
第91回
花粉症と腸内フローラ
春になると増えてくるのが「花粉症」だ。ウチは内科なのだが、一般の開業医は「アレルギー性結膜炎」や「アレルギー性鼻炎」だの患者さんも一緒くたに来られる。保険診療だと抗アレルギー剤、「アレルギー性結膜炎」の痒みが酷い場合なんかはステロイド点眼薬なども使うが。要は、季節性のアレルギーだから花粉の季節が終わるまでの対処療法な訳だ。そこで今回は花粉症始め数々のアレルギー性疾患に「腸内フローラ移植」(FMT: fecal microbiota transplantation)が効果的というお話。
近年では腸内細菌が花粉症をはじめとするアレルギー疾患に影響を与えることが注目されている。花粉症は季節性アレルギー性鼻炎とも呼ばれ、花粉が原因となり、くしゃみや鼻水、目のかゆみなどを引き起こす。従来は抗ヒスタミン薬やステロイド薬など薬物療法が主流であったが、副作用や根本的な改善が難しいなどの問題もあり、新たな予防・治療法が模索されている。その中で腸内細菌叢(腸内フローラ)と免疫系との関連性に注目が集まっている。
腸管には全身の免疫細胞の約70%が存在し、腸内細菌叢は免疫系の成熟や制御に深く関わっている。特に、腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸が免疫系の調節に重要な役割を果たしていることが明らかになってきた。短鎖脂肪酸は、腸内で食物繊維を腸内細菌が発酵させる際に生成される代謝産物で、酪酸、酢酸、プロピオン酸などが含まれる。これらの短鎖脂肪酸は腸内の制御性T細胞(Treg細胞)の分化や機能を促進することが知られている。Treg細胞は免疫反応を適切に抑制し、過剰な炎症やアレルギー反応を防ぐ役割を持っている。
最近の研究では、花粉症患者において腸内細菌叢のバランスが崩れていることが報告されている。特に、フィーカリバクテリウム属やビフィズス菌、乳酸菌などの善玉菌が減少すると、短鎖脂肪酸の産生量が低下し、結果としてTreg細胞の働きが弱まる。そのため、免疫系が過敏になり、花粉症を含むアレルギー症状が強く出やすくなると考えられている。
このような腸内細菌叢とアレルギーの関係から、プロバイオティクスを活用した腸内環境の改善が花粉症の予防・緩和に有効である可能性が指摘されている。実際に乳酸菌やビフィズス菌を摂取することで、花粉症患者の鼻炎症状や目のかゆみが軽減したという臨床報告も増えている。ヨーグルトや乳酸菌飲料などの発酵食品を日常的に摂取することで、腸内細菌叢のバランスを改善し、免疫系の調整機能を高めることが可能とされている。
また、近年では「腸内フローラ移植」(FMT: fecal microbiota transplantation)は難治性の腸疾患や免疫疾患の治療に応用されている。更には自閉症や鬱などの従来精神疾患の様に思われていた疾患に対しても第一選択と言われている。最近ではアレルギー疾患に対しても効果が示され始めており、花粉症患者に腸内フローラ移植を行った研究では、症状の軽減や免疫バランスの改善が認められている。FMTは腸内環境を根本から変える可能性があるため、従来の治療法とは異なる新たなアプローチとして注目されている。
さらに、食生活や生活習慣も腸内細菌叢に大きく影響する。食物繊維が豊富な食品(野菜類、穀物類、豆類など)を積極的に摂ることは、善玉菌の増殖を促し、短鎖脂肪酸の産生を高める。また、規則正しい生活や適度な運動、十分な睡眠なども腸内環境の改善につながり、免疫系の正常化に寄与することが期待される。
個々人の腸内細菌叢(エンテロタイプ)の違いによって最適なプロバイオティクスや食生活が異なることも分かってきており、個人の腸内細菌叢を解析し、それに基づいてパーソナライズドされた腸内環境改善法を提案する試みも進んでいる。
腸内細菌叢と免疫系の関係に関する研究は今後さらに進展し、花粉症をはじめとするアレルギー疾患の新しい予防・治療法の開発に繋がると期待されている。従来の薬物療法だけに依存するのではなく、プロバイオティクスやFMTを活用した腸内環境の改善という新たなアプローチを加えることで、根本的な症状緩和が実現する可能性が高まっている。
著者プロフィール
Dr.中川 泰一
中川クリニック 院長
1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。
- Dr.中川泰一の
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