コラム・連載

在米ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー

2017.11.15|text by 舩越園子

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 マーク・リーシュマンというオーストラリア出身の33歳の米ツアー選手をご存知だろうか。昨季3月のアーノルド・パーマー招待とシーズンエンドのプレーオフ・シリーズ第3戦、BMW選手権を制し、年間2勝、通算3勝目を挙げて、今季も注目を集めている。
 だが、リーシュマンが注目されている理由は、その成績だけではない。BMW選手権を制した際の素敵なストーリーに彼の生きる姿勢が反映されており、それが「素晴らしい」と内外から高く評価されているからだ。
 BMW選手権の初日、ふと見ると、出場していた選手やキャディたちの帽子に赤と黒のリボンが付けられていた。選手やキャディの帽子にリボンが付けられるときは、誰かが亡くなったときの黒い喪章だったり、乳がんキャンペーンのためのピンクリボンだったりというケースが多いのだが、赤と黒の2色のリボンを目にしたのは初めてで、何を意味するものなのだろうかと不思議に思った。
 米ツアーのメディアオフィシャルに尋ねてみると、「あれは、マーク・リーシュマンが配ったリボンだ」と教えてくれた。

BMW選手権を制し、優勝会見でも敗血症について語ったリーシュマン photo by 舩越園子 BMW選手権を制し、優勝会見でも敗血症について
語ったリーシュマン(photo: 舩越園子)

プライオリティが変わった

 2015年の春、リーシュマンの妻は敗血症と診断され、「生存できる可能性は5%以下と医師から告げられた」。リーシュマンは目前だったマスターズを欠場し、ツアーからも離れ、生死の境をさまよう妻を、文字通り、神に祈りながら見守った。
 そして、妻は奇跡的に回復し、すっかり元気になった。その間、毎日、病院に通い詰めたリーシュマンは、妻と同じように「生きたい」と願いながら重い傷病と戦う人々の生命力や、生きてほしいと願う家族の祈りを生まれて初めて肌身で感じ、そのときから人生のプライオリティが変わったのだそうだ。
「ゴルフで稼ぐから食卓に食べ物が並ぶ。でもゴルフはゴルフであって、生死を左右するものじゃない」
 翌年、リーシュマン夫妻は敗血症を多くの人々に知ってもらうための財団を設立。チャリティ・トーナメントも創設した。
「米国では年間25万人が敗血症で亡くなっている。でも早く治療すれば治るんだ」
 9月は敗血症の認知を高めるためのキャンペーン月間。だからこそ、リーシュマンは9月開催のBMW選手権で赤と黒の2色リボンを配った。そうしたら、その大会でリーシュマン自身が優勝。赤と黒のリボンが風になびく帽子を被り、表彰式でトロフィーを掲げたリーシュマンが大きな注目を集めた。

命より大切なものはない

 かつてのリーシュマンは「ゴルフのためなら命さえ賭けていいと思っていた」そうだ。母国オーストラリアでプロゴルファーを目指していた18歳のころは、ゴルフの費用を稼ぐために工場で働いた。
「夜11時から朝8時まで、レーザーカッターで紙を切る夜勤の仕事で時給は10ドル。ちょっと気を抜くと手や足を失うほどの大ケガをする危険な作業だったが、あのころの僕は、それでもゴルフのために働いた」
 そのおかげで1ドルを稼ぐ大変さを知り、「早くゴルフでもっと稼ぎたいと思って、モチベーションが上がった」。
 2005年にプロ転向。翌年は米ツアーの下部ツアーと韓国ツアーを掛け持ちで転戦し、2006年には韓国でプロ初優勝。2009年に米ツアーデビューを果たし、同年に新人賞を受賞。2012年にはトラベラーズ選手権を制し、夢にまで見た米ツアー・チャンピオンになった。
「あのころが一番強気で、何を置いてもゴルフだった。もっともっと勝ってやろうと意気込んでいた」
 しかし、躍起になればなるほど勝利は遠のき、勝てそうで勝てない日々が続いた。妻が敗血症になったのは、そんなある日のこと。そして、妻の回復後、「ゴルフのためではなく、命のため、家族のため、人々のために生きよう」と人生のプライオリティを変えたら、逆にゴルフの成績は向上していった。
 ツアー復帰直後の2015年全英オープンでは優勝争いに絡み、残念ながらプレーオフで敗れたが、昨年はシーズン2勝と大躍進を遂げた。今季開幕シリーズでは、キャリアの最初にお世話になった韓国へ赴き、同地で初開催された米ツアー新大会、CJカップで優勝に迫った。またしてもプレーオフで敗れたが、リーシュマンの敗戦の弁がカッコ良かった。
「勝てなかったことはとても残念。でも。2位は決して最悪ではない」
 一心不乱に何かを追求する姿勢は、それはそれで素晴らしい。だが、一歩引いてみたときに初めて気づくこともある。

 「命より大切なものはない」――リーシュマンが気付いたことは、私たちにとっても大きな教訓になる。

松山英樹も帽子のてっぺんにリボンを付けてプレーしていた photo by 舩越園子 松山英樹も帽子のてっぺんにリボン(丸囲み内)を付けて
プレーしていた(photo: 舩越園子)

次回は12月15日公開予定!

バックナンバー
  1. 在米ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  3. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  4. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  5. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  6. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  7. 12. 選手もキャディも主役になった日
  8. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  9. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  10. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
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  12. 07. デービス・ラブの愛
  13. 06. 彼が国民的スターである理由
  14. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  15. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  16. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  17. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  18. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい

著者プロフィール

舩越園子 近影舩越園子(ふなこし そのこ)

在米ゴルフジャーナリスト

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。