コラム・連載

在米ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

タイガー・ウッズの真心のチャリティ

2018.5.15|text by 舩越園子

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 世界に名を馳せる一流プロゴルファーは、間違いなくチャリティ活動に積極的である。逆に言えば、チャリティ活動や社会貢献をせずして一流と見なされることはなく、「一流の人間=社会に尽力する人」という認識は、いわば世界の常識と言っても過言ではない。
 ゴルフ界のカリスマ的存在であるタイガー・ウッズとなれば、チャリティ活動や社会貢献の規模や範囲は、言うまでもなくゴルフ界の誰よりも大きい。その活動を簡単に振り返ってみると、こんな具合になる。
 ウッズは1996年にプロ転向した直後から父親アールとともにタイガー・ウッズ財団を設立。「ゴルフを通じて大勢の子供たちを育てていきたい」と考え、子供たちにゴルフクラブを振らせる施設の建設や運営に精を出し、そのためのチャリティ活動も行なってきた。
 毎年、ラスベガスで開催しているチャリティ・コンサートはその代表例。そのほかにも多忙なスケジュールの合間を縫って、ジュニアクリニックを方々で開き、ゴルフの楽しさや素晴らしさを教えてきた。
 今は亡き父親アールが元陸軍特殊部隊のグリーンベレーだったこともあり、愛国心に溢れるウッズは、負傷兵や退役軍人に手を差し伸べるチャリティ活動にも積極的だ。ワシントンDC近郊にウッズが創設し、米ツアー大会の1つとなっている「ウッズのトーナメント」は、ウッズがそうした軍関係者を招き、感謝の意を示す場になっている。
 さらにウッズは、経済的理由で高度な教育を受けたくても受けられない子供たちを世界中から集め、存分に学ばせた上で大学や社会へ送り出すための教育施設として「タイガー・ウッズ・ラーニングセンター」をカリフォルニア州アナハイムに設立。そこではゴルフを教えるのではなく、これからの未来を支える学問として、STEM(S=サイエンス、T=テクノロジー、E=エンジニアリング、M=マセマティクス)を中心にハイレベルな教育を行なっている。
 近年は、タイガー・ウッズ財団の名を「TGR財団」と改め、ウッズとその財団によるすべての活動をTGRのアンブレラの下に統一化を図っている。教育施設も「TGRラーニングラボ」と改名され、その施設をワシントンDC、フィラデルフィア、ニューヨーク、フロリダへと拡大。世界中から集めた優秀なプロフェッショナルたち5000人が教育に従事。2006年以来、卒業生は16万5000人を超えている。

ウッズは今年のマスターズに3年ぶりに出場。13年ぶりの復活優勝が期待され、大きな注目を集めていた。(photo: 舩越園子) ウッズは今年のマスターズに3年ぶりに出場。
13年ぶりの復活優勝が期待され、大きな注目を集めていた。(photo: 舩越園子)

「一人の人間」から「一人の人間」へ

 そんなふうにウッズと彼の財団は、きわめてシステマティックで大掛かりなチャリティ活動や社会貢献を行なっているのだが、膝や腰を何度も痛め、昨年は4度目の腰の手術を受けて、心身の痛みと戦ってきたウッズは、今年1月に米ツアーへ復帰してからというもの、以前とはまるで別人のように明るい笑顔を見せている。
 周囲と接する際の態度も以前より格段に穏やかになり、握手やサインを求めるギャラリーに自ら歩み寄るようにもなった。
 そんなウッズ自身の変化と関係があるのかどうかは定かではないが、今年のマスターズの際、肺がんと闘っていた一人の男性とウッズがオーガスタ・ナショナルでひっそり会い、握手を交わす出来事があった。
 この男性はサウス・カロライナ州に住むシェーン・カルドウェルさん、52歳。過去に大腸がんとの闘病を2度繰り返し、一昨年に肺がんのステージ4と診断され、以後、辛い闘病生活を送っていた。
 ゴルフが大好きで「一目でいいからタイガー・ウッズに会いたい」と毎日のように言っていたカルドウェルさんの言葉を聞き、彼の養女はSNSで養父の願いを何百回も発信。推計170万人に拡散された彼女の呼びかけは、やがてウッズのキャディのジョー・ラカバやウッズの彼女のエリカ・ハーマンの目にも留まった。
 ウッズに直接、進言したのはハーマンだった。ハーマンもウッズも、すでに父親をがんで亡くしており、ウッズはハーマンに勧められた通り、「よし、この男性にオーガスタで会おう」と約束。そして、カルドウェルさんと彼の養女がマスターズ会場に入れるよう、ハーマンが諸々の手配をしたという。
 マスターズ初日。オーガスタの練習場でラウンド前のウォーミングアップをしていたウッズは、練習場の周囲の植え込みの後ろから、車椅子に座り、一生懸命ウッズに手を振るカルドウェルさんに気付き、練習の手を止めて歩み寄っていった。
 ウッズは笑顔で右手を差し出し、カルドウェルさんと固い握手。はめていたグローブにサインをしてプレゼントし、「今日のラウンド後に、たくさんお話しましょう」と言った。カルドウェルさんは夢見心地で「イエス!サンキュー、サンキュー!」と頷き、ウッズのティオフと最初の2ホールをロープ際から眺めることができた。
 だが、彼の体力はウッズのラウンドが終わるまで持ちこたえることはできず、カルドウェルさんはそのままサウス・カロライナ州の病院へ帰っていった。
「タイガー・ウッズが父にスマイルを戻してくれました。ありがとう、タイガー!」 
 マスターズ後、カルドウェルさんの養女はSNSでそう発信していた。ウッズからもらったサイングローブを持ち、うれしそうに笑うカルドウェルさんの写真も添えられていた。
 それから、わずか18日後、カルドウェルさんは天国へ旅立った。オーガスタでウッズに会い、握手を交わし、言葉を交わしたあの数分間は、カルドウェルさんにとっても彼の家族にとっても、忘れがたきラストメモリーとなった。
 システマティックで大掛かりなチャリティ活動はもちろん素晴らしい。だが、ウッズが一人の人間として、病める一人の人間に贈った真心のチャリティは何にも代えがたく、何より素敵だったと、今、しみじみ思う。

次回は6月15日公開予定!

バックナンバー
  1. 在米ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  3. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  4. 12. 選手もキャディも主役になった日
  5. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  6. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  7. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  8. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  9. 07. デービス・ラブの愛
  10. 06. 彼が国民的スターである理由
  11. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  12. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  13. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  14. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  15. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい

著者プロフィール

舩越園子 近影舩越園子(ふなこし そのこ)

在米ゴルフジャーナリスト

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。