コロナ禍の影響で12月に開催された2020年の全米女子オープン最終日の展開は、日本のゴルフファンの記憶にも残っているのではないだろうか。
あの日、単独首位で最終日を迎えたのは日本の大スター、渋野日向子だった。2019年に全英女子オープンを制した渋野には、メジャー2勝目の期待がかかり、渋野ファンは固唾を飲んで見守っていたことだろう。
しかし、渋野は出だしから崩れ、その傍らで、白いニット帽を被り、ピンク色のダウンのベストをしっかり着込み、淡々としたプレーぶりで優勝ににじり寄っていたエイミー・オルソンの姿は、とても印象的だった。
大会開幕直前の月曜日に義父が他界し、現地で寄り添うはずだった夫は、急きょノース・ダコタ州の実家へ戻るという想定外の事態に直面しながらも、悲しみをこらえ、黙々と初優勝を目指して戦っていたオルソンに人々の視線は釘付けになった。
そして、彼女のニット帽に付けられていた「ゴルフ・フォー・アフリカ」という見慣れないロゴマークが、私はあのとき妙に気になっていた。
終わってみれば、優勝したのはオルソンではなく、韓国のキム・イェリムだった。2位タイになったオルソンは、ホールアウト後、込み上げる涙を止めることができないまま、「やり切ったから悔いはない」と語った。
そんなオルソンの白いニット帽に付けられた「アフリカ」の文字が、その後もずっと私の脳裏に焼き付いていた。
水を得るための労苦
話を現在に戻すと、最近になって私は、2年前に見たオルソンの白いニット帽の「アフリカ」の文字の意味を知ることになった。
米女子ゴルフ界のレジェンドであるベッツィ・キングが2007年から手掛けているチャリティ活動があり、そのプロジェクトこそが「ゴルフ・フォー・アフリカ」というものだった。
オルソンは、キングのチャリティ活動に賛同し、キングのチャリティ・プロジェクトのロゴマークを自身の帽子に付けて全米女子オープンを戦っていたのだ。
現在66歳になるキングは、米ペンシルベニア州で生まれ育ち、ファーマン大学時代はカレッジゴルフで大活躍。1976年全米女子オープンにはアマチュア資格で出場し、ローアマに輝いた。
その翌年、1977年から米LPGAに参戦開始。次々に勝利を重ね、1987年のナビスコ・ダイナショア選手権(現シェブロン選手権)を皮切りにメジャー大会6勝、通算34勝を挙げたスーパースターだった。
賞金女王に輝くこと3回。プレーヤー・オブ・ザ・イヤーにも3度選出され、1995年には世界ゴルフ殿堂入りを果たした。
日本でも1981年、1992年、1993年に勝利を飾った。
そんなキングが、今ではアフリカのためのチャリティ活動に心血を注いでいる。
何が彼女をそうさせたのか。きっかけは、キングがケニヤやタンザニアなどを訪問し、現地の女性たちの窮状を初めて知ったことだった。
「ただ水を得るためだけに、アフリカでは女性や少女たちが、とんでもない労苦を強いられている。同じ人間、同じ女性として、その状況を見過ごすことは私にはできない。彼女たちがもっと楽に水を得られるよう、もっと健康に、もっと楽しく幸せに生きられるよう、そのための手助けをしたい」
以来、ゴルフ界とゴルファーの力を借りつつ、アフリカの女性たちを助けるためのチャリティ活動が、キングの生き甲斐になった。
地球から月までの距離を歩く
「アフリカの平均的な女性が水を得るために歩く距離は、地球から月までの距離に相当するんです」とキングは言う。
国連の調査によれば、アフリカで水を得ることができない生活をしている人々は7億8500万人もいるという。
女性や少女たちは、水を得るために遠くまで歩いて出向き、水を入れた重い入れ物を持って再び戻ってくる。そのための往復に1日平均6時間を費やしているそうで、そのためのアフリカの全女性たちの労働量を足し上げると、1日2億時間にもなるそうだ。
「水が得られるようになり、水汲みのための時間を省くことができれば、彼女たちは教育も受けられ、少女たちは学校にも通えるようになる。きれいな水が得られれば、健康状態も向上する。シャワーも浴びられるから、感染症などから身を守ることもできる」
キングは2007年に「ゴルフ・フォー・アフリカ」と名付けた自身の財団を創設。これまで集めたチャリティ寄金は1500万ドル。今年だけを見ても「この半年ほどで、すでに125万ドルが集まっており、今年の目標260万ドルをクリアできそう」と喜んでいる。
創設15周年を迎えている今年は、例年以上に積極的に活動を広げている。
キングは、かつて米LPGAでともに戦ったジュリー・インクスターをはじめ、スター選手のステイシー・ルイス、タイガー・ウッズの姪であるシャイアン・ウッズらを伴い、アフリカの現地視察へ赴いた。
地面にドリルで穴を掘り、水が無い場所に井戸を掘る作業を初めて間近に眺めた女子選手たちは、井戸1つがあることの大切さと意義を痛感させられ、「できる限りの協力をしたい」とキングに申し出た。
6月には、そうした選手たちが勢揃いするチャリティ・イベントをニューヨークで開催し、一気に25万ドルの寄付が寄せられた。
同じ6月、ノース・カロライナ州内で全米女子オープンが開催されたときは、アンジェラ・スタンフォードやソフィア・ポポスといった女子選手たちが、会場近郊の別のゴルフ場まで足を運び、そこで開かれたキング主催のチャリティ・イベントに参加。そこでも7万5000ドルの寄付金が集まった。
「ゴルフ界の理解と協力が得られるからこそ、私たちは寄付金を集めることができ、そのお金がアフリカの女性たちを助けることにつながっていく。彼女たちが少しでも楽にきれいな水を得ることができ、笑顔を輝かせることができれば、うれしい。この活動は私の生き甲斐です。そのために私は生きていきます」
そんなキングのことを、後輩に当たる女性ゴルファーたちは「私たちのキング(王)」と呼び、リスペクトを払っている。
アフリカの女性たちにとっては、キングは王というより、水をもたらす神様のような存在なのではないだろうか。