医者が知らない医療の話
このページをシェアする:
第22回

CAR(chimeric antigen receptor)-T療法

《 2019.07.10 》

 今回はちょっと趣旨を変えて、トレンディーな話題を。この度、保険収載された「免疫療法」であるCAR(chimeric antigen receptor)-T療法について。

 

 実は、先日中国の研究機関と共同研究並び顧問の契約をしたのだが、その時あちらの研究者(中国人だけどアメリカなどの研究室で実績のある方ばかり。)の発表が気になったのだ。どこかは後で。

 さて、CAR-Tだ。先ず、キメラ(chimera)とは一つの細胞内に複数の遺伝子を含んだものの事を言う。CAR(キメラ抗原受容体)とは,抗体の抗原結合部位と,T細 胞活性化レセプター(TCR)の細胞内ドメインを遺伝子組み換え技術を用いて結合させたものだ。 そして、このCAR 遺伝子を、遺伝子導入技術によってT細胞に導入したものが CAR-T細胞だ。

 CARを導入されたT細胞は標的抗原を認識すると、直接TCR 細胞内ドメインが刺激される為、標的抗原に対して強力で特異的な免疫反応が起こる。

 そもそも、なぜCARの開発が進められたかと言うと、一般的に、体外で免疫細胞を培養し体内に戻す治療は行われているが、免疫細胞としての反応はもう一つの場合が多い。一方、強力な免疫細胞として腫瘍関連抗原(TAA : tumor-associated antigens)に特異的なT細 胞がある。この TAA特異的T細胞を増幅し、患者体内に戻す事は以前から行われていた。しかしながら特異的T細胞は極めて少数のため製剤とするのは難しい。また、TAAは免疫原性が低い上に、腫 瘍細胞はHLA(白血球抗原)分子の発現が低い為、T細胞の活性化 や増殖が阻害されやすい。このような弱点を解決するため、1980年代半ばから、癌抗原特異的抗体とT細胞を人工的に組み合わせたキメラ抗原受容体の開発が進められていたのだ。

 ではこの強力なCAR-Tだが、実はT細胞を使う限り、大きな問題が二つある。一つは拒絶反応が起きると言う事だ。GVHDや自己免疫疾患を誘発する危険性がある。T細胞は正常細胞も攻撃してしまうのでこれらのリスクが付きまとうのだ。もう一つはサイトカイン放出症候群を発症し易く、下手すると多臓器不 全で命に関わる。

 これらのことからCAR-T療法は自家細胞、つまり患者さん本人の細胞を用いるものがほとんどだ。他人(他家)のT細胞 を使うとGVHDや自己免疫疾患(この場合は他家の免疫細胞に正常細胞が攻撃されている場合も含む。)を発症するリスクが非常に高くなるからだ。

 そして更に、CAR-Tの最大の弱点は、基本的にT細胞はほとんど癌細胞を認識・攻撃しないので、CAR技術によって導入された遺伝子の産物が認識する標的 物質を目印に相手の細胞を攻撃させているので、標的物質を発現している細胞以外は攻撃しな い。つまり、現在認可されている CD19 CAR-T製剤はCD19を発現する細胞は癌細胞であろうと正常細胞であろうと両方を攻撃するが、癌細胞であってもCD19を発現していなければ全く攻撃しない。

 確かに、CD19 CAR-T製剤はB細胞性腫瘍に対して劇的 な治療効果をもたらす。実際、2017年に米国食品医薬品局(FDA)はCD19 CAR-T製剤を難治B細胞性急性リンパ 芽球性白血病(ALL)と難治びまん性大細胞型 B細胞リンパ腫(DLBCL)を対象に認可をおろした。ただ、非常に限られた癌のみが対象であるのと、某有名研究所の研究者と話していると米国では死亡事例が相次いだとの事だ。しかも、先日日本で保険収載された治療費が何と3,349万円!噂では8,000万円ぐらいで出していたらしい。免疫治療否定派の先生方どうするよ?

 今回は紙面が尽きたので、次回本題に!

コラムの一覧に戻る

著者プロフィール

中川 泰一 近影Dr.中川 泰一

中川クリニック 院長

1977年関西医科大学卒業。1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。


バックナンバー
  1. Dr.中川泰一の
    医者が知らない医療の話
  2. 40. ちょっと有名な名誉教授とのお話し
  3. 39. COVID-19と「メモリーT細胞」?
  4. 38. COVID-19の「集団免疫」
  5. 37. COVID-19のワクチン II
  6. 36. COVID-19のワクチン
  7. 35. エクソソーム化粧品
  8. 34. エクソソーム (Exosome) − 細胞間情報伝達物質
  9. 33. 新型コロナウイルスの治療薬候補
  10. 32. 熱発と免疫力の関係
  11. 31. コロナウイルス肺炎 III
  12. 30. コロナウイルス肺炎 II
  13. 29. コロナウイルス肺炎
  14. 28. 腸内細菌叢による世代間の情報伝達
  15. 27. ストレスプログラム
  16. 26. 「ダイエット薬」のお話
  17. 25. inflammasome(インフラマゾーム)の活性化
  18. 24. マクロファージと腸内フローラ
  19. 23. NK細胞を用いたCAR-NK
  20. 22. CAR(chimeric antigen receptor)-T療法
  21. 21. 組織マクロファージ間のネットワーク
  22. 20. 肥満とマクロファージ
  23. 19. アルツハイマー病とマクロファージ
  24. 18. ミクログリアは「脳内のマクロファージ」
  25. 17. 「経口寛容」と腸内フローラ
  26. 16. 腸内フローラとアレルギー
  27. 15. マクロファージの働きは非常に多彩
  28. 14. 自然免疫の主役『マクロファージ』
  29. 13. 自然免疫と獲得免疫
  30. 12. 結核菌と癌との関係
  31. 11. BRM(Biological Response Modifiers)療法
  32. 10. 癌ワクチン(樹状細胞ワクチン)
  33. 09. 癌治療の免疫療法の種類について
  34. 08. 食物繊維の摂取量の減少と肥満
  35. 07. 免疫系に重要な役割を持つ腸内細菌
  36. 06. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(2)
  37. 05. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(1)
  38. 04. なぜ免疫療法なのか?(1)
  39. 03. がん治療の現状(3)
  40. 02. がん治療の現状(2)
  41. 01. がん治療の現状(1)

 

  • Dr.井原 裕 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
  • Dr.木下 平 がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
  • Dr.武田憲夫 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
  • Dr.一瀬幸人 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
  • Dr.菊池臣一 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
  • Dr.安藤正明 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長
  • 技術の伝承-大木永二Dr
  • 技術の伝承-赤星隆幸Dr