コラム・連載

ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

ファンファーレで送り出したい全英チャンプ

2020.12.15|text by 舩越園子

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 1999年の全英オープン覇者であるスコットランド出身のポール・ローリーが、51歳になった今年、レギュラーツアーからの引退を表明すると、米メディアから発信された記事には、こんな見出しが躍った。
 「ノー・ファン(観客は無し)、ノー・ファンファーレ(ファンファーレも無し)」
 引退発表の場はコロナ禍ゆえの無観客試合だったため、彼を見守るギャラリーはおらず、ファンファーレも花束も無かったことは事実。
 だが、米メディアの論調は「報われない物語の主人公は最後まで報われない」と言いたげで、ローリー自身、そういうニュアンスの質問をずいぶん投げかけられたそうだ。
 「胸中は複雑ですかと問われるけど、僕は17歳でプロ転向したとき、自分が一流の欧州ツアーで620試合も戦えるなんて夢にも思っていなかった。感謝の気持ちでいっぱいです。腰痛が悪化し、年齢的にも以前のように戦えなくなった今の私は、若い選手に1名分の出場枠を譲るべきときを迎えただけのこと。これからはシニアの世界へ移行します」
 さらにローリーは、こう続けた。
 「僕はコース上で達成したことを誇らしく思っていますが、僕と妻はコース外で尽くしてきたことのほうが、もっと重要だと思っています。僕と妻は、どうしたら社会に恩返しができるかをずっと考えながら生きてきた。その考えは形になって、膨らんでいった。僕らは何よりそれを誇りに思っています」
 ローリーは自分が報われないチャンピオンだったとは感じていない。それどころか、達成感と満足感を十分に味わってきたからこそ、早々に後進に出場枠を譲り、「今後はもっと社会に尽くしたい」と目を輝かせている。
 そう、ローリーの引退は、米メディアが描写したような暗く悲しいものではなく、彼が一番大切に思ってきたことを心置きなくやっていく第2の人生への明るい旅立ちだ。

スポットライトを浴びなかった勝者

 そもそも、なぜローリーが報わないチャンピオンだと思われてきたかと言えば、それは1999年全英オープンの結末が「悲劇」だったからだ。
 悲劇の主人公はジャン・バンデベルデというフランス人選手。最終日、バンデベルデは2位に3打差の単独首位で72ホール目を迎えたが、優勝すれば92年ぶりのフランス人選手による全英制覇という重圧が彼の手元を狂わせた。バンデベルデのティショットは大きく右に曲がり、2打目はギャラリー・スタンドに跳ね返って小川の手前の深いラフへ。第3打を目の前の小川へ入れ、ドロップ後はバンカーに入れてトリプルボギー。先にホールアウトしていたローリー、ジャスティン・レナードとの3人によるプレーオフへ突入し、勝利したのがローリーだった。
 ローリーの優勝は「棚ぼた」と呼ばれ、あの大会は「ローリーが勝った全英オープン」ではなく「バンデベルデが負けた全英オープン」として人々の記憶に刻まれた。
 そして、あの全英オープン以降、ローリーを大西洋の向こう側から遠巻きに眺めていただけの米メディアは、彼が報われないままの日々を過ごしていると思っていた。
 だが、ローリーは母国では真のヒーローとして人々からリスペクトされていることを、あるとき私は偶然知った。

「これで恩返しできる」

 2010年の夏。全英オープン取材のため、スコットランドへ赴いた私は、その開幕前、近郊で開かれていたジュニアオープンを取材した。表彰式が始まろうとしていたとき、トロフィーの近くに見たことがある人物が立っていた。それが、ローリーだった。
 「私はこのジュニアオープンの名誉会長を務めているんです。子どもたちが一生懸命、試合に挑む姿に触れるのは本当に楽しい。ああ、全英オープン?明日から練習ラウンドします」
 自身のメジャー大会の開幕目前に、自分より地元の子どもたちのために尽くすことを優先していたローリーの姿に驚きを覚えた。
 ローリーから優勝トロフィーを渡された子どもは夢見心地。表彰式終了後、大勢の子どもたちも見守っていた大人たちも尊敬の眼差しを向けていた。その真ん中に立っていたローリーは、まさに母国のヒーローだった。
 スコットランドで生まれたローリーは1986年にプロ転向し、92年から欧州ツアーで戦い始めた。96年に初優勝。99年に2勝目を挙げ、あの全英オープンを制してメジャー初優勝、欧州通算3勝目を挙げて高額賞金を手に入れた。そのとき、ローリーの頭に浮かんだことは、ただ1つ。
 「これで、僕が育ったゴルフの世界に恩返しができる」
 2001年にポール・ローリー財団を設立。18歳以下のゴルフを知らない子どもたちに「ゴルフに触れてもらい、楽しんでもらいたい」と考えて、ゴルフで遊ぶイベントを地元で実施したところ、大きな反響が得られた。
 ゴルフをしているジュニアゴルファーたちのための指導プログラムも創設。参加者はみるみる増え、プロジェクトは拡大していった。
 2011年にポール・ローリー・インビテーショナルという大会を創設。2012年には近郊の練習場を買い取って改修し、ポール・ローリー・ゴルフセンターをオープンした。
 やがて、プロジェクトにはサッカーやホッケーをやる子どもたちが加わり、他競技と合同のスポーツ・コミュティへ発展しつつある。
 近年は気候が穏やかな4月から10月に7~18歳の子どもたちをスコットランド周辺の名コースへ連れていき、素晴らしい景色の中で楽しくゴルフを体験しながらマナーやエチケット、感謝や喜びを知ってもらうプロジェクトが主体。ゴルフ上級のジュニアたちには技術指導を行なっているが、その際も「ゴルファーである前に1人の人間であることを忘れるべからず」と教えているそうだ。
 さらに、ローリー財団は未来のチャンピオンを目指しているスコットランド出身の4人のプロゴルファーのスポサードもしている。
 「この財団出身者がトーナメントで勝ち、メジャーで勝ったら、それは僕が人生で最大の興奮を覚える瞬間になる」
 そう言って目を輝かせるローリーに賛同する企業や団体はどんどん増え、アバディーン・スタンダード・インベストメントや欧州ツアー、そして欧州ゴルフの総本山R&Aなど、その数は15団体以上もある。
 そして、ローリー自身は2012年にゴルフクラブ・マネジメント・マガジンによって「英国ゴルフに最も影響を与えた人物」の第37代目に選出され、2016年には自身のブランド「カーディナル・ゴルフ」を立ち上げるなど充実した日々を過ごしてきた。
 そう、ローリーは、いつだって幸せそうな笑顔を讃え、自分がゴルフから授かったものをゴルフにお返ししたいと願い続けている。
 そんなローリーの新たな船出は希望と喜びで溢れている。米メディアは「ファンファーレも無い」と書いていたが、私は感謝を込めた精一杯のファンファーレで彼を第2の人生へ送り出したい。

