ジム・フューリックという米国人のベテラン選手をご存じだろうか。8の字を描くような独特のスイングを武器に1994年から米ツアーで戦い始めたフューリックは、1998年から2003年までの間、毎年最低でも1勝以上を挙げ続け、安定感の高いグッドプレーヤーと言われた。2003年には全米オープンを制し、メジャーチャンプにもなった。
2004年に手首を故障して以降は「毎年1勝」の記録を維持できなくなった。だが、それでも2010年には米ツアーのフェデックスカップ年間王者に輝き、ボーナスの10ミリオンダラーを獲得。まだまだ実力が陰ってはいないことを世間に知らしめた。
2013年のBMW選手権では世界最小スコアに並ぶ「59」を出し、その記録を達成した選手のみが迎えられる「59クラブ」のメンバーになった。
そして3年後の2016年には、トラベラーズ選手権で未曽有の「58」をマークし、自ら最小スコア記録を更新。世界で唯一(注:現在は3人)の「ミスター58」と呼ばれるようになった。
現在48歳。米ツアー通算17勝。押しも押されもしない強者だ。そして今年は2年に1度、開催される米欧対抗戦「ライダーカップ」の開催年に当たり、米国チームのキャプテンを務めるのが、このフューリックだ。チームを構成するメンバーは12人。キャプテンであるフューリックがどうやって12人を率いて勝利へ導くのか。その裁量に注目が集まっている。
8の字を描くような独特のスイングを武器に1994年から米ツアーで戦い始めたフューリックは、1998年から2003年までの間、毎年最低でも1勝以上を挙げ続け、安定感の高いグッドプレーヤーと言われた。(photo: 舩越園子)
降って沸いた幸運を不運な人々のために
ライダーカップは、単なるゴルフの試合に留まらず、米欧双方の国と大陸の名誉をかけた伝統的な戦いとされている。チーム戦ゆえ、チームメンバーの団結力が求められるが、そこで大きなモノを言うのがキャプテンの裁量だ。そのため、ライガーカップのキャプテンに選ばれるためには、それ相応の実績が求められ、そしてそれ以上に人望や信頼が求められる。
その点、フューリックは「彼こそは米国チームのキャプテンにふさわしい」と万人が頷く人材と言っていい。
米ツアーのフェデックスカップ年間王者に輝き、10ミリオンダラー、日本円にして11億円超を手に入れた2010年の秋。降って沸いたような大金が自身の銀行に振り込まれる現実に直面したフューリックと愛妻タビーサは「私たちは何て恵まれているのだろうか」と幸福感に浸った。
だが、数日後、夫妻はどちらもこう思ったのだそうだ。
「突然、幸運が舞い込む人がいる一方で、突然、不運に見舞われる人もいる。辛い状況から抜け出せない人もいる。降って沸いたような大金は、そういう人々のために役立てたい」
夫妻は彼らが住むフロリダ州ジャクソンビルに「ジム&タビーサ・フューリック財団」を設立し、ノース・フロリダを中心とする地域社会を「よりヘルシーに、より強く、より教育豊かにするための活動」を開始した。
最初のうちは、セレブリティを集めたチャリティゴルフ大会を開き、参加者から寄付を募るといったシンプルな活動しか思いつかなったそうだ。
だが、少しずつ協力者が増え、アイディアや方法も増え、チャリティコンサートを開いたり、地域の病院と連携して慰問を行なうなど、活動内容は年々バライエティが増え、充実していった。
保護者がいない子供たち、重い傷病と闘う子供たち、苦境の中で出産や子育てと向き合う女性たち、いろんな意味で困難な状況下にある大人や高齢者たち。地域社会で苦しむあらゆる人々に救いの手を差し伸べたい。フューリック夫妻は、その一心で活動範囲を広げていった。
不思議なもので、フューリックが「59」や「58」というマジックナンバーをマークしたのは、そうしたチャリティ活動に勤しみ始めてからだった。
かつては、どんなに頑張っても出すことができなかった夢のスコアを次々にフューリック自身が更新していったのは「彼が常日頃、苦しむ人々にラックを与えているからこそ、そのぶん神様が彼にラックを与えたのだ」という声が方々から聞こえてきた。
保護者がいない子供たち、重い傷病と闘う子供たち、苦境の中で出産や子育てと向き合う女性たち等の地域社会で苦しむあらゆる人々に救いの手を差し伸べたい。フューリック夫妻は、その一心で活動範囲を広げていった。(photo: 舩越園子)
何かを得れば、なおさら
2016年に「58」を出し、「ミスター58」と呼ばれるようになったフューリックは、「ミスター58ならば、なおさら頑張らなくてはいけない」と財団の活動をさらに広げていった。
米ツアーが「第5のメジャー」と謡うプレーヤーズ選手権はフューリックが住むフロリダ州ジャクソンビルが開催地。そこでフューリックは地域社会と大会を結び付け、試合会場でのボランティアワークができる人々にはボランティアワークを促し、その一方で、リラクゼーションや癒しを求める人々には試合観戦に招待するなど試合との多角的な関わりを深めていった。
そうした努力と姿勢が米ゴルフ界から高く評価され、フューリックは社会貢献に寄与した選手に贈られるペイン・スチュワート・アワードを2016年の秋に受賞。
「この賞の過去の受賞者は全員、どこまでも社会貢献に熱心だった。どこまでも人々のために尽くした」
そう言ってフューリックは、さらに財団の活動に精力的になり、その努力と意志はいまなお膨らむばかりだ。
すでに米ツアーの下部ツアーに当たるウエブドットコム・ツアーやキャロウエイ、エース、アディダス、RBC(ロイヤル・バンク・オブ・カナダ)等々、フューリック夫妻の財団をサポートするスポンサーは7社も付いている。
昨年のクリスマスを控えた12月上旬。「ジム・フューリックのゴルフレッスンをマンツーマンで受けられる」というパッケージを地元ジャクソンビル在住の米国人男性がゴルフの腕を磨いている息子のために購入した。パッケージの売り上げはチャリティ基金に回されるという仕掛けだが、トッププレーヤーから30分間、じきじきに手ほどきが受けられるドリーム・パッケージでもある。
購入した男性いわく、「レッスンの日の数日前にジム本人から電話があった。30分では短すぎるから、もっと長くレッスンしてもいいかって聞かれ、二つ返事で『もちろんです。プリーズ』って答えた」。
そして当日。フューリックは2時間、男性の息子に優しくレッスンをし続けたそうだ。
フューリックとは、そういう選手。彼と妻の財団は、だからこそ高い評価を受け、サポートも得て、大勢の人々を救っている。そんなフューリックが米国の名誉をかけて戦うライダーカップの米国チーム・キャプテンを務めることに、だからこそ、万人が頷いているのだと私は思う。