コラム・連載

ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」

2019.12.15|text by 舩越園子

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 かつて、アメリカの女子ゴルフ界で長年、女王の座に君臨していたのはスウェーデン出身のアニカ・ソレンスタムだった。そして、ソレンスタムの引退後、女王の座を引き継いだのはメキシコ出身のロレーナ・オチョアだった。
 だが、オチョアはまだまだこれからと思われた2010年5月に28歳の若さで突然の引退宣言。あのときは世界のゴルフ界が仰天したが、「母国に帰り、結婚して子育てをしたい」というオチョアの決意は固かった。
 オチョアが望んでいた「子育て」には、自身の子どもだけではなく、母国や世界のどこかの国々で病気や貧困、暴力などによって困窮している大勢の子どもたち、あるいはプロゴルファーを目指して頑張っているものの、目の前の障害と戦っている子どもたち、そうした「すべての子どもたち」に手を差し延べたいという願いが込められていた。

謙虚で真摯な女王

 メキシコで生まれ育ったオチョアがゴルフクラブを握ったのは5歳のときだった。彼女はすぐさま頭角を現し、メキシコ国内のゴルフ競技で8勝を挙げて、「スーパージュニア」と呼ばれるようになった。
 同時に彼女は登山からハーフマラソン、トライアスロンにいたるまで、さまざまな競技に挑戦し、ときには、その過酷さに涙を流したこともあった。
 だが、兄に励まされ、泣きながらゴールした経験を通じて、彼女の中にネバーギブアップの精神や思いやりの心が醸成されていったのだろうと思う。
 メキシコのナショナルチャンピオンに輝いた後、オチョアはアメリカのアリゾナ大学へ留学。米国のカレッジゴルフ界で12勝を挙げ、2002年にプロ転向した。そして下部ツアー(現シメトラツアー)で賞金1位になり、2003年に一流の舞台である米LPGAにデビューした。
 それから参戦わずか4年目に賞金女王レースでソレンスタムを大きく引き離し、1位の座を独走。メジャー2勝を含む通算27勝を挙げ、ソレンスタムに代わる新たな女王として、女子ゴルフ界の頂点に立った。
 だが、女王と呼ばれても、オチョアの謙虚な姿勢が変わることはなく、彼女はどんなときも、誰に対しても、常に優しい視線を向けていた。

 アメリカ国内のゴルフ場で働く作業員にはメキシコ人が多い。とりわけメキシコとの国境に近いロサンゼルスやサンディエゴのゴルフ場には、英語がほとんどわからないメキシコ人作業員が大勢働いている。
 泥まみれになって草をむしったり、芝をいじったりと肉体的にハードな仕事をしている人々が多いが、不法滞在者となれば、賃金は極端に低く、生活は困窮をきわめる。それでも彼らは母国に残してきた家族へ仕送りをするために必死だ。
 オチョアはツアーを参戦している合間にも、時間を作っては、そうしたメキシコ人の作業員たちを集め、励ましていた。
 彼らの大半はゴルフをする経済的余裕はなく、だからオチョアは彼らにゴルフを教えていたわけではなかったが、「私もみなさんと同じメキシコ人であることを誇りに思います」とオチョアが語りかければ、苦しい生活を送っていた作業員たちにとっては、それが大きな励みになっていた。

 そう、オチョアはゴルフ界の女王であると同時に、メキシコ人の憧れの的であり、輝けるヒロインだった。彼女の存在は、母国の貧しい人々の生きる望みとなっていた。
 アメリカの大地の上で生きる外国人という共通点を持つ選手たちにも、オチョアは常に手を差し延べていた。日本人の宮里藍をはじめ、韓国や中国、東南アジア、南米出身の選手たちも何かにつけてオチョアに助けられ、そして彼女たちもオチョアを慕っていた。
 取材する私たちメディアに対しての気配りも忘れず、いつも誠意を尽くして対応してくれた。1対1のインタビューでは、常に目を見ながら真剣に応えてくれた。
 オチョアとは、そういう謙虚で真摯な女王だった。

これぞ、本当の女王

 今から12年ほど前のこと。オチョアはメキシコ人の知人らとともに、下部ツアーで腕を磨いていた2人のメキシコ人選手の経済的支援を開始した。
 その2人は、後に晴れて米LPGAで戦うプレーヤーになり、さらに数年後、どちらも現役から引退した。
 そして、その2人は、かつて下部ツアー時代に自分たちをサポートしてくれたオチョアらが続けている支援の輪に加わり、未来のメキシコ人選手たちを育てていくファンドを一緒に立ち上げた。
 オチョアを筆頭とするこのファンドが現在サポートしているのは、シメトラツアーや米LPGAを目指しているメキシコ出身の14名の若い女子選手たちだ。
 そのサポートのための仕組みは、なかなかユニークである。試合に挑む際に必要となるエントリーフィーとして、まず450ドルをファンドが選手に支給する。選手は予選通過さえできれば、最低限の賞金を獲得できるため、その賞金から450ドルをファンド側へ返金するという「出世払い」方式だ。

 とはいえ、選手たちの予選落ちが続けば、「出世払い」は成立せず、ファンドからの持ち出しばかりがかさんでしまうため、支援グループの運営や維持は大変である。
 そんな現状を知り、ミッシェル・ウィーやナタリー・ガルビス、ブリタニー・リンシコムといった米国人選手たちが自費でメキシコシティまで出向きも、オチョアらのファンドを支援している。
 さらには、ナンシー・ロペスなどメキシコ出身の往年の名選手たちも「できる限りのことをします」と協力を申し出てくれているそうだ。
 オチョアに女王の座を奪われたソレンスタムも、スキー界の女王リンゼイ・ボンも、「私たちも何でもするわ」という具合で、頼もしい援軍がどんどん増えて広がっている。
 経済的理由でプロへの道を諦めかけているメキシコ人選手たちを助けようと奔走しているオチョアらを、周囲の仲間、世界中の人々が助けようとしている。

 これが次代のゴルフ界の担い手を「育てる」ということなのだろう。子どもたち、若者たちをゴルフの世界で育成するとは、こうやって支援の輪を広げていくことなのだと、あらためて頷かされた。
 若くして現役引退を決意し、女王の座に未練も示さず潔く身を引いたオチョアだが、母国メキシコはもちろんのこと、米国や世界各国の「すべての子どもたち」の育成に尽力している引退後のオチョアは、だからこそ、今こそゴルフ界の真の女王であると私は秘かに思っている。

次回は1月15日公開予定!

バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  3. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  4. 39. メジャー・チャンプの恩返し
  5. 38. 「思い出づくり」と「自転車づくり」
  6. 37. 米ツアーの黒人選手の「声」の力
  7. 36. スネデカーは「超ナイスガイ」!
  8. 35. 「世界を救うため」動いたジュニアゴルファー姉妹
  9. 34. それが「私の生きる意味」
  10. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
  11. 32. 亡き母の名を冠したマンモバンを走らせて
  12. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
  13. 30. ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」
  14. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  15. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  16. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
  17. 26. 「手作りゴルフ場」から出発したプロゴルファーの社会貢献
  18. 25. ゴルフ金メダリストが考える手作り感覚のチャリティ活動
  19. 24. 惜しみなく与える「DJ」の物語
  20. 23. 輝く未来を抱くチャンス
  21. 22. 帝王の優しき野望
  22. 21. 「パットの名手」は「チャリティの名手」
  23. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
  24. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  25. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  26. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  27. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  28. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  29. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  30. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  31. 12. 選手もキャディも主役になった日
  32. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  33. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  34. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  35. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  36. 07. デービス・ラブの愛
  37. 06. 彼が国民的スターである理由
  38. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  39. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  40. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  41. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  42. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい

著者プロフィール

舩越園子 近影
舩越 園子(ふなこし そのこ)

ゴルフジャーナリスト

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。
百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。

在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。

『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。

アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。

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どれもタイガー・ウッズだが、
彼の言葉を追い、紐解いていくことで
人間・ウッズの実像が見えてくる。

そして逆境を乗り越えるために 一番大事なものとは……。

バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  3. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  4. 39. メジャー・チャンプの恩返し
  5. 38. 「思い出づくり」と「自転車づくり」
  6. 37. 米ツアーの黒人選手の「声」の力
  7. 36. スネデカーは「超ナイスガイ」!
  8. 35. 「世界を救うため」動いたジュニアゴルファー姉妹
  9. 34. それが「私の生きる意味」
  10. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
  11. 32. 亡き母の名を冠したマンモバンを走らせて
  12. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
  13. 30. ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」
  14. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  15. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  16. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
  17. 26. 「手作りゴルフ場」から出発したプロゴルファーの社会貢献
  18. 25. ゴルフ金メダリストが考える手作り感覚のチャリティ活動
  19. 24. 惜しみなく与える「DJ」の物語
  20. 23. 輝く未来を抱くチャンス
  21. 22. 帝王の優しき野望
  22. 21. 「パットの名手」は「チャリティの名手」
  23. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
  24. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  25. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  26. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  27. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  28. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  29. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  30. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  31. 12. 選手もキャディも主役になった日
  32. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  33. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  34. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  35. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  36. 07. デービス・ラブの愛
  37. 06. 彼が国民的スターである理由
  38. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  39. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  40. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  41. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  42. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい