コラム・連載

在米ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密

2017.8.15|text by 舩越園子

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 英国の名門、ロイヤル・バークデールで開催された今年の全英オープンを見事に制し、23歳にしてメジャー3勝目を達成したジョーダン・スピースは、優勝の興奮冷めやらぬまま早々にプライベートジェットに飛び乗り、米国テキサス州の実家へと戻っていった。
 ダラスの実家に到着したのは午前5時。早朝だというのに、そこには両親や恋人、大勢の友人たちが集まり、愛する妹エリーの姿も、もちろんあった。
 クラレットジャグと呼ばれる全英オープンの優勝トロフィーをスピースが一番見せたかったのは妹エリーだ。
「もしもエリーが生まれていなかったら、もしもエリーが今のエリーではなかったら、今の僕はなかった」
 エリーの笑顔が見たい。エリーの笑顔にウソをつきたくない。
「だから僕は勝利を目指す」
 プロデビューして間もなかった頃そう語ったスピースは、今も、そしてこれからも「僕はエリーのためにゴルフをする」と言い続けるだろう。

ジョーダン・スピース photo by 舩越園子 「勝利を目指して戦っているが、それは自分ではなく愛する人々のためだ」
とスピースは言い切る。(photo: 舩越園子)

僕の最大のモチベーション

 父親は野球選手、母親はバスケットボールとホッケーの選手。カレッジスポーツで活躍した両親の間に長男として生まれたスピースは、子供のころから父親と一緒にゴルフに親しみ、弟が生まれてからは父と兄弟の3人でゴルフ場に通った。
 そんな生活に大きな変化が訪れたのはスピースが7歳のときだった。誕生とほぼ同時に神経に障害が見つかった妹エリーは、生後1か月以上も病院の保育器の中にいた。スピースは毎日、父親と病院に通い、保育器の中の妹をじっと眺めながら心に誓ったという。
「僕が妹を守る。僕がエリーを守っていく」
 以後、両親の時間と労力を最大限、エリーに向けさせようと考え、スピースはいつも一人で黙々とゴルフの練習をした。ハイスクールに通い始めてからは授業やゴルフの練習の合間に妹エリーが通う障害児の学校へ足を運び、先生たちの手伝いをするボランティアワークを務め、エリーの送迎もやっていた。
 エリーと向き合う時間は、スピースにとって何より大切なひとときだそうだ。
「ジュニアやハイスクールの試合に出たあと、エリーに会うと、彼女は必ず『ジョーダン、勝った?』と尋ねた。『ごめんね、エリー。負けちゃったよ』と言っても、エリーはそれが理解できず、『ジョーダン、勝った!勝った!』と言いながら飛び跳ねて喜ぶ。ピュアな笑顔で僕の勝利を信じるエリーにウソをつく形にしたくない。『エリー、勝ったよ』と言ってあげたい。それが僕の最大のモチベーションだった」
 スピースが12歳のころから指導しているスイングコーチのキャメロン・マコーミックも、こう言っていた。
「ジョーダンのゴルフを支えているのは妹のエリーだ。自分は何のためにゴルフをしているのか、自分はどこの誰なのか。エリーを愛し、エリーと向き合っていると、そういうことを教えられるのだそうだ」

ゴルフは3番目、いや4番目だ

 妹エリーのためにゴルフをする。妹エリーのために勝利を目指す。妹の存在こそが「自分のゴルフの原点だ」と言い切るスピースは、2013年のジョンディア・クラシックを制し、米ツアー初優勝を挙げた直後から、その優勝賞金を活かす形でジョーダン・スピース財団を設立した。
 知的障害者、身体障害者、経済的事情で教育が受けられない子供たちのために活動していくことが彼の財団の目標だ。
 トッププロゴルファーによるチャリティ・コンサートと言えば、以前はタイガー・ウッズがラスベガスで開催する『タイガー・ジャム』が唯一と思われていた。だが、スピースは20歳の若さでチャリティ・コンサートもすでに創設。エリーと一緒に楽しそうに歌って踊る兄妹の姿も見られるようになった。
「ゴルフは僕の人生のファースト・プライオリティではない。一番大事なのは家族、ガールフレンド、そして友人たち。僕にとってゴルフは3番目、いや4番目だ」
 全英オープンを制し、メジャー3勝目、米ツアー通算11勝目を挙げたときでさえ、スピースは優勝会見で、そう言ってのけた。
そう、彼は妹のため、家族のために、ゴルフをしながら生きてきた。そして、愛する人を笑顔にしたい一心で、日々練習を積み、必死に戦い、そして勝利を目指してきた。自分だけのためだったら、くじけてしまいそうなときも、自分の勝利を信じる妹の笑顔を思い浮かべれば、自ずとパワーが沸いてくる。

 だからこそ、スピースは強い。そう痛感させられた全英オープンだった。

バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 82. 「破竹」のナップが願うこと
  3. 81. M・ホーマの「故郷への恩返し」
  4. 80. トレーラーハウスで誓ったこと
  5. 79. 命のリレー、命のショー
  6. 78. 奇跡の復活優勝、「ミーアのミラクル」
  7. 77. 「永遠の女王」A・ソレンスタム
  8. 76. L・グローバーを大きく開花させたもの
  9. 75. 大きなゴールのための小さな目標
  10. 74. 「三つ子の魂」子どもたちのヒーロー
  11. 73. 「誰かのため」を最優先するホブランは、だからこそ人気急上昇中!
  12. 72. 亡き母のために「優勝して財団設立」を目指したW・クラークの勝利
  13. 71. 「脚光」と「薄幸」のビッグスター
  14. 70. 何かに苦しむ誰かのために活動する「フェアウエイの妖精」
  15. 69. 「0.006%」を潜り抜けたバックリーがもたらす幸運
  16. 68. 故郷をジュニア天国へ。S・ストーリングスの社会貢献
  17. 67. 鉄人レースに挑んだ女子プロのチャレンジ
  18. 66. 「ナイスガイだからこそ」のメジャー制覇と社会貢献
  19. 65. 個性派M・A・ヒメネスの恩返し
  20. 64. 全英女子オープン覇者がプロゴルファーである理由
  21. 63. メジャー3勝、だからこそ「感謝」と「貢献」
  22. 62. アフリカに水をもたらすゴルフ界のレジェンド
  23. 61. 一人の少年を讃えたフリートウッドの想い
  24. 60. 母国を離れて戦うC・スミスの母国愛
  25. 59. コロナ禍の犠牲者のために尽くした素晴らしき選手
  26. 58. 親友が闘病しながら創設した財団を守り続けるプロゴルファー
  27. 57. 救った子供が未来を救う、だからこそ救いたい
  28. 56. 「みんなのハッピー」を目指す女子ゴルフのスター
  29. 55. バレステロスからラームへ、スペインのヒーロー誕生物語
  30. 54. マリア・ファッシは幸せを運ぶアンバサダー
  31. 53. 「小さな奇跡」を信じて戦う意味
  32. 52. クールなP・カントレーの温かい社会貢献
  33. 51. L・トンプソン流、ユニークな社会貢献
  34. 50. 母国への想いが奇跡を起こす!?
  35. 49. 無名の48歳の「好きな言葉」「嫌いな言葉」
  36. 48. B・デシャンボーの熱くて厚い義理人情
  37. 47. 絵を描き続ける「みんなのヒーロー」
  38. 46. 助けたからこそ、助けられたゴルフ人生
  39. 45. 夢を追いかけられる社会にしたい
  40. 44. 負けても笑顔を輝かせた意味
  41. 43. 優しく強くなったR・マキロイの社会貢献
  42. 42. ファンファーレで送り出したい全英チャンプ
  43. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  44. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  45. 39. メジャー・チャンプの恩返し
  46. 38. 「思い出づくり」と「自転車づくり」
  47. 37. 米ツアーの黒人選手の「声」の力
  48. 36. スネデカーは「超ナイスガイ」!
  49. 35. 「世界を救うため」動いたジュニアゴルファー姉妹
  50. 34. それが「私の生きる意味」
  51. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
  52. 32. 亡き母の名を冠したマンモバンを走らせて
  53. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
  54. 30. ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」
  55. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  56. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  57. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
  58. 26. 「手作りゴルフ場」から出発したプロゴルファーの社会貢献
  59. 25. ゴルフ金メダリストが考える手作り感覚のチャリティ活動
  60. 24. 惜しみなく与える「DJ」の物語
  61. 23. 輝く未来を抱くチャンス
  62. 22. 帝王の優しき野望
  63. 21. 「パットの名手」は「チャリティの名手」
  64. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
  65. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  66. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  67. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  68. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  69. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  70. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  71. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  72. 12. 選手もキャディも主役になった日
  73. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  74. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  75. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  76. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  77. 07. デービス・ラブの愛
  78. 06. 彼が国民的スターである理由
  79. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  80. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  81. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  82. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  83. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい

著者プロフィール

舩越園子 近影舩越園子(ふなこし そのこ)

在米ゴルフジャーナリスト

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。


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