コラム・連載

在米ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された

2018.2.15|text by 舩越園子

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 米ツアーにフェニックス・オープンという大会がある。松山英樹が2016年と2017年にプレーオフを制して勝利を挙げた大会。3連覇を目指した今年、開幕前の会見に臨んだ松山は、50年以上も昔にこの大会で3連覇(1961~1963年)を達成した故アーノルド・パーマーに言及し、人々に尽くしたパーマーのように自分も成長したいと言った。
 メジャー7勝を含む通算62勝。攻撃的なゴルフと奇跡のようなリカバリーで人々を魅了したパーマーは、誰からも愛され、尊敬されるゴルフ界のキングだった。
 2016年9月に87歳で逝去。優しく気取らない人柄だったキングは、ゴルフ界のみならず社会全体にたくさんの足跡を残した。
 黄金期は60年代。その当時からパーマーは、病気で苦しむ人々、とりわけ小児がんと闘う子供たちを愛妻ウィニーとともに気遣い続けた。
 こんな有名な逸話がある。80年代半ばごろ、フロリダ州オーランドの自宅近くにあるメディカルセンターを愛妻ウィニーとともに訪問したパーマーは、決して設備や体制が十分ではなかった医療現場の現状を目の当たりにして、思わず、こう言ったそうだ。
「We can do better.(もっと良くできる)
 We should do better.(もっと良くすべきだ)」
 それから数年後、パーマーは地元に「アーノルド・パーマー・ホスピタル・フォー・チルドレン」と名付けた小児病院を設立した。そして愛妻ウィニーは「ウィニー・パーマー・ホスピタル・フォー・ウイメンズ&ベイビーズ」と名付けた病院を設立。
 そんなふうにパーマー夫妻とパーマー・ファミリーの社会貢献は、常に有言実行だった。

亡くなった年の3月。アーノルド・パーマー招待の試合中、自らカートのハンドルを握り、試合を観戦しながら人々と交流していたパーマーの姿はいつもの光景だった photo by 舩越園子 亡くなった年の3月。アーノルド・パーマー招待の試合中、自らカートのハンドルを握り、試合を観戦しながら人々と交流していたパーマーの姿はいつもの光景だった(photo: 舩越園子)

あるプロモーションビデオ

 今でも忘れられないことがある。晩年のパーマーは健康状態が優れない日々が増え、ゴルフクラブを握る機会が減っていたが、それでもクリスマスには小児病院のプロモーションビデオに自ら出演。その内容と演出が心優しいパーマーらしかった。
 「パーマーがクリスマスを救う」と題されたビデオの冒頭は、クリスマスでも病院から自宅へ戻ることのできない重病、難病の子供たち数人が代わるがわるに登場。その中で、ちょっぴりおませな感じの女の子が「サンタクロースは、たぶんここには来られないわ。だって、この病院には大きな煙突がないんだもん。それが問題なのよ」と言ってみせる。
 そこで颯爽と登場したのがパーマーだった。子供たちからの手紙を読んだパーマーは、すぐさまサンタクロースに電話をかけ、「ヘイ、サンタクロース! 私だ。アーニーだ。キミを待っている子供たちがたくさんいるんだ。必ずここに来てくれよ」と頼む。
 そして、クリスマスの朝。病室のベッドサイドでサンタクロースからのプレゼントを見つけた子供たちは笑顔を輝かせるというこのビデオは、実話ではないとわかっていても、見ていて涙が溢れた。

ある1通の手紙

 パーマーの逝去から1か月ほど経った10月のある日、驚きのニュースが報じられた。
 8月の全米アマチュア選手権でトップ4になったミシガン大学の学生ゴルファーの元に、亡くなる1か月前にパーマー自身がしたためたと思われる手紙が届いたのだ。
 「おめでとう。どんな道を選ぶにしても、未来をしっかり歩んでほしい」
 子供たち、若者たちのすべてを我が子のように愛おしむ。そんなパーマーらしい心のこもったメッセージが手紙に記されていた。
 その学生はパーマーからの手紙を額に入れ、毎日、眺めて励みにしているそうだ。
 「会ったことも話したこともないけど、僕の中でミスター・パーマーは永遠だ」

パーマーの在り方

 トッププレーヤーに対しても、草の根のミニツアーで腕を磨く下積みの選手に対しても、パーマーは常にリスペクトの念を込め、いつも同じ態度で接していた。
 プロゴルファーが偉いわけではなく、スポンサーがいて、ファンがいて、メディアがいてくれるからこそ、プロゴルファーが生きていけるということを、いつもパーマーは口にしていた。
 「サインをするときは、それを受け取ったファンが何年も経ってから取り出したときでも、それが誰のサインなのかわかるようにサインしなさい」
 それが、ファンを大切にするパーマーが後輩プロたちに贈った基本中の基本のアドバイスだった。
 現在の米ツアー選手の中で最もファンサービスに熱心と言われているのは米国の国民的スターであるフィル・ミケルソン。そのミケルソンが「そういうミケルソン」に成長したきっかけも、やっぱりパーマーだった。
 パーマーが最後に出場した全米オープンは1994年大会。まだプロ3年目の若者だったミケルソンは、ラウンドを終えたパーマーが汗だくで疲れているその足でボランティアテントに直行し、何十名ものボランティア全員と笑顔で握手を交わす姿を目の当たりにした。
 「かっこいい。僕もパーマーのような選手になりたい」
 パーマーに強い憧れの念を抱いたミケルソンは、それからというもの、サインを求めるファンの大群に30分でも1時間でも対応するサービス精神旺盛なミケルソンになった。
 パーマーのお膝元のベイヒルで開催されるアーノルド・パーマー招待という大会が豪雨に見舞われときのこと。川のようになったフェアウエイを長靴姿でバシャバシャと先頭切って歩き始めたのもパーマーだった。
 寄付だけではなく、チャリティイベントを開くだけではなく、病院も設立すれば、水たまりに率先して入ってもいく。ゴルファーだけではなく、子供たちにも、学生にも、誰にでも優しく、誰に対しても尊敬の念を忘れない。パーマーの社会への貢献は、そういうものだった。
 だから彼は、誰からも愛された――。

次回は3月15日公開予定!

バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 82. 「破竹」のナップが願うこと
  3. 81. M・ホーマの「故郷への恩返し」
  4. 80. トレーラーハウスで誓ったこと
  5. 79. 命のリレー、命のショー
  6. 78. 奇跡の復活優勝、「ミーアのミラクル」
  7. 77. 「永遠の女王」A・ソレンスタム
  8. 76. L・グローバーを大きく開花させたもの
  9. 75. 大きなゴールのための小さな目標
  10. 74. 「三つ子の魂」子どもたちのヒーロー
  11. 73. 「誰かのため」を最優先するホブランは、だからこそ人気急上昇中!
  12. 72. 亡き母のために「優勝して財団設立」を目指したW・クラークの勝利
  13. 71. 「脚光」と「薄幸」のビッグスター
  14. 70. 何かに苦しむ誰かのために活動する「フェアウエイの妖精」
  15. 69. 「0.006%」を潜り抜けたバックリーがもたらす幸運
  16. 68. 故郷をジュニア天国へ。S・ストーリングスの社会貢献
  17. 67. 鉄人レースに挑んだ女子プロのチャレンジ
  18. 66. 「ナイスガイだからこそ」のメジャー制覇と社会貢献
  19. 65. 個性派M・A・ヒメネスの恩返し
  20. 64. 全英女子オープン覇者がプロゴルファーである理由
  21. 63. メジャー3勝、だからこそ「感謝」と「貢献」
  22. 62. アフリカに水をもたらすゴルフ界のレジェンド
  23. 61. 一人の少年を讃えたフリートウッドの想い
  24. 60. 母国を離れて戦うC・スミスの母国愛
  25. 59. コロナ禍の犠牲者のために尽くした素晴らしき選手
  26. 58. 親友が闘病しながら創設した財団を守り続けるプロゴルファー
  27. 57. 救った子供が未来を救う、だからこそ救いたい
  28. 56. 「みんなのハッピー」を目指す女子ゴルフのスター
  29. 55. バレステロスからラームへ、スペインのヒーロー誕生物語
  30. 54. マリア・ファッシは幸せを運ぶアンバサダー
  31. 53. 「小さな奇跡」を信じて戦う意味
  32. 52. クールなP・カントレーの温かい社会貢献
  33. 51. L・トンプソン流、ユニークな社会貢献
  34. 50. 母国への想いが奇跡を起こす!?
  35. 49. 無名の48歳の「好きな言葉」「嫌いな言葉」
  36. 48. B・デシャンボーの熱くて厚い義理人情
  37. 47. 絵を描き続ける「みんなのヒーロー」
  38. 46. 助けたからこそ、助けられたゴルフ人生
  39. 45. 夢を追いかけられる社会にしたい
  40. 44. 負けても笑顔を輝かせた意味
  41. 43. 優しく強くなったR・マキロイの社会貢献
  42. 42. ファンファーレで送り出したい全英チャンプ
  43. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  44. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  45. 39. メジャー・チャンプの恩返し
  46. 38. 「思い出づくり」と「自転車づくり」
  47. 37. 米ツアーの黒人選手の「声」の力
  48. 36. スネデカーは「超ナイスガイ」!
  49. 35. 「世界を救うため」動いたジュニアゴルファー姉妹
  50. 34. それが「私の生きる意味」
  51. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
  52. 32. 亡き母の名を冠したマンモバンを走らせて
  53. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
  54. 30. ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」
  55. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  56. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  57. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
  58. 26. 「手作りゴルフ場」から出発したプロゴルファーの社会貢献
  59. 25. ゴルフ金メダリストが考える手作り感覚のチャリティ活動
  60. 24. 惜しみなく与える「DJ」の物語
  61. 23. 輝く未来を抱くチャンス
  62. 22. 帝王の優しき野望
  63. 21. 「パットの名手」は「チャリティの名手」
  64. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
  65. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  66. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  67. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  68. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  69. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  70. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  71. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  72. 12. 選手もキャディも主役になった日
  73. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  74. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  75. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  76. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  77. 07. デービス・ラブの愛
  78. 06. 彼が国民的スターである理由
  79. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  80. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  81. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  82. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  83. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい

著者プロフィール

舩越園子 近影舩越園子(ふなこし そのこ)

在米ゴルフジャーナリスト

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。


バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 82. 「破竹」のナップが願うこと
  3. 81. M・ホーマの「故郷への恩返し」
  4. 80. トレーラーハウスで誓ったこと
  5. 79. 命のリレー、命のショー
  6. 78. 奇跡の復活優勝、「ミーアのミラクル」
  7. 77. 「永遠の女王」A・ソレンスタム
  8. 76. L・グローバーを大きく開花させたもの
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  10. 74. 「三つ子の魂」子どもたちのヒーロー
  11. 73. 「誰かのため」を最優先するホブランは、だからこそ人気急上昇中!
  12. 72. 亡き母のために「優勝して財団設立」を目指したW・クラークの勝利
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  14. 70. 何かに苦しむ誰かのために活動する「フェアウエイの妖精」
  15. 69. 「0.006%」を潜り抜けたバックリーがもたらす幸運
  16. 68. 故郷をジュニア天国へ。S・ストーリングスの社会貢献
  17. 67. 鉄人レースに挑んだ女子プロのチャレンジ
  18. 66. 「ナイスガイだからこそ」のメジャー制覇と社会貢献
  19. 65. 個性派M・A・ヒメネスの恩返し
  20. 64. 全英女子オープン覇者がプロゴルファーである理由
  21. 63. メジャー3勝、だからこそ「感謝」と「貢献」
  22. 62. アフリカに水をもたらすゴルフ界のレジェンド
  23. 61. 一人の少年を讃えたフリートウッドの想い
  24. 60. 母国を離れて戦うC・スミスの母国愛
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  27. 57. 救った子供が未来を救う、だからこそ救いたい
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  29. 55. バレステロスからラームへ、スペインのヒーロー誕生物語
  30. 54. マリア・ファッシは幸せを運ぶアンバサダー
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  33. 51. L・トンプソン流、ユニークな社会貢献
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  35. 49. 無名の48歳の「好きな言葉」「嫌いな言葉」
  36. 48. B・デシャンボーの熱くて厚い義理人情
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  51. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
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  53. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
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  55. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  56. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
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  68. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
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  72. 12. 選手もキャディも主役になった日
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  83. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい