コラム・連載

ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

バレステロスからラームへ、スペインのヒーロー誕生物語

2022.1.15|text by 舩越園子

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2022年の年明けを世界ランキング1位で迎えたのは、スペイン出身のジョン・ラームだった。2021年終盤には、王座が何度か脅かされそうにもなったのだが、結局、ラームは1位を守り通し、4月に誕生した長男ケパくん、愛妻ケリーとともに幸せいっぱいでニューイヤーを迎えた。

そんなラームの様子を見聞きするにつけ、周囲に愛や幸せを与える者は自ずと幸せを得るのかもしれないなと思わずにはいられなくなる。

ラームは母国スペインや欧州のジュニアゴルフ界で腕を上げ、18歳で単身渡米。名門、アリゾナ州立大学へゴルフ留学した。

元々はスペイン語だけしか話せなかったが、同大学の陸上部に所属していたケリー嬢と在学中から交際を重ねたおかげで英語がすっかり堪能になり、ケリー嬢とは卒業前から婚約していた。

2016年に大学を卒業し、プロ転向。そして翌年1月、早々に米ツアーのファーマーズ・インシュアランス・オープンで初優勝を挙げ、米ゴルフ界を驚かせた。

その後も好成績を挙げていったラームは、2017年夏には世界ランキングでトップ5入りを果たした。2018年はキャリア・ビルダー・チャレンジを制して米ツアー通算2勝目を挙げ、その間、欧州ツアーでは3勝を挙げ、世界でもトッププレーヤーと見なされるようになった。

2019年に米ツアー通算3勝目、2020年7月にメモリアル・トーナメントを制して4勝目を挙げたとき、ラームは早くも世界ランキング1位に輝いた。

プロ入りから4年27日で世界一は、タイガー・ウッズ、ジョーダン・スピースに次ぐ史上3番目のスピード出世だった。スペイン出身で世界ナンバー1に輝いたのは、今は亡きセベ・バレステロスに次ぐ2人目だ。

「母国の歴史に加われたことを喜びながら、これからも頑張っていきたい」

そう語ったラームには、25歳(当時)らしからぬ風格さえ漂っていた。

2020年のシーズンエンドのプレーオフ・シリーズでBMW選手権も制したラームは「次に手に入れたいのはメジャー・タイトル。来年は絶対にメジャーで勝つ」と心に誓った。

感謝と謙虚な心

メジャー優勝を狙いつつ、2021年を迎えたラームだが、なかなかメジャーで勝てない原因は「感情のコントロールができないからだ」と米メディアから何度も指摘されていた。ミスするたびに怒声を上げ、クラブを叩きつけ、ルール委員に詰め寄ったこともあった。

「激しい性格がアダになっている」――しかし、愛妻ケリーは「コースから一歩離れれば、彼はとてもシャイなんです。休みの日に出かける先といえば、近所のレストラン1軒だけ。顔なじみで自分が座る場所が決まっているその店なら安心できる。彼はそういう性格です。コースで激しい態度が出るのは、きっと勝ちたい気持ちの裏返し。他の選手たちは、みなそれを上手に隠すけど、不器用な彼は隠せず表に出してしまう」

2021年4月のマスターズ直前、ラーム夫妻には第一子となる長男ケパくんが誕生した。

「ジョンは良き父親になると誓い、試合中も大人の態度を取ろうと頑張っていました」とケリーは明かした。

そんなラームにさらなる変化が見られたのは、全米オープンの2週間前に開催されたメモリアル・トーナメント3日目終了後だった。

2位に6打差の単独首位で54ホールを終えたとき、ラームはその日の朝に受けたPCR検査の結果が陽性だったことを係員から告げられ、大会連覇がかかっていたというのに即座の棄権と10日間の隔離生活を余儀なくされた。

まさに青天の霹靂。「でも不思議なことに、あのときジョンは怒ることなく慌てることなく、その状況を素直に受け入れたんです」と愛妻ケリーは振り返った。

聞けば、あのときラームの胸の中には予感めいたものが芽生えていたのだそうだ。

「最初はもちろん驚いたけど、何かいいことが起こる予感がした。これは、きっとハッピーエンドになる物語なのだと思った。そして、我が子の良き手本になりたいと思った」

隔離が終わり、ギリギリセーフで全米オープンに滑り込んだラームは、好プレーを続けて優勝争いに絡み、首位に3打差の好位置で最終日を迎えると、大混戦を制して、夢にまで見たメジャー・チャンピオンに輝いた。

「誰が勝っても『スターたちがひしめき合った全米オープンを制したチャンピオン』と呼ばれることになる。その中に僕の名前が含まれることは、それだけですごい栄誉だと思った。だから、結果はさておき、最後まで最高のゴルフをしようと心に誓った」

感謝の心、謙虚な姿勢が芽生えたとき、ラームのメジャー優勝の悲願が達成されたのだ。

英語がほとんどわからず、アメリカに足を踏み入れたことさえなかった外国人選手が、いろいろな人々と出会い、いろいろな形で助けを得ながらビッグな栄冠を掴み取ったことは、世界中のジュニアやヤングゴルファーに勇気と希望をもたらした。

ヒーローからヒーローへ

かつて、母国の英雄セベ・バレステロスに憧れてゴルフクラブを握り、「セベのようになりたい」という気持ちをモチベーションにして、メジャー・チャンプになり、世界一になったラームは、バレステロスと母国スペインに何か恩返しをしたいと考えた。

スペインの子どもたちがゴルフに触れ、楽しさを知り、ゴルフが大好きになってくれたら、それが何よりの恩返しになるのではないか。そう思ったラームは、今は亡きバレステロスが残した3人の息子たちとともに「セベ&ジョン、ゴルフ・フォー・キッズ」というプロジェクトを創設した。

スペイン国内の5か所で子どもたちがドライバーショットとチップ&パットを競う予選大会を開催。1人の子どもが参加できるのは1予選のみとし、各予選に参加できる人数は最大120人までと規定。各予選で勝ち残った子どもたちは12月の決勝大会に進む。16歳以下の男女なら誰でも参加可能とし、約3000円ほどのエントリーフィーはスペイン国内の子ども育成機関に寄付されるという仕掛けで、2021年に初開催され、最大人数の600人がフル参加して大いなる盛り上がりを見せたそうだ。

「セベは僕のヒーローだった。セベがいてくれたおかげで僕はゴルフクラブを握り、世界一を目指して前進できた。そのセベの息子たちと手を取り合い、セベと僕の名を冠したイベントを開催し、母国の大勢の子どもたちの未来のために役立てることは、この上ない喜びであり、何より誇りに思います」

スペインの英雄バレステロスが、次なるスペインの英雄ラームを生み、今度はラームが、母国の子どもたちのヒーローとなって次代を担う英雄を生み出していく。そんなスペインのヒーロー誕生物語は、世界のゴルフ史に残る逸話になるのではないだろうか。

次回は2月15日公開予定!

バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 63. メジャー3勝、だからこそ「感謝」と「貢献」
  3. 62. アフリカに水をもたらすゴルフ界のレジェンド
  4. 61. 一人の少年を讃えたフリートウッドの想い
  5. 60. 母国を離れて戦うC・スミスの母国愛
  6. 59. コロナ禍の犠牲者のために尽くした素晴らしき選手
  7. 58. 親友が闘病しながら創設した財団を守り続けるプロゴルファー
  8. 57. 救った子供が未来を救う、だからこそ救いたい
  9. 56. 「みんなのハッピー」を目指す女子ゴルフのスター
  10. 55. バレステロスからラームへ、スペインのヒーロー誕生物語
  11. 54. マリア・ファッシは幸せを運ぶアンバサダー
  12. 53. 「小さな奇跡」を信じて戦う意味
  13. 52. クールなP・カントレーの温かい社会貢献
  14. 51. L・トンプソン流、ユニークな社会貢献
  15. 50. 母国への想いが奇跡を起こす!?
  16. 49. 無名の48歳の「好きな言葉」「嫌いな言葉」
  17. 48. B・デシャンボーの熱くて厚い義理人情
  18. 47. 絵を描き続ける「みんなのヒーロー」
  19. 46. 助けたからこそ、助けられたゴルフ人生
  20. 45. 夢を追いかけられる社会にしたい
  21. 44. 負けても笑顔を輝かせた意味
  22. 43. 優しく強くなったR・マキロイの社会貢献
  23. 42. ファンファーレで送り出したい全英チャンプ
  24. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  25. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  26. 39. メジャー・チャンプの恩返し
  27. 38. 「思い出づくり」と「自転車づくり」
  28. 37. 米ツアーの黒人選手の「声」の力
  29. 36. スネデカーは「超ナイスガイ」!
  30. 35. 「世界を救うため」動いたジュニアゴルファー姉妹
  31. 34. それが「私の生きる意味」
  32. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
  33. 32. 亡き母の名を冠したマンモバンを走らせて
  34. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
  35. 30. ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」
  36. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  37. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  38. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
  39. 26. 「手作りゴルフ場」から出発したプロゴルファーの社会貢献
  40. 25. ゴルフ金メダリストが考える手作り感覚のチャリティ活動
  41. 24. 惜しみなく与える「DJ」の物語
  42. 23. 輝く未来を抱くチャンス
  43. 22. 帝王の優しき野望
  44. 21. 「パットの名手」は「チャリティの名手」
  45. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
  46. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  47. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  48. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  49. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  50. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  51. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  52. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  53. 12. 選手もキャディも主役になった日
  54. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  55. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  56. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  57. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  58. 07. デービス・ラブの愛
  59. 06. 彼が国民的スターである理由
  60. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  61. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  62. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  63. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  64. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい

著者プロフィール

舩越園子 近影
舩越 園子(ふなこし そのこ)

ゴルフジャーナリスト

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。
百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。

在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。

『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。

アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。

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どれもタイガー・ウッズだが、
彼の言葉を追い、紐解いていくことで
人間・ウッズの実像が見えてくる。

そして逆境を乗り越えるために 一番大事なものとは……。

バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 63. メジャー3勝、だからこそ「感謝」と「貢献」
  3. 62. アフリカに水をもたらすゴルフ界のレジェンド
  4. 61. 一人の少年を讃えたフリートウッドの想い
  5. 60. 母国を離れて戦うC・スミスの母国愛
  6. 59. コロナ禍の犠牲者のために尽くした素晴らしき選手
  7. 58. 親友が闘病しながら創設した財団を守り続けるプロゴルファー
  8. 57. 救った子供が未来を救う、だからこそ救いたい
  9. 56. 「みんなのハッピー」を目指す女子ゴルフのスター
  10. 55. バレステロスからラームへ、スペインのヒーロー誕生物語
  11. 54. マリア・ファッシは幸せを運ぶアンバサダー
  12. 53. 「小さな奇跡」を信じて戦う意味
  13. 52. クールなP・カントレーの温かい社会貢献
  14. 51. L・トンプソン流、ユニークな社会貢献
  15. 50. 母国への想いが奇跡を起こす!?
  16. 49. 無名の48歳の「好きな言葉」「嫌いな言葉」
  17. 48. B・デシャンボーの熱くて厚い義理人情
  18. 47. 絵を描き続ける「みんなのヒーロー」
  19. 46. 助けたからこそ、助けられたゴルフ人生
  20. 45. 夢を追いかけられる社会にしたい
  21. 44. 負けても笑顔を輝かせた意味
  22. 43. 優しく強くなったR・マキロイの社会貢献
  23. 42. ファンファーレで送り出したい全英チャンプ
  24. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  25. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  26. 39. メジャー・チャンプの恩返し
  27. 38. 「思い出づくり」と「自転車づくり」
  28. 37. 米ツアーの黒人選手の「声」の力
  29. 36. スネデカーは「超ナイスガイ」!
  30. 35. 「世界を救うため」動いたジュニアゴルファー姉妹
  31. 34. それが「私の生きる意味」
  32. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
  33. 32. 亡き母の名を冠したマンモバンを走らせて
  34. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
  35. 30. ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」
  36. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  37. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  38. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
  39. 26. 「手作りゴルフ場」から出発したプロゴルファーの社会貢献
  40. 25. ゴルフ金メダリストが考える手作り感覚のチャリティ活動
  41. 24. 惜しみなく与える「DJ」の物語
  42. 23. 輝く未来を抱くチャンス
  43. 22. 帝王の優しき野望
  44. 21. 「パットの名手」は「チャリティの名手」
  45. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
  46. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  47. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  48. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  49. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  50. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  51. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  52. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  53. 12. 選手もキャディも主役になった日
  54. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  55. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  56. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  57. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  58. 07. デービス・ラブの愛
  59. 06. 彼が国民的スターである理由
  60. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  61. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  62. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  63. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  64. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい