コラム・連載

在米ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

往年の名選手と名キャディからの贈り物

2018.11.15|text by 舩越園子

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 今でこそ、欧米ツアーの選手やキャディ、関係者の間では「社会貢献をしてこそ一流」という考え方が根付き、広まっている。初優勝したらビッグな優勝賞金で自分自身の財団を設立してチャリティ活動を行なうことは当たり前になっている。
「そのために僕はプロになった」
「そのために僕はここにいる」
 20歳代の若い選手たちの口から、そうした言葉が聞かれるのは、とてもうれしく、頼もしい。
 だが、90年代のはじめごろの米ゴルフ界では、今ほどチャリティは盛んではなかった。もちろん、ひっそりと活動していた選手やキャディはいたのだと思う。だが、それが大きく報じられることはあまりなく、それゆえ、どんなことをどうやって行えばいいのかという知識や認識も決して多くはなかったのだ。
 そんな中、チャリティの大切さや意義を、結果的に米ゴルフ界に伝える形になったのは、往年の名プレーヤー、ニック・プライスと彼の相棒キャディを務めた“スクイーキー”だった。

プライスの人望は厚い。2017年のプレジデンツカップでは世界選抜チームのキャプテンを務めた。 (photo: 舩越園子) プライスの人望は厚い。2017年のプレジデンツカップでは世界選抜チームのキャプテンを務めた。 (photo: 舩越園子)

メジャー優勝へ導く名キャディ

 古くからのゴルフファンは、プライスと“スクイーキー”の名コンビを覚えていると思うのだが、若い読者の方々は、どちらのことも、ご存じないかもしれない。
 南アフリカで生まれ、ジンバブエで育ったプライスは、欧州ツアーを経て1983年から米ツアーに参戦し、1992年の全米プロでメジャー初制覇を遂げた。1994年には全英オープンと全米プロを続けざまに制し、メジャー3勝、米ツアー18勝のトッププレーヤーになった。
 そんなプライスの成功を支えたのが、甲高い声ゆえ、“スクイーキー”と呼ばれていた相棒キャディ(本名はジェフ・メドレン)だった。
 小柄で細い体に重いゴルフバッグを背負ったスクイーキーは、誰よりも熱心にコースチェックを行ない、きめ細かなアドバイスで選手を支えた名キャディだった。
 プライスの相棒になったのは1990年からだったが、1991年の全米プロでは、プライスが愛妻の初産に立ち会うために急きょ欠場し、そのおかげで補欠から繰り上がり出場となったジョン・デーリーのバッグをそのままスクイーキーが担いで無名の新人をいきなりメジャー初優勝へ導いた。
 プライスが全米プロを制し、メジャー初優勝を遂げたのは、その翌年の1992年。全英オープンと全米プロを続けざまに制したのは、さらに2年後の1994年。勝者の傍らには、いつも名キャディのスクイーキーがたたずんでいた。
 選手をメジャー優勝へ導く秘訣をスクイーキーに直接、尋ねたことがあった。
「選手の心の火を、強すぎず、弱すぎ、中庸に保つことです」
 そう語ったくれたスクイーキーは、それから間もない1996年の夏に白血病と診断され、1997年6月、43歳の若さで逝ってしまった。

エンジェルみたいな人

 いつだったか、スクイーキーの妻ダイアンが、こんなことを言っていた。
「ジェフは人を助けるために生まれてきたエンジェルみたいな人だった」
 彼女の言葉は、スクイーキーがキャディとして選手をメジャー優勝に導いただけではなく、誰かのために自分ができる手助けは何だってする姿勢だったことを意味していた。
 白血病と診断される1年ほど前、スクイーキーは「妙に疲れやすいし、力が抜ける感じがするし、すぐに出血する」と感じ、何かを予感したのか、地元オハイオ州内の白血病のための協会へ自らを足を運んだ。
 その段階では、白血病と診断はされなかったそうだが、その協会を訪ねたことで白血病に関することをいろいろ知ったスクイーキーは、そのときから白血病患者と家族のためのチャリティ活動を自身の手で開始した。
 ゴルフにまつわる記念品を方々から集めてきてはオークションにかけ、その売り上げをすべて協会へ寄付した。当時、プロデビューしたばかりだったタイガー・ウッズの初代キャディ、マイク・“フラフ”・コーワンも、すぐにスクイーキーに協力し始め、2人が地道に集めた寄付金は、わずか1年で500万円近い金額になった。
 しかし、スクイーキー自身が白血病と診断された1996年の夏で、そのチャリティ活動はストップしてしまった。

チャリティ精神を根付かせた

 その活動を即座に受け継ぎ、拡大していったのが、スクイーキーのボス、プライスだった。
「スクイーキーを救いたい」
 その一心で、プライスは全米各地の白血病関連施設を奔走し、白血病治療のための研究機関に多額の寄付も行ないながら、「スクイーキーを治してほしい。助けてほしい」と祈りながら呼びかけた。
 スクイーキーは助からず、あっという間に天国へ旅立ってしまったが、彼がこの世に残していってくれたものは多大だ。
「スクイーキーと分かち合った笑顔を僕は永遠に忘れない」
 そう言って泣いたプライスは、以後、白血病患者や家族のための協会はもちろんのこと、さまざまな病気やケガ、貧困、暴力で苦しむ人々や子供たちに手をさしのべる活動を次々に始め、今でもたくさんの種類のチャリティ活動を継続的に行なっている。
 選手がキャディのために奔走し、米ツアー全体にチャリティ精神を根付かせ、現在のように目に見える形へと広めていった草分けは、このプライス。そして、プライスをそこへ導いたのは、スクイーキーだったのだ。
 昨今、米ツアーでチャリティ活動を目にするたびに、私は天国にいるスクイーキーと今年で61歳になったプライスのことを思い出し、素敵な贈り物をくれた2人に「ありがとう」と胸の中で唱える。

次回は12月14日公開予定!

バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 82. 「破竹」のナップが願うこと
  3. 81. M・ホーマの「故郷への恩返し」
  4. 80. トレーラーハウスで誓ったこと
  5. 79. 命のリレー、命のショー
  6. 78. 奇跡の復活優勝、「ミーアのミラクル」
  7. 77. 「永遠の女王」A・ソレンスタム
  8. 76. L・グローバーを大きく開花させたもの
  9. 75. 大きなゴールのための小さな目標
  10. 74. 「三つ子の魂」子どもたちのヒーロー
  11. 73. 「誰かのため」を最優先するホブランは、だからこそ人気急上昇中!
  12. 72. 亡き母のために「優勝して財団設立」を目指したW・クラークの勝利
  13. 71. 「脚光」と「薄幸」のビッグスター
  14. 70. 何かに苦しむ誰かのために活動する「フェアウエイの妖精」
  15. 69. 「0.006%」を潜り抜けたバックリーがもたらす幸運
  16. 68. 故郷をジュニア天国へ。S・ストーリングスの社会貢献
  17. 67. 鉄人レースに挑んだ女子プロのチャレンジ
  18. 66. 「ナイスガイだからこそ」のメジャー制覇と社会貢献
  19. 65. 個性派M・A・ヒメネスの恩返し
  20. 64. 全英女子オープン覇者がプロゴルファーである理由
  21. 63. メジャー3勝、だからこそ「感謝」と「貢献」
  22. 62. アフリカに水をもたらすゴルフ界のレジェンド
  23. 61. 一人の少年を讃えたフリートウッドの想い
  24. 60. 母国を離れて戦うC・スミスの母国愛
  25. 59. コロナ禍の犠牲者のために尽くした素晴らしき選手
  26. 58. 親友が闘病しながら創設した財団を守り続けるプロゴルファー
  27. 57. 救った子供が未来を救う、だからこそ救いたい
  28. 56. 「みんなのハッピー」を目指す女子ゴルフのスター
  29. 55. バレステロスからラームへ、スペインのヒーロー誕生物語
  30. 54. マリア・ファッシは幸せを運ぶアンバサダー
  31. 53. 「小さな奇跡」を信じて戦う意味
  32. 52. クールなP・カントレーの温かい社会貢献
  33. 51. L・トンプソン流、ユニークな社会貢献
  34. 50. 母国への想いが奇跡を起こす!?
  35. 49. 無名の48歳の「好きな言葉」「嫌いな言葉」
  36. 48. B・デシャンボーの熱くて厚い義理人情
  37. 47. 絵を描き続ける「みんなのヒーロー」
  38. 46. 助けたからこそ、助けられたゴルフ人生
  39. 45. 夢を追いかけられる社会にしたい
  40. 44. 負けても笑顔を輝かせた意味
  41. 43. 優しく強くなったR・マキロイの社会貢献
  42. 42. ファンファーレで送り出したい全英チャンプ
  43. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  44. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  45. 39. メジャー・チャンプの恩返し
  46. 38. 「思い出づくり」と「自転車づくり」
  47. 37. 米ツアーの黒人選手の「声」の力
  48. 36. スネデカーは「超ナイスガイ」!
  49. 35. 「世界を救うため」動いたジュニアゴルファー姉妹
  50. 34. それが「私の生きる意味」
  51. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
  52. 32. 亡き母の名を冠したマンモバンを走らせて
  53. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
  54. 30. ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」
  55. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  56. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  57. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
  58. 26. 「手作りゴルフ場」から出発したプロゴルファーの社会貢献
  59. 25. ゴルフ金メダリストが考える手作り感覚のチャリティ活動
  60. 24. 惜しみなく与える「DJ」の物語
  61. 23. 輝く未来を抱くチャンス
  62. 22. 帝王の優しき野望
  63. 21. 「パットの名手」は「チャリティの名手」
  64. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
  65. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  66. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  67. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  68. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  69. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  70. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  71. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  72. 12. 選手もキャディも主役になった日
  73. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  74. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  75. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  76. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  77. 07. デービス・ラブの愛
  78. 06. 彼が国民的スターである理由
  79. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  80. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  81. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  82. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  83. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい

著者プロフィール

舩越園子 近影舩越園子(ふなこし そのこ)

在米ゴルフジャーナリスト

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。


バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
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  2. 82. 「破竹」のナップが願うこと
  3. 81. M・ホーマの「故郷への恩返し」
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