コラム・連載

ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

母国への想いが奇跡を起こす!?

2021.8.15|text by 舩越園子

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3年前の春。世界選手権のWGCメキシコ選手権で、インド出身のまったく無名の21歳(当時)、シュバンカル・シャルマという選手が2日目も3日目も単独首位に立ち、大きな注目を集めた。

最終日、シャルマは米国の国民的スターであるフィル・ミケルソンとともに最終組で回り、眩しいほどのスポットライトを浴びた。

しかし、勝利したのはミケルソンで、緊張したシャルマはすっかり崩れて9位に終わった。

だが、初めてのメキシコ、初めての世界選手権出場で、首位に浮上し、最終日最終組をビッグスターとともに回ったシャルマの大健闘ぶりは、インドの人々のゴルフに対する興味と関心を大いに高めた。

マスターズを主催するオーガスタ・ナショナルも、シャルマの奮闘を讃え、2018年のマスターズに特別招待することを決めた。

そのシャルマがゴルフを始めたきっかけを、彼の父親モハンから聞いて、私はとても驚かされた。

元インドの陸軍大佐だった父親モハンは、ある駐屯地に滞在していたとき、その駐屯地所属の軍医と親しくなった。そして、その軍医はモハンに、こう言ったそうだ。

「ウチの息子はゴルフというスポーツをやっています。ゴルフはとても楽しいスポーツです。是非、大佐もやってみてください」

モハンは軍医に勧められてゴルフを始め、すっかり夢中になり、当時7歳だった息子にもゴルフを始めさせた。

それが、シャルマ父子がゴルフを始めたきっかけだったのだが、シャルマ父子にゴルフを教えた軍医は、米ツアー選手であるアニルバン・ラヒリの父親なのだそうだ。

インドでは、まだまだゴルフが普及しておらず、ましてやプロゴルファーを目指すジュニアは数えるほどしかいなかった。

だが、ラヒリ父子が先駆者としてそこに居たからこそ、シャルマ父子もゴルフに出会い、プロゴルフの世界を目指すようになった。

そんな彼らの馴れ初めを聞いて、ゴルフを広めるアンバサダー的存在やパイオニア的存在が、いかに大切であるかを実感させられた。

ラヒリはアジア人選手の「兄」的存在

以後、ラヒリの父親はシャルマの父親にゴルフを教え、息子は息子どうしということで、ラヒリはことあるごとにシャルマにゴルフを教えたそうだ。

軍医である父親から高水準の教育を受けながら育ったラヒリは、4か国語を学んだ一方で、8歳からはゴルフに精を出し、2007年にプロ転向した。

アジア各国を転戦しながら米ツアー数試合にスポンサー推薦を受けて出場。下部ツアーでも腕を磨き、2015年からは米ツアー参戦を開始した。

一足早く米ツアーにデビューした松山英樹とは仲が良く、しばしば練習ラウンドを共にしていた。同じアジア人どうしのせいか、ラヒリは松山を弟のようにかわいがり、松山もラヒリとの練習ラウンドを楽しんでいる様子だった。米国選抜チームと世界選抜チームの対抗戦、プレジデンツカップにも2人は共に出場した。

そんなラヒリは現在34歳。世界では通算18勝を誇っているが、米ツアーでは未勝利だ。そして、近年は成績が低迷しており、現在はシード権が確保できるかどうかの瀬戸際にある。

母国のために

今年4月、ラヒリ新型コロナウイルスに感染した。陽性判定が出たとき、ラヒリはサウス・カロライナ州の試合会場にいたのだが、すぐに隔離生活に入った。

フロリダ州の自宅では、妻と2歳の子どもも陽性判定となった。幸い、妻子は無症状に近い軽症だったが、ラヒリの症状は重く、高熱が1週間以上も続いたそうだ。

「体重が8キロも減ってしまった」

そう振り返ったラヒリは、病床にあったときの心境を包み隠さず語ってくれた。

「母国インドでは、3000万人以上が感染し、40万人が死亡したと報じられているが、おそらくは、それらの数字の2倍、3倍が感染したり、亡くなったりしているのだと思う」

想像を絶するような数字を頭の中で何度も咀嚼しているうちに、ラヒリは居ても立ってもいられなくなり、母国の支援金を集める活動を開始した。

「たくさんの命が奪われ、たくさんの仕事が奪われ、たくさんの未来が危うくなった。僕も、僕の家族も、それを目の当たりにして、人々のより良い未来のために、できることをやりたいと思った。

痛みや苦しみは、現実なんだ。その現実を少しでも良い方向へ向けていきたい。

それが僕の人間としての信念。僕からのメッセージです」

ラヒリはクラウドファンディングを立ち上げ、SNS上で寄付を呼びかけるなど、思いついたことから1つ1つ着手しているという。

さらにラヒリは、東京五輪にインド代表として参加し、メダルを獲得することが「母国への励みになる」と信じ、目を輝かせていた。

「かつて、バドミントンや射撃、レスリングで、インドの選手が金メダルを母国に持ち帰ったとき、それがどれほどインドの人々を奮い立たせたことか。

だから僕も、東京五輪に出て、金メダルを手に入れて、インドに持ち帰る」

このコラムがみなさんの目に触れるのは、東京五輪終了直後のタイミングになる。

果たして、ラヒリは金メダルを獲ることができたのか――。

ちなみに、五輪ランキングでは、ラヒリは60人中59位、そして、もう1人のインド代表選手、ウダヤン・メインは最下位の60位で五輪出場を決めた。

しかし、母国を想う気持ちが驚くような奇跡を起こすかもしれない。ゴルフの世界では、そういう奇跡は、ときどき起こる。

だから私は、日本人選手を応援しつつ、密かにラヒリにもエールを送りたいと思う。

次回は9月15日公開予定!

バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 52. クールなP・カントレーの温かい社会貢献
  3. 51. L・トンプソン流、ユニークな社会貢献
  4. 50. 母国への想いが奇跡を起こす!?
  5. 49. 無名の48歳の「好きな言葉」「嫌いな言葉」
  6. 48. B・デシャンボーの熱くて厚い義理人情
  7. 47. 絵を描き続ける「みんなのヒーロー」
  8. 46. 助けたからこそ、助けられたゴルフ人生
  9. 45. 夢を追いかけられる社会にしたい
  10. 44. 負けても笑顔を輝かせた意味
  11. 43. 優しく強くなったR・マキロイの社会貢献
  12. 42. ファンファーレで送り出したい全英チャンプ
  13. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  14. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  15. 39. メジャー・チャンプの恩返し
  16. 38. 「思い出づくり」と「自転車づくり」
  17. 37. 米ツアーの黒人選手の「声」の力
  18. 36. スネデカーは「超ナイスガイ」!
  19. 35. 「世界を救うため」動いたジュニアゴルファー姉妹
  20. 34. それが「私の生きる意味」
  21. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
  22. 32. 亡き母の名を冠したマンモバンを走らせて
  23. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
  24. 30. ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」
  25. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  26. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  27. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
  28. 26. 「手作りゴルフ場」から出発したプロゴルファーの社会貢献
  29. 25. ゴルフ金メダリストが考える手作り感覚のチャリティ活動
  30. 24. 惜しみなく与える「DJ」の物語
  31. 23. 輝く未来を抱くチャンス
  32. 22. 帝王の優しき野望
  33. 21. 「パットの名手」は「チャリティの名手」
  34. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
  35. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  36. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  37. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  38. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  39. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  40. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  41. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  42. 12. 選手もキャディも主役になった日
  43. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  44. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  45. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  46. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  47. 07. デービス・ラブの愛
  48. 06. 彼が国民的スターである理由
  49. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  50. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  51. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  52. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  53. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい

著者プロフィール

舩越園子 近影
舩越 園子(ふなこし そのこ)

ゴルフジャーナリスト

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。
百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。

在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。

『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。

アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。

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バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 52. クールなP・カントレーの温かい社会貢献
  3. 51. L・トンプソン流、ユニークな社会貢献
  4. 50. 母国への想いが奇跡を起こす!?
  5. 49. 無名の48歳の「好きな言葉」「嫌いな言葉」
  6. 48. B・デシャンボーの熱くて厚い義理人情
  7. 47. 絵を描き続ける「みんなのヒーロー」
  8. 46. 助けたからこそ、助けられたゴルフ人生
  9. 45. 夢を追いかけられる社会にしたい
  10. 44. 負けても笑顔を輝かせた意味
  11. 43. 優しく強くなったR・マキロイの社会貢献
  12. 42. ファンファーレで送り出したい全英チャンプ
  13. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  14. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  15. 39. メジャー・チャンプの恩返し
  16. 38. 「思い出づくり」と「自転車づくり」
  17. 37. 米ツアーの黒人選手の「声」の力
  18. 36. スネデカーは「超ナイスガイ」!
  19. 35. 「世界を救うため」動いたジュニアゴルファー姉妹
  20. 34. それが「私の生きる意味」
  21. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
  22. 32. 亡き母の名を冠したマンモバンを走らせて
  23. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
  24. 30. ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」
  25. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  26. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  27. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
  28. 26. 「手作りゴルフ場」から出発したプロゴルファーの社会貢献
  29. 25. ゴルフ金メダリストが考える手作り感覚のチャリティ活動
  30. 24. 惜しみなく与える「DJ」の物語
  31. 23. 輝く未来を抱くチャンス
  32. 22. 帝王の優しき野望
  33. 21. 「パットの名手」は「チャリティの名手」
  34. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
  35. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  36. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  37. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  38. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  39. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  40. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  41. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  42. 12. 選手もキャディも主役になった日
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  50. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
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  52. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  53. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい