コラム・連載

在米ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

ベン・クレーンの終わりなき社会貢献

2018.3.15|text by 舩越園子

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 ゴルフ好きで米国ゴルフ情報に通じている方は、もしかしたら覚えているかもしれない。2012年ごろ、『ゴルフボーイズ』というラップバンドが米ゴルフ界で大きな注目を集めた。
 なぜ、ゴルフの世界で音楽バンド?その答えは、4人のバンドメンバー全員が米ツアーの有名選手だったからだ。
 アメリカの国民的人気を誇るリッキー・ファウラー。米ツアー屈指の飛ばし屋、バッバ・ワトソン。ジュニアゴルフとカレッジゴルフを席捲し、鳴り物入りで米ツアーにやってきたハンター・メイハン。そして、その3人と比べると少々地味なベン・クレーン。
 彼ら4人が奇抜な衣装をまとい、ラップ調の歌と踊りを披露したデビューシングル『Oh-oh-oh(オーオーオー)』はユーチューブにアップされるや否や、瞬く間に全世界へ広がった。
 なぜ、彼らはラップバンドを組んで歌と踊りを披露したのか。発案した“言い出しっぺ”はクレーンだった。
 日頃から社会貢献に熱心なクレーンは、プロゴルファーとして試合会場で過ごす時間の中でも社会のために何かできないものかと考え、まず思いついたのは、自分がジムでトレーニングしている様子を動画に撮り、人々に公開することだった。ユーチューブにアップして再生回数に応じて収益が得られれば、それを寄付することができるのではないかという発想だった。
 いざ、やってみると、想像以上のアクセスがあった。選手仲間のファウラーやワトソン、メイハンらにその話をすると、「トレーニングシーンより、もっと目を引くことをやって、それを動画に撮ってアップすれば、ものすごいアクセス数になるのでは?」と話が発展。そうやって考え出されたのが『ゴルフボーイズ』だった。
 話を聞きつけて、米国の保険会社が資金援助を申し出た。本格的な指導者、振付師にも依頼して、デビューシングルをきっちりリリースするという話へさらに発展。歌詞を棒読みしても、その音声を特殊加工して見事なラップに変えてしまう近代技術も活用。踊りのほうは生来の運動神経の良さが役立ったのだろう。付け焼刃の練習だったとは思えないほどの出来栄えになり、4人がプロゴルファーであることを知らない人が見たら、歌って踊れる新進のラップバンドだと信じて疑わなかったはずだ。
 そうやって完成され、リリースされたデビューシングル『Oh-oh-oh』は、ユーチューブで600万ヒットを記録。そこから得られた収益の全額が全米の被災地などへ寄付された。

もらった分を返し切れない

ツアーきってのナイスガイとしてみんなから慕われているベン・クレーン。米ツアー通算5勝を挙げた実績の持ち主だ photo by 舩越園子 ツアーきってのナイスガイとしてみんなから慕われているベン・クレーン。米ツアー通算5勝を挙げた実績の持ち主だ(photo: 舩越園子)

 クレーンとは一体どんな選手なのかをご紹介しよう。オレゴン州ポートランドの出身。1999年にオレゴン大学を卒業後、下部ツアーを経て2002年から米ツアーで戦い始めた。近年は怪我もあって成績は低迷しており、41歳になった現在は世界ランキング400位を下回っている。
 だが、2003年から2014年までに米ツアー通算5勝を挙げた実績の持ち主。一時期はツアー屈指のスロープレーヤーというレッテルを貼られたこともあったが、それにも関わらず、ツアーきってのナイスガイとしてみんなから慕われている。
 そんなクレーンが今年、GWAA(全米ゴルフ記者協会)が選出するチャーリー・バートレット・アワードの受賞者に選ばれた。この賞は社会に対して多大なる貢献をした選手や人物に贈られるものだ。
 実を言えば、クレーンが自分のトレーニングシーンの動画や『ゴルフボーイズ』による収益を寄付することを思いつき、実施したのは、彼の歩みの中ではむしろ特別で、彼は日々、さまざまなチャリティ活動に地道に取り組み続けている。
 愛妻とともに「ベン&ヘザー・クレーン財団」を設立。毎年開催しているチャリティ・トーナメントでは、これまで総額300万ドル以上を集め、社会に役立てられている。
 クレーンが手を差し伸べているのは文字通り、老若男女を問わず、すべての人々だ。子供の性的虐待撲滅に力を尽くし、両親のいない子供たちのアフタースクール・プログラムを献身的にサポートしている。経済的に恵まれないカレッジゴルファーも援助し、きれいな水が得られない地域に水供給を支援する活動にも参加している。
 故郷オレゴン州にとどまらず、ハリケーン被災地のルイジアナ州やテキサス州、ときにはカンボジアやエルサルバドルにも試合の合間に自ら出向き、何かに苦しんでいる人々に寄り添っている。
 米PGAツアーが掲げるスローガンは「ギビングバック(社会還元)」。チャーリー・バートレット・アワード受賞の知らせを受けたクレーンは、そのスローガンに触れながら、こう言った。
 「僕はPGAツアーで戦って生計を立てることができている。それはとてもラッキーなこと。ギビングバックを掲げるPGAツアーのメンバーとしてプレーできることは、とても光栄である。
 僕がこの世に生まれ、プロゴルファーになり、PGAツアーにデビューして、これまで社会からもらったものは果てしない。僕が生涯をかけて、どれだけギビングバックに努めても、僕がもらった分を社会に返し切れることはない」
 だから、これからも、これまで以上に社会貢献に取り組んでいきたいとクレーンは言う。

雨に濡れる人にも傘や車をシェアする

 そう言えば、数年前、ある試合の途中で突然の豪雨に見舞われ、試合は一時中断。選手やキャディは避難用の車に乗せられてクラブハウスへ引き上げ始めた。たまたまコースの一番奥手にいた私は、ずぶ濡れのまま一人で歩いていた。
 「おーい、乗って乗って!」
 メディアの私にも、そんな声をかけてくれたのはクレーンだった。「あと一人、まだ乗れる。乗せられるなら乗せてあげたい」
 なるほど、雨に濡れる人に傘や車をシェアすることでもいい。ラップバンドを結成し、収益を寄付することでもいい。財団設立、チャリティ・トーナメント、ボランティアワーク。形は何であれ、助けられることがあるのなら何でもやる。「それでも到底、もらった分を返し切れないけど」と思いながら――。
 そんなクレーンの受賞に異を唱える人は皆無だ。

バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 82. 「破竹」のナップが願うこと
  3. 81. M・ホーマの「故郷への恩返し」
  4. 80. トレーラーハウスで誓ったこと
  5. 79. 命のリレー、命のショー
  6. 78. 奇跡の復活優勝、「ミーアのミラクル」
  7. 77. 「永遠の女王」A・ソレンスタム
  8. 76. L・グローバーを大きく開花させたもの
  9. 75. 大きなゴールのための小さな目標
  10. 74. 「三つ子の魂」子どもたちのヒーロー
  11. 73. 「誰かのため」を最優先するホブランは、だからこそ人気急上昇中!
  12. 72. 亡き母のために「優勝して財団設立」を目指したW・クラークの勝利
  13. 71. 「脚光」と「薄幸」のビッグスター
  14. 70. 何かに苦しむ誰かのために活動する「フェアウエイの妖精」
  15. 69. 「0.006%」を潜り抜けたバックリーがもたらす幸運
  16. 68. 故郷をジュニア天国へ。S・ストーリングスの社会貢献
  17. 67. 鉄人レースに挑んだ女子プロのチャレンジ
  18. 66. 「ナイスガイだからこそ」のメジャー制覇と社会貢献
  19. 65. 個性派M・A・ヒメネスの恩返し
  20. 64. 全英女子オープン覇者がプロゴルファーである理由
  21. 63. メジャー3勝、だからこそ「感謝」と「貢献」
  22. 62. アフリカに水をもたらすゴルフ界のレジェンド
  23. 61. 一人の少年を讃えたフリートウッドの想い
  24. 60. 母国を離れて戦うC・スミスの母国愛
  25. 59. コロナ禍の犠牲者のために尽くした素晴らしき選手
  26. 58. 親友が闘病しながら創設した財団を守り続けるプロゴルファー
  27. 57. 救った子供が未来を救う、だからこそ救いたい
  28. 56. 「みんなのハッピー」を目指す女子ゴルフのスター
  29. 55. バレステロスからラームへ、スペインのヒーロー誕生物語
  30. 54. マリア・ファッシは幸せを運ぶアンバサダー
  31. 53. 「小さな奇跡」を信じて戦う意味
  32. 52. クールなP・カントレーの温かい社会貢献
  33. 51. L・トンプソン流、ユニークな社会貢献
  34. 50. 母国への想いが奇跡を起こす!?
  35. 49. 無名の48歳の「好きな言葉」「嫌いな言葉」
  36. 48. B・デシャンボーの熱くて厚い義理人情
  37. 47. 絵を描き続ける「みんなのヒーロー」
  38. 46. 助けたからこそ、助けられたゴルフ人生
  39. 45. 夢を追いかけられる社会にしたい
  40. 44. 負けても笑顔を輝かせた意味
  41. 43. 優しく強くなったR・マキロイの社会貢献
  42. 42. ファンファーレで送り出したい全英チャンプ
  43. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  44. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  45. 39. メジャー・チャンプの恩返し
  46. 38. 「思い出づくり」と「自転車づくり」
  47. 37. 米ツアーの黒人選手の「声」の力
  48. 36. スネデカーは「超ナイスガイ」!
  49. 35. 「世界を救うため」動いたジュニアゴルファー姉妹
  50. 34. それが「私の生きる意味」
  51. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
  52. 32. 亡き母の名を冠したマンモバンを走らせて
  53. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
  54. 30. ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」
  55. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  56. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  57. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
  58. 26. 「手作りゴルフ場」から出発したプロゴルファーの社会貢献
  59. 25. ゴルフ金メダリストが考える手作り感覚のチャリティ活動
  60. 24. 惜しみなく与える「DJ」の物語
  61. 23. 輝く未来を抱くチャンス
  62. 22. 帝王の優しき野望
  63. 21. 「パットの名手」は「チャリティの名手」
  64. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
  65. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  66. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  67. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  68. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  69. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  70. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  71. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  72. 12. 選手もキャディも主役になった日
  73. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  74. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  75. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  76. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  77. 07. デービス・ラブの愛
  78. 06. 彼が国民的スターである理由
  79. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  80. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  81. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  82. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  83. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい

著者プロフィール

舩越園子 近影舩越園子(ふなこし そのこ)

在米ゴルフジャーナリスト

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。


バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 82. 「破竹」のナップが願うこと
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