あれは2015年の初夏だった。米マサチューセッツ州の6歳の男の子が1日に100ホールをプレーするチャリティゴルフをたった1人で行ない、大きな話題になった。
州内のショートコースでパー3の9ホールを何度もぐるぐる回り、へとへとになりながら100ホールを回り切ったこの男の子の名は、ライアン・マグワイアくん。
なぜ、100ホールをプレーしたのかと言えば、「たくさん寄付を集めたかったから」。それならば、なぜライアンくんはたくさん寄付を集めたかったのかと言えば、その前年(2014年)に、幼稚園で大の仲良しだったダニー・ニッカーソンくんが小児がんで命を落とし、その友達のことを想う一心でチャリティゴルフを行なったのだそうだ。
とはいえ、6歳の男の子が自分自身で「チャリティゴルフをしよう」と思い立ったわけではもちろんない。
DIPGと呼ばれる珍しい小児がんと診断されたダニーくんが天国へ旅立った現実に、ライアンくんは「ダニーくんを助けてあげられなかった」とショックを受けていたという。
ライアンくんの両親は、ダニーくんのように小児がんで亡くなる子供を一人でも減らすためには、さらなる研究開発が必要なこと、それを行なう研究者や研究施設が必要なこと、莫大なお金がかかることなどを、6歳の息子にもわかるように噛み砕いて説明していたそうだ。
そんなとき、その話を聞きつけ、ライアンくんに手紙を送ったプロゴルファーがいた。かつて米ツアーきっての「パットの名手」と呼ばれたブラッド・ファクソンだった。
マサチューセッツに隣接するロード・アイランド州出身で米ツアー通算8勝のファクソンは「友達のことを想うキミの気持ちは素晴らしい。大好きなゴルフで、みんながすごいねって思ってくれるようなことをして、みんなに呼びかけてごらん。きっとみんなが助けてくれるはずだよ」とライアンくんに伝えた。
ファクソンいわく、「ライアンくんと、しばらくやり取りをした。人々から注目してもらうために、一人で100ホールをプレーすると言い出したのはライアンくん自身だった」。
ライアンくんの意向を受け、ファクソンはがん患者を支援する団体「ゴルフ・ファイツ・キャンサー(Golf Fights Cancer)」と連携しながら、ライアンくんが100ホールを回ることができる場所や日時、寄付の受け付け方法などを整え、当日はファクソンもその場に赴いて、ライアンくんの100ホールを励ましながら見守った。
ライアンくんの目標は「5000ドルを集めること」だったが、寄付金がすぐさま目標額を上回ったことは想像に難くない。
「たった6歳で、誰かのために尽くしたいと思い立ち、自分で考え、実行したライアンくんの行動力と精神は素晴らしい」
ファクソンは驚きを交えながら「僕はライアンくんのようなゴルファーを心からリスペクトする」と声を大にしていた。
技巧より、心
ファクソンはファーマン大学ゴルフ部時代に数々のカレッジタイトル、アマチュアタイトルを獲得し、1983年の卒業と同時にプロ転向。体が細いせいもあり、飛距離はさほど出なかったが、パットの上手さで彼の右に出る者はいないと言われ、米ツアー通算8勝は「すべてグリーン上で獲得した」と誰もが認めていた。
そんなパットの上手さもさることながら、パットに苦悩しているツアー仲間を見ると真っ先に手を差し延べ、自分自身のパットの秘訣を惜しげもなく授けていくファクソンの人柄を誰もがリスペクトしていたことは言うまでもない。
ファクソンいわく、「パットにおける僕の唯一の武器は自信だ。自分を信じること。難しいパットや緊張する場面に遭遇しても、自分はこれと同じことを何百万回も成功させてきたんだと自分に言い聞かせ、自分を信じてパットする。それが何よりの力になる」。
技巧より気持ち、心こそが力になると信じるファクソンは、「それはゴルフのみならず、人生の困難と闘うときにも当てはまる」と信じている。そして、傷病や貧困、障害などに苦しむ人々に元気な心を抱いてもらうことを目指し、若いころから社会貢献に尽力してきた。
子供たちを救うために
プロゴルファーとしての自分をさまざまな面でサポートしてくれている故郷のロード・アイランド州や隣接するマサチューセッツ州に恩返しするため、ファクソンが同州出身のツアー仲間とともにチャリティ・トーナメント(CVSチャリティ・クラシック)を創設したのは1990年のこと。いまなお続くこの大会が集めた寄付金は、すでに2000万ドル(約20億円超)を超えている。
ファクソンがいつも心を痛めているのは、社会の片隅で苦しんでいる子供たちのことだ。小児がんで苦しむ子供、親がいない子供、住む家がない子供、障害で苦しむ子供たちを「ゴルフを活かしつつ、サポートしてあげることはプロゴルファーである僕の務めだ」。ファクソンは常々、そう言っている。
チャリティ・トーナメントを開く以外にも、子供たちがのびのびとゴルフを学べるティーチング&ラーニング・センターを創設したり、ファクソン・ジュニアゴルフ財団を創設したり。規模の大小に関わらず、自分にできそうなことを思いついては実行していくファクソンに対し、GWAA(米国ゴルフ記者協会)は1999年に社会貢献に最も尽力した選手を表彰するチャーリー・バートレット・アワードを授けた。
21世紀に入ってからも、ファクソンの故郷であるロード・アイランド州のプロビデンスの街では、貧困に喘ぐ子供たちの数が減るどころか、むしろ増えていた。
「幼い子供たちは平日は幼稚園で提供される無料のランチで飢えをしのげるが、幼稚園が休みになる週末はお腹を空かしている」
悲しい現実を知ったファクソンは、すぐさま「毎週末、食べ物がいっぱい詰まったバックパックを子供たちに贈る活動」を発案。そのための資金は「シニアの大会で自分のキャディを体験する権利」をネットオークションにかけて集めている。
必ずしも大きな施設やシステムや人手が無くても、「やれる」「やろう」という心があれば、実行も実現もできることをファクソンが教えてくれている。
そう、パットも、チャリティも、一番大事なのは「心」だ。