コラム・連載

ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

メジャー・チャンプの恩返し

2020.9.15|text by 舩越園子

このページをシェアする:

 米ツアーの最終戦、ツアー選手権の開幕前日には、毎年、会場のイーストレイクGCでペイン・スチュワート・アワードの表彰式が行なわれる。
 古くからのゴルフファンはご存じだと思うが、優しく楽しい人柄ゆえに誰からも愛されていたスチュワートは、1999年10月、飛行機事故で突然、この世を去った。
 ニッカボッカーズがトレードマークのスタイリッシュな選手だった。メジャー2勝を含む通算11勝の強さを誇った一方で、チャリティ精神に溢れ、社会貢献に余念がなかった。そんなスチュワートに敬意を表し、2000年に創設されたのがペイン・スチュワート・アワードだ。

 毎年、米ツアー選手や関係者の中から、スチュワートを思わせるようなスポーツマンシップとチャリティ精神を発揮している人物を選び、スチュワートの遺族であるトレイシー夫人と2人の子どもたちからアワードが贈呈される。
 そして、2020年のアワード受賞者に選ばれたのは、44歳の米国人選手、ザック・ジョンソンだった。
 ジョンソンが米ツアーに辿り着いたのはスチュワートが亡くなってから5年後の2004年のこと。
 「僕はペインに一度も会ったことがない。でも、幼いころからテレビで見ていたペインは、お洒落で、愉快で、ゴルフが上手くて強くて、本当に格好良くて、僕らはみんな憧れていた。僕はペインが大好きだった。米ツアー選手になったルーキー・イヤーにツアー選手権出場が叶い、水曜日にペイン・スチュワート・アワードのセレモニーに初めて参加した。そのとき、これこそが僕のキャリアの頂点だと思った。スチュワートは今もみんなの心の中に息づいている。そういう選手に僕もなりたい」

だから故郷に恩返し

 ジョンソンは派手ではないが、底力のある選手だ。小柄で飛距離は出ないが、それを補ってあまりあるほどのパットの名手だ。
 しかし、米ツアーに辿り着くまでの道が「とても長く、険しかった」ことは、彼が2007年にマスターズを制したとき、初めて明かされた。それまでジョンソンは、苦労知らずのエリート・プレーヤーだと思われていた。
 アイオワ州で生まれ育ったジョンソンは、州内のドレイク大学を卒業後、1998年にプロ転向。下部ツアーを経て、2004年に米ツアーにやってきた。
 あれは2003年の秋だった。
 「来年から、すごいヤツがやってくるぞ」
 米ツアー会場にそんな噂が広がり始め、選手やキャディは戦々恐々。米メディアは「今度こそはネクスト・タイガー登場か?」と大喜びで書き立てた。
 「すごいヤツ」とは、2003年の下部ツアーを席捲し、翌年からの米ツアー出場権を余裕で獲得したジョンソンのこと。2003年に下部ツアーで2勝を挙げ、トップ10入りは11回、トップ3入りは9回。当時、下部ツアーで年間獲得賞金40万ドルを超えた選手は1人もいなかったが、ジョンソンは50万ドルにも手が届きそうな49万4882ドルを稼ぎ出し、さまざまな記録も更新した。
 大ベテラン選手、スコット・ホークの相棒を長年務めてきた名キャディ、デイモン・グリーンが「ついにホークとのコンビを解消し、来年からジョンソンに乗り換える」ことは、ビッグニュースとして報じられた。
 いざ、デビューしたジョンソンは、その年の春、早々にベルサウス・クラシックを制して初優勝。ルーキーにして最終戦へ進み、冒頭のペイン・スチュワート・アワードに初めて遭遇した。

 だが、それから2年間、勝利から遠ざかり、ジョンソン・フィーバーはあっという間に消えてしまった。しかし、2007年マスターズでジョンソンはパットの上手さを存分に発揮してメジャー初制覇。優勝会見で彼が自ら明かした苦労話に驚かされた。
 「プロを目指していたころ、僕は経済的に困窮していた。もう無理だ、もう諦めて就職しようと思い始めていたころ、故郷アイオワのリッチな人々が数人で僕をサポートしてくれると言ってくれた。それは『3年以内に米ツアー出場権を手に入れること』という条件付きだった。でも、お金のことを気にせずに練習や試合に打ち込めるのなら、きっとやれると僕は思った。そして必死に、狂ったようにゴルフに打ち込んだ」
 2003年の下部ツアーを独壇場と化したのは、まさにその成果。ジョンソンは故郷の篤志家たちとの約束を守り、2004年からの米ツアー出場権を手に入れ、ついにはマスターズをも制覇した。
「今、こうして僕がグリーンジャケットを羽織れているのは、アイオワの人々のサポートのおかげだ。だから僕はこれから故郷に恩返しがしたい。アイオワのみならず、社会全体に最大限の貢献をしたい」