次回は1月15日公開予定!

バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 52. クールなP・カントレーの温かい社会貢献
  3. 51. L・トンプソン流、ユニークな社会貢献
  4. 50. 母国への想いが奇跡を起こす!?
  5. 49. 無名の48歳の「好きな言葉」「嫌いな言葉」
  6. 48. B・デシャンボーの熱くて厚い義理人情
  7. 47. 絵を描き続ける「みんなのヒーロー」
  8. 46. 助けたからこそ、助けられたゴルフ人生
  9. 45. 夢を追いかけられる社会にしたい
  10. 44. 負けても笑顔を輝かせた意味
  11. 43. 優しく強くなったR・マキロイの社会貢献
  12. 42. ファンファーレで送り出したい全英チャンプ
  13. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  14. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  15. 39. メジャー・チャンプの恩返し
  16. 38. 「思い出づくり」と「自転車づくり」
  17. 37. 米ツアーの黒人選手の「声」の力
  18. 36. スネデカーは「超ナイスガイ」!
  19. 35. 「世界を救うため」動いたジュニアゴルファー姉妹
  20. 34. それが「私の生きる意味」
  21. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
  22. 32. 亡き母の名を冠したマンモバンを走らせて
  23. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
  24. 30. ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」
  25. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  26. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  27. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
  28. 26. 「手作りゴルフ場」から出発したプロゴルファーの社会貢献
  29. 25. ゴルフ金メダリストが考える手作り感覚のチャリティ活動
  30. 24. 惜しみなく与える「DJ」の物語
  31. 23. 輝く未来を抱くチャンス
  32. 22. 帝王の優しき野望
  33. 21. 「パットの名手」は「チャリティの名手」
  34. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
  35. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  36. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  37. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  38. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  39. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  40. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  41. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  42. 12. 選手もキャディも主役になった日
  43. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  44. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  45. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  46. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  47. 07. デービス・ラブの愛
  48. 06. 彼が国民的スターである理由
  49. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  50. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  51. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  52. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  53. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい

著者プロフィール

舩越園子 近影
舩越 園子(ふなこし そのこ)

ゴルフジャーナリスト

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。
百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。

在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。

『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。

アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。

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バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 52. クールなP・カントレーの温かい社会貢献
  3. 51. L・トンプソン流、ユニークな社会貢献
  4. 50. 母国への想いが奇跡を起こす!?
  5. 49. 無名の48歳の「好きな言葉」「嫌いな言葉」
  6. 48. B・デシャンボーの熱くて厚い義理人情
  7. 47. 絵を描き続ける「みんなのヒーロー」
  8. 46. 助けたからこそ、助けられたゴルフ人生
  9. 45. 夢を追いかけられる社会にしたい
  10. 44. 負けても笑顔を輝かせた意味
  11. 43. 優しく強くなったR・マキロイの社会貢献
  12. 42. ファンファーレで送り出したい全英チャンプ
  13. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  14. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  15. 39. メジャー・チャンプの恩返し
  16. 38. 「思い出づくり」と「自転車づくり」
  17. 37. 米ツアーの黒人選手の「声」の力
  18. 36. スネデカーは「超ナイスガイ」!
  19. 35. 「世界を救うため」動いたジュニアゴルファー姉妹
  20. 34. それが「私の生きる意味」
  21. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
  22. 32. 亡き母の名を冠したマンモバンを走らせて
  23. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
  24. 30. ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」
  25. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  26. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  27. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
  28. 26. 「手作りゴルフ場」から出発したプロゴルファーの社会貢献
  29. 25. ゴルフ金メダリストが考える手作り感覚のチャリティ活動
  30. 24. 惜しみなく与える「DJ」の物語
  31. 23. 輝く未来を抱くチャンス
  32. 22. 帝王の優しき野望
  33. 21. 「パットの名手」は「チャリティの名手」
  34. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
  35. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  36. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  37. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  38. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  39. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  40. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  41. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  42. 12. 選手もキャディも主役になった日
  43. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  44. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  45. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  46. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  47. 07. デービス・ラブの愛
  48. 06. 彼が国民的スターである理由
  49. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  50. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  51. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  52. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  53. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい