ「感謝」と「貢献」
  7. 62. アフリカに水をもたらすゴルフ界のレジェンド
  8. 61. 一人の少年を讃えたフリートウッドの想い
  9. 60. 母国を離れて戦うC・スミスの母国愛
  10. 59. コロナ禍の犠牲者のために尽くした素晴らしき選手
  11. 58. 親友が闘病しながら創設した財団を守り続けるプロゴルファー
  12. 57. 救った子供が未来を救う、だからこそ救いたい
  13. 56. 「みんなのハッピー」を目指す女子ゴルフのスター
  14. 55. バレステロスからラームへ、スペインのヒーロー誕生物語
  15. 54. マリア・ファッシは幸せを運ぶアンバサダー
  16. 53. 「小さな奇跡」を信じて戦う意味
  17. 52. クールなP・カントレーの温かい社会貢献
  18. 51. L・トンプソン流、ユニークな社会貢献
  19. 50. 母国への想いが奇跡を起こす!?
  20. 49. 無名の48歳の「好きな言葉」「嫌いな言葉」
  21. 48. B・デシャンボーの熱くて厚い義理人情
  22. 47. 絵を描き続ける「みんなのヒーロー」
  23. 46. 助けたからこそ、助けられたゴルフ人生
  24. 45. 夢を追いかけられる社会にしたい
  25. 44. 負けても笑顔を輝かせた意味
  26. 43. 優しく強くなったR・マキロイの社会貢献
  27. 42. ファンファーレで送り出したい全英チャンプ
  28. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  29. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  30. 39. メジャー・チャンプの恩返し
  31. 38. 「思い出づくり」と「自転車づくり」
  32. 37. 米ツアーの黒人選手の「声」の力
  33. 36. スネデカーは「超ナイスガイ」!
  34. 35. 「世界を救うため」動いたジュニアゴルファー姉妹
  35. 34. それが「私の生きる意味」
  36. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
  37. 32. 亡き母の名を冠したマンモバンを走らせて
  38. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
  39. 30. ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」
  40. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  41. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  42. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
  43. 26. 「手作りゴルフ場」から出発したプロゴルファーの社会貢献
  44. 25. ゴルフ金メダリストが考える手作り感覚のチャリティ活動
  45. 24. 惜しみなく与える「DJ」の物語
  46. 23. 輝く未来を抱くチャンス
  47. 22. 帝王の優しき野望
  48. 21. 「パットの名手」は「チャリティの名手」
  49. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
  50. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  51. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  52. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  53. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  54. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  55. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  56. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  57. 12. 選手もキャディも主役になった日
  58. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  59. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  60. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  61. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  62. 07. デービス・ラブの愛
  63. 06. 彼が国民的スターである理由
  64. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  65. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  66. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  67. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  68. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい