医者が知らない医療の話
このページをシェアする:
第77回

マクロバイオームの遺伝子解析Ⅱ

《 2024.02.10 》

以前からちょこちょこ報告していた、マクロバイオームの遺伝子解析がやっとできる様になった。要は、検体の輸送条件や前処置にあたるPCRや実際の解析装置での解析、更にそのデータを癌センターで解析してもらって完了となるのだが、ところどころ細かい問題点が出て実用化には時間がかかってしまった。もちろん、こちらのマンパワー不足が否めないのだが、癌センター側もこちらが想像してたより遥かに作業量が多い事になってて、中々大変だった。

まず、検体処理と輸送。便、唾液、皮膚の3種類の検体の採取法からの検証が必要となる。まあ、便と唾液は実績があるので比較的わかりやすかったが、皮膚は採取機材の選定からどの部位をどの様に採取するかの検討から始めなければならない。
明らかな病変部があれば部位的にはそこが良いのだが、そうでない場合、例えば、びまん性の病変や疾患ではないけれど皮膚の状態を検証したい場合などはどこの部位で採取すると良いか検討しなくてはいけない。一検体の検査コストがバカにならないので、病理検査のように一人何箇所も検査するというのは現実的ではない。
また皮膚の条件として、皮脂をどのぐらい取り除くかなど分析に影響が出ない条件も合わさないといけない。特に女性の場合は化粧を落としてもらうのは当然だが、その場合の条件もそろえておかないと比較できなくなる恐れがある。
かといってあまり厳密な基準を設けるとかえって守れなくなるのが世の常だ。で、できるだけ簡素に、効果的にとなると、これはこれで結構難しい。お察しと思うが、私は化粧に関してはまったくの素人だ。まあ、世の私のご同輩達の男性は化粧なんぞしたことが無いと思う。
余談だが、以前うちの化粧品(医薬品認証出来ないから化粧品扱いになってるのだが。)の開発の時、担当の若手の野郎。いやちょっと女性っぽい男性から「先生、化粧しないんですか!?」と詰め寄られ、「だから、担当の女性連れてきてるやろ!」と動揺を隠すためにキレ気味に返した事があった。その時「男も化粧する時代が来る!」と確信したのだが、私自身は一向に実践できずに今日に至っている。ちなみにコロナ以降マスクを外さない女性がまだいる。うちの秘書もそうなのだが、「美人はマスクすると勿体無いでえ~」と揶揄すると「化粧しなくていいから。」とにべも無い返事。なんかオチのない話ですいません。

というわけで、やっとのことで、検体の採取条件を検証した。
そして、次は搬送条件だ。採取してからウチの研究室までどの様に送れば良いか、色々な場合に分けて検証する必要がある。搬送自体は以前よりPCR検査をやっていたので、業者や手順はわかっていたが、検体の状態がどの様に変わると、検査成績にどの様に影響するかを比較して、無理、無駄、ムラのない(なんか昭和っぽいフレーズだが))方法を決定しなければならない。
これもあまり採取後の処理や輸送方法が煩雑になると検査の数がこなせなくなるからだ。更に、現実的な問題としてコストに跳ね返ってくるからだ。この検査、試薬代だけでもcovitのPCRなんかに比べ、まさに桁違いにかかる。
そもそも、遺伝子解析装置にかけるまでの前処置でPCRを2回かけないといけない。検体の取り扱いも桁違いに厳格になってくる。ほんと、PCRやってた経験があって良かったと思う。スタッフも癌センターに研修行ったりして手技を覚えてきたのだが、基礎ができてないとわからなかったと思う。あっちだって、忙しいのにズブの素人に来られても困ってしまっただろう。
もちろんこのプロジェクトに関わる癌センターの研究員たちは超一流の方々で、コンピューター解析なんか日本でこの人しかできないんじゃないかというレベルの人がいてる。三度の飯より研究が好きな人たちだ。教授曰く「飯さえ食えたら何にもいらない様な連中」だそうだ。ただし皆さんかなりの呑兵衛らしい。酒は要るのかな?

ところが、検査するには金がかかる。この人達は当然、コストの感覚が全くない。で、こちらが考えないと困るわけだ。

そんなこんなで、やっと分析結果が出たのだが、ここでも一悶着。
癌センターのN君から解析結果をウチのTに送って貰ったんだが、これが何か理解できなかったらしい。
バイオームの分類で門やら属やら延々分類が続くのだが、これが何%と言っても分からなかったらしい。「もっと詳しく(易しく)出ませんか?」ってメールしたら、「この程度のことが理解できないなんて、今後一緒にやっていけるか不安です。」みたいな返事が返ってきて一悶着。
落ち込んでるTに優しいアドバイス、「表記は属まででいいから、上位10個のバイオームグラフにして、各バイオームの解説を併記してごらん。」で、なんとか一般人向けの検査結果の雛形ができました。相当苦労したみたいだけどね。

「相手は学者さんばっかりと話してんだから、一般人がわかる様な会話してないんだからね。英語で喋ってる外人に大阪弁で説明してくれって言ってるみたいなもんだから。悪気はないと思うよ。」と慰めといた。実際N研究員、アメリカでもmRNAなんかで結構な実績上げてたみたい。

次の週のミーティングは、最初緊張気味だったが、案の定N君も全く悪気なく、ディスカッションも和気あいあいと進んで、大体の方針が決まった。ほらね、できる研究者ってお世辞やオブラートが苦手と言うより、そんな概念無いから。私のような臨床医との違いだと思いますが皆さん如何?

ただ、一つショックだったのが、データの解析に、以前APPLEから「こんなの何に使うんですか?」って確認の電話が来たぐらいのフル装備のMACが一度の解析で丸3日かかるんだって!「検体数増えたらワークステーション欲しいですねえ。」「・・・・・ワークステーションっていくら?(心の中で叫んだよ。怖くて聞けなかった)」恐るべし遺伝子解析、恐るべし出来る研究者!

コラムの一覧に戻る

著者プロフィール

中川 泰一 近影Dr.中川 泰一

中川クリニック 院長

1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。


バックナンバー
  1. Dr.中川泰一の
    医者が知らない医療の話
  2. 79. マクロバイオームの精神的影響について
  3. 78. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅲ
  4. 77. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅱ
  5. 76. 中国訪問記Ⅱ
  6. 75. 中国訪問記
  7. 74. 口腔内のマクロバイオームⅡ
  8. 73. 口腔内のマクロバイオーム
  9. 72. マクロバイオームの遺伝子解析
  10. 71. ベトナム訪問記Ⅱ
  11. 70. ベトナム訪問記
  12. 69. COVID-19感染の後遺症
  13. 68. 遺伝子解析
  14. 67. 口腔内・腸内マクロバイオーム
  15. 66. 癌細胞の中の細菌
  16. 65. 介護施設とコロナ
  17. 64. 訪問診療の話
  18. 63. 腸内フローラの影響
  19. 62. 腸内フローラと「若返り」、そして発癌
  20. 61. 癌治療に対する考え方Ⅱ
  21. 60. 癌治療に対する考え方
  22. 59. COVID-19 第7波
  23. 58. COVID-19のPCR検査について
  24. 57. 若返りの治療Ⅵ
  25. 56. 若返りの治療Ⅴ
  26. 55. 若返りの治療Ⅳ
  27. 54. 若返りの治療Ⅲ
  28. 53. 若返りの治療Ⅱ
  29. 52. ワクチン騒動記Ⅳ
  30. 51. ヒト幹細胞培養上清液Ⅱ
  31. 50. ヒト幹細胞培養上清液
  32. 49. 日常の診療ネタ
  33. 48. ワクチン騒動記Ⅲ
  34. 47. ワクチン騒動記Ⅱ
  35. 46. ワクチン騒動記
  36. 45. 不老不死についてⅡ
  37. 44. 不老不死について
  38. 43. 若返りの治療
  39. 42. 「発毛」について II
  40. 41. 「発毛」について
  41. 40. ちょっと有名な名誉教授とのお話し
  42. 39. COVID-19と「メモリーT細胞」?
  43. 38. COVID-19の「集団免疫」
  44. 37. COVID-19のワクチン II
  45. 36. COVID-19のワクチン
  46. 35. エクソソーム化粧品
  47. 34. エクソソーム (Exosome) − 細胞間情報伝達物質
  48. 33. 新型コロナウイルスの治療薬候補
  49. 32. 熱発と免疫力の関係
  50. 31. コロナウイルス肺炎 III
  51. 30. コロナウイルス肺炎 II
  52. 29. コロナウイルス肺炎
  53. 28. 腸内細菌叢による世代間の情報伝達
  54. 27. ストレスプログラム
  55. 26. 「ダイエット薬」のお話
  56. 25. inflammasome(インフラマゾーム)の活性化
  57. 24. マクロファージと腸内フローラ
  58. 23. NK細胞を用いたCAR-NK
  59. 22. CAR(chimeric antigen receptor)-T療法
  60. 21. 組織マクロファージ間のネットワーク
  61. 20. 肥満とマクロファージ
  62. 19. アルツハイマー病とマクロファージ
  63. 18. ミクログリアは「脳内のマクロファージ」
  64. 17. 「経口寛容」と腸内フローラ
  65. 16. 腸内フローラとアレルギー
  66. 15. マクロファージの働きは非常に多彩
  67. 14. 自然免疫の主役『マクロファージ』
  68. 13. 自然免疫と獲得免疫
  69. 12. 結核菌と癌との関係
  70. 11. BRM(Biological Response Modifiers)療法
  71. 10. 癌ワクチン(樹状細胞ワクチン)
  72. 09. 癌治療の免疫療法の種類について
  73. 08. 食物繊維の摂取量の減少と肥満
  74. 07. 免疫系に重要な役割を持つ腸内細菌
  75. 06. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(2)
  76. 05. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(1)
  77. 04. なぜ免疫療法なのか?(1)
  78. 03. がん治療の現状(3)
  79. 02. がん治療の現状(2)
  80. 01. がん治療の現状(1)

 

  • Dr.井原 裕 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
  • Dr.木下 平 がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
  • Dr.武田憲夫 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
  • Dr.一瀬幸人 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
  • Dr.菊池臣一 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
  • Dr.安藤正明 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長
  • 技術の伝承-大木永二Dr
  • 技術の伝承-赤星隆幸Dr