必ず救いの手が差しのべられる

 2010年、ジョンソンは愛妻キムとともにザック・ジョンソン財団を創設。まず、故郷の町、チェダー・ラピッズの子どもたちや貧困家庭への経済的支援を開始した。
 翌年はザック・ジョンソン財団クラシックという名のチャリティ・トーナメントを創設。プロアマ形式で戦い、ラウンド後はチャリティ・オークションという2本立てで寄付を募る仕掛けだ。
 その後、ジョンソンは2015年にセント・アンドリュースで開催された全英オープンも制し、通算12勝を挙げて押しも押されもせぬトッププレーヤーになった。だが、彼自身はそのことを何より喜ぶというよりも「社会貢献に精を出しながら、試合でも好成績が出せることはビッグボーナスだ」と、きわめて謙虚だ。
 昨年は、チャリティ・トーナメントだけで1ミリオン超(1億600万円超)が集まり、経済的理由で学校に行けない州内の1000人以上の子どもたちへの支援金として活用された。
 毎年、夏になるとゴルフコースに子どもたちを集めて「キッズ・オン・コース・ユニバーシティ」を開いている。読み書きや算数といった社会生活に必要な基本的な勉学を教え、その合間にゴルフで遊ぶこのサマーキャンプには、州内の700人以上の子どもたちが参加し、笑顔を輝かせる。
 コロナ禍の今年は中止せざるを得なかった。しかし、ジョンソンは諦めきれず、バーチャル・キャンプを開いて、なんとか18万ドル(約2000万円)をかき集めて今年も寄付を欠かさなかった。
 「最後まで諦めずに頑張っていれば、ぎりぎりのところで必ず神から救いの手が差しのべられる。僕はそうやって助けられたからこそ、今はそうやって一人でも多くの人を助けたい」
 そんなジョンソンがペイン・スチュワート・アワードを受賞したことを、天国のスチュワートも喜んでいるはずである。

次回は10月15日公開予定!

バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  3. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  4. 39. メジャー・チャンプの恩返し
  5. 38. 「思い出づくり」と「自転車づくり」
  6. 37. 米ツアーの黒人選手の「声」の力
  7. 36. スネデカーは「超ナイスガイ」!
  8. 35. 「世界を救うため」動いたジュニアゴルファー姉妹
  9. 34. それが「私の生きる意味」
  10. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
  11. 32. 亡き母の名を冠したマンモバンを走らせて
  12. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
  13. 30. ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」
  14. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  15. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  16. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
  17. 26. 「手作りゴルフ場」から出発したプロゴルファーの社会貢献
  18. 25. ゴルフ金メダリストが考える手作り感覚のチャリティ活動
  19. 24. 惜しみなく与える「DJ」の物語
  20. 23. 輝く未来を抱くチャンス
  21. 22. 帝王の優しき野望
  22. 21. 「パットの名手」は「チャリティの名手」
  23. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
  24. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  25. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  26. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  27. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  28. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  29. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  30. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  31. 12. 選手もキャディも主役になった日
  32. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  33. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  34. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  35. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  36. 07. デービス・ラブの愛
  37. 06. 彼が国民的スターである理由
  38. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  39. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  40. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  41. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  42. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい

著者プロフィール

舩越園子 近影
舩越 園子(ふなこし そのこ)

ゴルフジャーナリスト

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。
百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。

在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。

『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。

アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。

最新の書籍紹介

『タイガー・ウッズ 復活の言霊』

タイガー・ウッズ 復活の言霊
Amazonで確認

復活劇の裏にあったウッズの想い
すべての人の心を打つ48のメッセージ

誰もが憧れる絶対王者として
君臨していたウッズ。
不倫騒動、くり返された故障と手術、
まさかの逮捕劇……と、
人生の風雨にさらされたウッズ。

子供たちと向き合い、自分を見つめなおし、
見事に復活優勝を果たしたウッズ。
どれもタイガー・ウッズだが、
彼の言葉を追い、紐解いていくことで
人間・ウッズの実像が見えてくる。

そして逆境を乗り越えるために 一番大事なものとは……。

バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  3. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  4. 39. メジャー・チャンプの恩返し
  5. 38. 「思い出づくり」と「自転車づくり」
  6. 37. 米ツアーの黒人選手の「声」の力
  7. 36. スネデカーは「超ナイスガイ」!
  8. 35. 「世界を救うため」動いたジュニアゴルファー姉妹
  9. 34. それが「私の生きる意味」
  10. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
  11. 32. 亡き母の名を冠したマンモバンを走らせて
  12. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
  13. 30. ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」
  14. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  15. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  16. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
  17. 26. 「手作りゴルフ場」から出発したプロゴルファーの社会貢献
  18. 25. ゴルフ金メダリストが考える手作り感覚のチャリティ活動
  19. 24. 惜しみなく与える「DJ」の物語
  20. 23. 輝く未来を抱くチャンス
  21. 22. 帝王の優しき野望
  22. 21. 「パットの名手」は「チャリティの名手」
  23. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
  24. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  25. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  26. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  27. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  28. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  29. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  30. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  31. 12. 選手もキャディも主役になった日
  32. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  33. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  34. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  35. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  36. 07. デービス・ラブの愛
  37. 06. 彼が国民的スターである理由
  38. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  39. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  40. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  41. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  42. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい