コラム・連載

在米ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

「パットの名手」は「チャリティの名手」

2019.3.15|text by 舩越園子

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 あれは2015年の初夏だった。米マサチューセッツ州の6歳の男の子が1日に100ホールをプレーするチャリティゴルフをたった1人で行ない、大きな話題になった。
 州内のショートコースでパー3の9ホールを何度もぐるぐる回り、へとへとになりながら100ホールを回り切ったこの男の子の名は、ライアン・マグワイアくん。
 なぜ、100ホールをプレーしたのかと言えば、「たくさん寄付を集めたかったから」。それならば、なぜライアンくんはたくさん寄付を集めたかったのかと言えば、その前年(2014年)に、幼稚園で大の仲良しだったダニー・ニッカーソンくんが小児がんで命を落とし、その友達のことを想う一心でチャリティゴルフを行なったのだそうだ。
 とはいえ、6歳の男の子が自分自身で「チャリティゴルフをしよう」と思い立ったわけではもちろんない。
 DIPGと呼ばれる珍しい小児がんと診断されたダニーくんが天国へ旅立った現実に、ライアンくんは「ダニーくんを助けてあげられなかった」とショックを受けていたという。
 ライアンくんの両親は、ダニーくんのように小児がんで亡くなる子供を一人でも減らすためには、さらなる研究開発が必要なこと、それを行なう研究者や研究施設が必要なこと、莫大なお金がかかることなどを、6歳の息子にもわかるように噛み砕いて説明していたそうだ。

 そんなとき、その話を聞きつけ、ライアンくんに手紙を送ったプロゴルファーがいた。かつて米ツアーきっての「パットの名手」と呼ばれたブラッド・ファクソンだった。
 マサチューセッツに隣接するロード・アイランド州出身で米ツアー通算8勝のファクソンは「友達のことを想うキミの気持ちは素晴らしい。大好きなゴルフで、みんながすごいねって思ってくれるようなことをして、みんなに呼びかけてごらん。きっとみんなが助けてくれるはずだよ」とライアンくんに伝えた。
 ファクソンいわく、「ライアンくんと、しばらくやり取りをした。人々から注目してもらうために、一人で100ホールをプレーすると言い出したのはライアンくん自身だった」。
 ライアンくんの意向を受け、ファクソンはがん患者を支援する団体「ゴルフ・ファイツ・キャンサー(Golf Fights Cancer)」と連携しながら、ライアンくんが100ホールを回ることができる場所や日時、寄付の受け付け方法などを整え、当日はファクソンもその場に赴いて、ライアンくんの100ホールを励ましながら見守った。
 ライアンくんの目標は「5000ドルを集めること」だったが、寄付金がすぐさま目標額を上回ったことは想像に難くない。
 「たった6歳で、誰かのために尽くしたいと思い立ち、自分で考え、実行したライアンくんの行動力と精神は素晴らしい」
 ファクソンは驚きを交えながら「僕はライアンくんのようなゴルファーを心からリスペクトする」と声を大にしていた。

技巧より、心

 ファクソンはファーマン大学ゴルフ部時代に数々のカレッジタイトル、アマチュアタイトルを獲得し、1983年の卒業と同時にプロ転向。体が細いせいもあり、飛距離はさほど出なかったが、パットの上手さで彼の右に出る者はいないと言われ、米ツアー通算8勝は「すべてグリーン上で獲得した」と誰もが認めていた。
 そんなパットの上手さもさることながら、パットに苦悩しているツアー仲間を見ると真っ先に手を差し延べ、自分自身のパットの秘訣を惜しげもなく授けていくファクソンの人柄を誰もがリスペクトしていたことは言うまでもない。
 ファクソンいわく、「パットにおける僕の唯一の武器は自信だ。自分を信じること。難しいパットや緊張する場面に遭遇しても、自分はこれと同じことを何百万回も成功させてきたんだと自分に言い聞かせ、自分を信じてパットする。それが何よりの力になる」。
 技巧より気持ち、心こそが力になると信じるファクソンは、「それはゴルフのみならず、人生の困難と闘うときにも当てはまる」と信じている。そして、傷病や貧困、障害などに苦しむ人々に元気な心を抱いてもらうことを目指し、若いころから社会貢献に尽力してきた。

子供たちを救うために

 プロゴルファーとしての自分をさまざまな面でサポートしてくれている故郷のロード・アイランド州や隣接するマサチューセッツ州に恩返しするため、ファクソンが同州出身のツアー仲間とともにチャリティ・トーナメント(CVSチャリティ・クラシック)を創設したのは1990年のこと。いまなお続くこの大会が集めた寄付金は、すでに2000万ドル(約20億円超)を超えている。

 ファクソンがいつも心を痛めているのは、社会の片隅で苦しんでいる子供たちのことだ。小児がんで苦しむ子供、親がいない子供、住む家がない子供、障害で苦しむ子供たちを「ゴルフを活かしつつ、サポートしてあげることはプロゴルファーである僕の務めだ」。ファクソンは常々、そう言っている。
 チャリティ・トーナメントを開く以外にも、子供たちがのびのびとゴルフを学べるティーチング&ラーニング・センターを創設したり、ファクソン・ジュニアゴルフ財団を創設したり。規模の大小に関わらず、自分にできそうなことを思いついては実行していくファクソンに対し、GWAA(米国ゴルフ記者協会)は1999年に社会貢献に最も尽力した選手を表彰するチャーリー・バートレット・アワードを授けた。

 21世紀に入ってからも、ファクソンの故郷であるロード・アイランド州のプロビデンスの街では、貧困に喘ぐ子供たちの数が減るどころか、むしろ増えていた。
 「幼い子供たちは平日は幼稚園で提供される無料のランチで飢えをしのげるが、幼稚園が休みになる週末はお腹を空かしている」
 悲しい現実を知ったファクソンは、すぐさま「毎週末、食べ物がいっぱい詰まったバックパックを子供たちに贈る活動」を発案。そのための資金は「シニアの大会で自分のキャディを体験する権利」をネットオークションにかけて集めている。

 必ずしも大きな施設やシステムや人手が無くても、「やれる」「やろう」という心があれば、実行も実現もできることをファクソンが教えてくれている。
 そう、パットも、チャリティも、一番大事なのは「心」だ。

次回は4月15日公開予定!

バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 82. 「破竹」のナップが願うこと
  3. 81. M・ホーマの「故郷への恩返し」
  4. 80. トレーラーハウスで誓ったこと
  5. 79. 命のリレー、命のショー
  6. 78. 奇跡の復活優勝、「ミーアのミラクル」
  7. 77. 「永遠の女王」A・ソレンスタム
  8. 76. L・グローバーを大きく開花させたもの
  9. 75. 大きなゴールのための小さな目標
  10. 74. 「三つ子の魂」子どもたちのヒーロー
  11. 73. 「誰かのため」を最優先するホブランは、だからこそ人気急上昇中!
  12. 72. 亡き母のために「優勝して財団設立」を目指したW・クラークの勝利
  13. 71. 「脚光」と「薄幸」のビッグスター
  14. 70. 何かに苦しむ誰かのために活動する「フェアウエイの妖精」
  15. 69. 「0.006%」を潜り抜けたバックリーがもたらす幸運
  16. 68. 故郷をジュニア天国へ。S・ストーリングスの社会貢献
  17. 67. 鉄人レースに挑んだ女子プロのチャレンジ
  18. 66. 「ナイスガイだからこそ」のメジャー制覇と社会貢献
  19. 65. 個性派M・A・ヒメネスの恩返し
  20. 64. 全英女子オープン覇者がプロゴルファーである理由
  21. 63. メジャー3勝、だからこそ「感謝」と「貢献」
  22. 62. アフリカに水をもたらすゴルフ界のレジェンド
  23. 61. 一人の少年を讃えたフリートウッドの想い
  24. 60. 母国を離れて戦うC・スミスの母国愛
  25. 59. コロナ禍の犠牲者のために尽くした素晴らしき選手
  26. 58. 親友が闘病しながら創設した財団を守り続けるプロゴルファー
  27. 57. 救った子供が未来を救う、だからこそ救いたい
  28. 56. 「みんなのハッピー」を目指す女子ゴルフのスター
  29. 55. バレステロスからラームへ、スペインのヒーロー誕生物語
  30. 54. マリア・ファッシは幸せを運ぶアンバサダー
  31. 53. 「小さな奇跡」を信じて戦う意味
  32. 52. クールなP・カントレーの温かい社会貢献
  33. 51. L・トンプソン流、ユニークな社会貢献
  34. 50. 母国への想いが奇跡を起こす!?
  35. 49. 無名の48歳の「好きな言葉」「嫌いな言葉」
  36. 48. B・デシャンボーの熱くて厚い義理人情
  37. 47. 絵を描き続ける「みんなのヒーロー」
  38. 46. 助けたからこそ、助けられたゴルフ人生
  39. 45. 夢を追いかけられる社会にしたい
  40. 44. 負けても笑顔を輝かせた意味
  41. 43. 優しく強くなったR・マキロイの社会貢献
  42. 42. ファンファーレで送り出したい全英チャンプ
  43. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  44. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  45. 39. メジャー・チャンプの恩返し
  46. 38. 「思い出づくり」と「自転車づくり」
  47. 37. 米ツアーの黒人選手の「声」の力
  48. 36. スネデカーは「超ナイスガイ」!
  49. 35. 「世界を救うため」動いたジュニアゴルファー姉妹
  50. 34. それが「私の生きる意味」
  51. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
  52. 32. 亡き母の名を冠したマンモバンを走らせて
  53. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
  54. 30. ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」
  55. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  56. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  57. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
  58. 26. 「手作りゴルフ場」から出発したプロゴルファーの社会貢献
  59. 25. ゴルフ金メダリストが考える手作り感覚のチャリティ活動
  60. 24. 惜しみなく与える「DJ」の物語
  61. 23. 輝く未来を抱くチャンス
  62. 22. 帝王の優しき野望
  63. 21. 「パットの名手」は「チャリティの名手」
  64. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
  65. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  66. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  67. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  68. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  69. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  70. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  71. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  72. 12. 選手もキャディも主役になった日
  73. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  74. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  75. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  76. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  77. 07. デービス・ラブの愛
  78. 06. 彼が国民的スターである理由
  79. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  80. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  81. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  82. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  83. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい

著者プロフィール

舩越園子 近影舩越園子(ふなこし そのこ)

在米ゴルフジャーナリスト

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。


バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
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