コラム・連載

在米ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

帝王の優しき野望

2019.4.15|text by 舩越園子

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 オハイオ州ダブリンの名門、ミュアフィールド・ビレッジで開催される米PGAツアーのメモリアル・トーナメントは、ゴルフ界の「帝王」ジャック・ニクラスがホストを務める大会だ。1976年の創設以来、数々の名勝負が歴史に刻まれ、ニクラス自身も2度、勝利を挙げた。松山英樹が2014年に初優勝を飾った大会として記憶している日本人ファンは多いことだろう。

 だが、かつて、この大会は「ジャック・ニクラスの野望」などと揶揄されることが多かった。というのも、メモリアル・トーナメントの様々な面が、「ゴルフの祭典」マスターズのそれと実によく似ていたからだ。

 メモリアル・トーナメントの舞台であるミュアフィールド・ビレッジをニクラスが必死に名コースに仕上げ、どこまでも難度を上げているのは、マスターズの舞台である名門オーガスタ・ナショナルに追いつき追い越したいからだと言われていた。

 メモリアル・トーナメントの大会オフィシャルたちが着用しているユニフォームは、オーガスタ・ナショナルのメンバーたちの象徴とされているグリーンジャケットとそっくりの緑色のジャケットだ。

 取材のために訪れるメディアに配布されたクレデンシャルは、以前は真っ赤なブリキの缶バッジで、真ん中に白い文字で「PRESS」と記されていた。それもまた当時のマスターズのプレスバッジと瓜二つだった。

 「ニクラスはメモリアル・トーナメントをマスターズのようにしようと目論んでいる。ニクラスはマスターズを創設した『球聖』ボビー・ジョーンズのようになりたがっている」
 メディアセンターの裏口トークでは、そんなフレーズがしばしば飛び交っていた。
 

黄色いシャツの意味

 だが、それが表面的で穿った見方にすぎなかったことに、やがて誰もが気付いていった。メモリアル・トーナメントにマスターズの諸々と似通ったものが多かったのは事実。だが、それはマスターズをコピーしよう、取って代わろうとしたわけではなく、ニクラスが大好きなマスターズを手本にしたということ。

 そして、ニクラスが目指していたのは、自分自身や大会のステイタスを上げることではもちろんなく、未来を担う人材を育成し、ゴルフ界、ひいては社会に貢献することだった。

 古くからのゴルフファンなら覚えているかもしれない。1986年のマスターズをニクラスが46歳にして制し、6度目のグリーンジャケットを羽織ったとき、彼が身を包んでいたのは黄色いシャツだった。

 その黄色は、珍しい骨の癌におかされ、1971年に13歳で天国へ旅立った親友の息子を想ってニクラスが選んだ追悼のためのカラーだった。少年の死後、ニクラスは、しばしば黄色いシャツを着て試合の最終日を戦い、勝利を重ねていった。86年マスターズを制したときの黄色いシャツも、ニクラスのそんな優しさの反映だったのだ。

 幼い子供が短い生涯を終える悲しさ、やるせなさを痛感していたニクラスは、その後、全米各地で小児病院をサポートしていった。

 故郷であるオハイオ州のネイションワイド・チルドレンズ・ホスピタルズとメモリアル・トーナメントを連携させ、大会の収益の多くをこの病院のために役立てている。全米各地に小児病院を展開するチルドレンズ・ミラクル・ネットワーク・ホスピタルズのサポートも長期に渡って続けている。

 ニクラス夫妻がフロリダ州に居を構えてからは、ニクラス・チルドレンズ・ホスピタルズ財団を2004年に創設。すでにフロリダ州内に14の外来センターを開設し、集まったチャリティ基金は100ミリオンダラー(=約110億円を上回っている。
 

「もう私にゴルフは要らない」

 「これから5年間で、さらに100ミリオンを集めたい」
 今年3月、プレーヤーズ選手権の会見に臨んだニクラス夫妻は、笑顔でそう言い切った。夫妻は地球規模のチャリティ活動を行なっていくために、「プレー・イエロー(Play Yellow)」なるプロモーションを新たに立ち上げたという。

 「イエロー」は言うまでもなく、幼くてして亡くなった親友の少年を想う追悼の黄色だ。ニクラスは向こう5年間で100ミリオンのチャリティ収益を目指し、「グローバルな活動を通じて、小児病院のさらなるサポートに力を尽くしていきたい」と語った。

 「私は以前から、チャリティはプロゴルファーとしての試合やプレーの一部だと思っていたが、いつもそればっかりを考えてはいなかった」
 若かりし日々のことをニクラスはそう振り返り、チャリティへの想いが年々強まっていることを、会見で隣に座っていたバーバラ夫人と何度も目を合わせながら、こんなふうに明かした。

 「バーバラは、この40年間、ゴルフに携わってきた私を支えてくれた。小児病院に関することやチャリティに関することは、これまでは、実を言えば、私より彼女の最大の関心事であり、仕事であり、私はそんな彼女をサポートしてきた。
 でも今は、私自身のフォーカスが未来を担う子供たちのサポートへ向いている。それが何よりも大切なことで、それ以上に大事なことなどないと心底、思うからだ。
 もう私にゴルフは要らない。もう他のものは何も要らない」
 必要なのは、子供たちの命と健康と未来を支え、守っていくこと――それが、ニクラスが今、唯一、実現したいと願っていることなのだそうだ。

 かつて、ニクラスがボビー・ジョーンズになりたくて、メモリアル・トーナメントをマスターズにしたくて、とんでもない野望を抱いているなどと揶揄していた人々に、今、ニクラスの心優しい野望を是非とも知ってもらいたい。そして、できることなら、どんな小さなことでも何でもいいから、一人でも多くの人が「帝王の野望」に協力してほしいと私も願っている。

次回は5月15日公開予定!

バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 82. 「破竹」のナップが願うこと
  3. 81. M・ホーマの「故郷への恩返し」
  4. 80. トレーラーハウスで誓ったこと
  5. 79. 命のリレー、命のショー
  6. 78. 奇跡の復活優勝、「ミーアのミラクル」
  7. 77. 「永遠の女王」A・ソレンスタム
  8. 76. L・グローバーを大きく開花させたもの
  9. 75. 大きなゴールのための小さな目標
  10. 74. 「三つ子の魂」子どもたちのヒーロー
  11. 73. 「誰かのため」を最優先するホブランは、だからこそ人気急上昇中!
  12. 72. 亡き母のために「優勝して財団設立」を目指したW・クラークの勝利
  13. 71. 「脚光」と「薄幸」のビッグスター
  14. 70. 何かに苦しむ誰かのために活動する「フェアウエイの妖精」
  15. 69. 「0.006%」を潜り抜けたバックリーがもたらす幸運
  16. 68. 故郷をジュニア天国へ。S・ストーリングスの社会貢献
  17. 67. 鉄人レースに挑んだ女子プロのチャレンジ
  18. 66. 「ナイスガイだからこそ」のメジャー制覇と社会貢献
  19. 65. 個性派M・A・ヒメネスの恩返し
  20. 64. 全英女子オープン覇者がプロゴルファーである理由
  21. 63. メジャー3勝、だからこそ「感謝」と「貢献」
  22. 62. アフリカに水をもたらすゴルフ界のレジェンド
  23. 61. 一人の少年を讃えたフリートウッドの想い
  24. 60. 母国を離れて戦うC・スミスの母国愛
  25. 59. コロナ禍の犠牲者のために尽くした素晴らしき選手
  26. 58. 親友が闘病しながら創設した財団を守り続けるプロゴルファー
  27. 57. 救った子供が未来を救う、だからこそ救いたい
  28. 56. 「みんなのハッピー」を目指す女子ゴルフのスター
  29. 55. バレステロスからラームへ、スペインのヒーロー誕生物語
  30. 54. マリア・ファッシは幸せを運ぶアンバサダー
  31. 53. 「小さな奇跡」を信じて戦う意味
  32. 52. クールなP・カントレーの温かい社会貢献
  33. 51. L・トンプソン流、ユニークな社会貢献
  34. 50. 母国への想いが奇跡を起こす!?
  35. 49. 無名の48歳の「好きな言葉」「嫌いな言葉」
  36. 48. B・デシャンボーの熱くて厚い義理人情
  37. 47. 絵を描き続ける「みんなのヒーロー」
  38. 46. 助けたからこそ、助けられたゴルフ人生
  39. 45. 夢を追いかけられる社会にしたい
  40. 44. 負けても笑顔を輝かせた意味
  41. 43. 優しく強くなったR・マキロイの社会貢献
  42. 42. ファンファーレで送り出したい全英チャンプ
  43. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  44. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  45. 39. メジャー・チャンプの恩返し
  46. 38. 「思い出づくり」と「自転車づくり」
  47. 37. 米ツアーの黒人選手の「声」の力
  48. 36. スネデカーは「超ナイスガイ」!
  49. 35. 「世界を救うため」動いたジュニアゴルファー姉妹
  50. 34. それが「私の生きる意味」
  51. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
  52. 32. 亡き母の名を冠したマンモバンを走らせて
  53. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
  54. 30. ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」
  55. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  56. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  57. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
  58. 26. 「手作りゴルフ場」から出発したプロゴルファーの社会貢献
  59. 25. ゴルフ金メダリストが考える手作り感覚のチャリティ活動
  60. 24. 惜しみなく与える「DJ」の物語
  61. 23. 輝く未来を抱くチャンス
  62. 22. 帝王の優しき野望
  63. 21. 「パットの名手」は「チャリティの名手」
  64. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
  65. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  66. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  67. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  68. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  69. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  70. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  71. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  72. 12. 選手もキャディも主役になった日
  73. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  74. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  75. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  76. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  77. 07. デービス・ラブの愛
  78. 06. 彼が国民的スターである理由
  79. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  80. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  81. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  82. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  83. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい

著者プロフィール

舩越園子 近影舩越園子(ふなこし そのこ)

在米ゴルフジャーナリスト

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。


バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 82. 「破竹」のナップが願うこと
  3. 81. M・ホーマの「故郷への恩返し」
  4. 80. トレーラーハウスで誓ったこと
  5. 79. 命のリレー、命のショー
  6. 78. 奇跡の復活優勝、「ミーアのミラクル」
  7. 77. 「永遠の女王」A・ソレンスタム
  8. 76. L・グローバーを大きく開花させたもの
  9. 75. 大きなゴールのための小さな目標
  10. 74. 「三つ子の魂」子どもたちのヒーロー
  11. 73. 「誰かのため」を最優先するホブランは、だからこそ人気急上昇中!
  12. 72. 亡き母のために「優勝して財団設立」を目指したW・クラークの勝利
  13. 71. 「脚光」と「薄幸」のビッグスター
  14. 70. 何かに苦しむ誰かのために活動する「フェアウエイの妖精」
  15. 69. 「0.006%」を潜り抜けたバックリーがもたらす幸運
  16. 68. 故郷をジュニア天国へ。S・ストーリングスの社会貢献
  17. 67. 鉄人レースに挑んだ女子プロのチャレンジ
  18. 66. 「ナイスガイだからこそ」のメジャー制覇と社会貢献
  19. 65. 個性派M・A・ヒメネスの恩返し
  20. 64. 全英女子オープン覇者がプロゴルファーである理由
  21. 63. メジャー3勝、だからこそ「感謝」と「貢献」
  22. 62. アフリカに水をもたらすゴルフ界のレジェンド
  23. 61. 一人の少年を讃えたフリートウッドの想い
  24. 60. 母国を離れて戦うC・スミスの母国愛
  25. 59. コロナ禍の犠牲者のために尽くした素晴らしき選手
  26. 58. 親友が闘病しながら創設した財団を守り続けるプロゴルファー
  27. 57. 救った子供が未来を救う、だからこそ救いたい
  28. 56. 「みんなのハッピー」を目指す女子ゴルフのスター
  29. 55. バレステロスからラームへ、スペインのヒーロー誕生物語
  30. 54. マリア・ファッシは幸せを運ぶアンバサダー
  31. 53. 「小さな奇跡」を信じて戦う意味
  32. 52. クールなP・カントレーの温かい社会貢献
  33. 51. L・トンプソン流、ユニークな社会貢献
  34. 50. 母国への想いが奇跡を起こす!?
  35. 49. 無名の48歳の「好きな言葉」「嫌いな言葉」
  36. 48. B・デシャンボーの熱くて厚い義理人情
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  38. 46. 助けたからこそ、助けられたゴルフ人生
  39. 45. 夢を追いかけられる社会にしたい
  40. 44. 負けても笑顔を輝かせた意味
  41. 43. 優しく強くなったR・マキロイの社会貢献
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  43. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  44. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  45. 39. メジャー・チャンプの恩返し
  46. 38. 「思い出づくり」と「自転車づくり」
  47. 37. 米ツアーの黒人選手の「声」の力
  48. 36. スネデカーは「超ナイスガイ」!
  49. 35. 「世界を救うため」動いたジュニアゴルファー姉妹
  50. 34. それが「私の生きる意味」
  51. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
  52. 32. 亡き母の名を冠したマンモバンを走らせて
  53. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
  54. 30. ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」
  55. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  56. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  57. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
  58. 26. 「手作りゴルフ場」から出発したプロゴルファーの社会貢献
  59. 25. ゴルフ金メダリストが考える手作り感覚のチャリティ活動
  60. 24. 惜しみなく与える「DJ」の物語
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  64. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
  65. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  66. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
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  69. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  70. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  71. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  72. 12. 選手もキャディも主役になった日
  73. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  74. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  75. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  76. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  77. 07. デービス・ラブの愛
  78. 06. 彼が国民的スターである理由
  79. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  80. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  81. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  82. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  83. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい