第72回
マクロバイオームの遺伝子解析
さて、最近コロナも落ち着いて海外からのオファーが増えている。(もっともコロナも報道されなくなっただけで、うちでも発熱外来だと、1日に2~3人陽性が出ているからかなりの大流行中のはずだが。)
何カ国から「早よ来い!」みたいに尋ねてくる。コロナで3年半止まってたのだから頓挫してたと思いきや、「建物は出来たから早よ来い!」とか「治療する場所は確保出来てるから早よ来い!」とか。あちらも仕事だから、そこそこキッチリ仕上げてくるけど、実際海外で治療を行うまでは現地であちらのドクターたちとの打ち合わせや、設備の確認やら契約やらで結構時間と労力を喰われる。国内だって任せていかないといけないし。
と、多少ボヤキが入ったが、まあ、「忙しいのはいい事だ。」と思い込んでる。しゃーない!(大阪弁で仕方ないという意味です。念のため。)
そんなわけだが、とりあえずほっとけないのが例のマクロバイオームの遺伝子解析だ。装置の設置も何とか終わり(ウチのスタッフ的には結構ぼやきたい事がいっぱいあるようです。いやホント!)、そしてウチのスタッフの癌センターでの研修日程も決まって、いよいよ試験運用開始というところまでこぎ着けた。ここまではウチのスタッフに任せきって、ほったらかしといたのだが、結果の反映をどうするかを考えなければならない。癌センターにしたって、臨床的にどう使うかなんてアイデア無いんだから「必要な解析結果を指定してくださいねー。」って言われたらしく、スタッフから「早よ決めろ!」と無言の圧力をかけられてる。
何千種類ものマクロバイオームが解析結果として出てくるわけだが、そんな物だけ見せられたって一般の方がみてもわかる訳がない。具体的に、「このような疾患が疑われますよ。」と出さないと意味が無い。
で、色々考えて、一応主な疾患とその関与が示唆されている腸内のマクロバイオームを整理してみた。
以下にそれを列挙する。
■癌関係
・大腸癌
- 1.usobacterium nucleatum(フューソバクテリウム・ヌクレアツム):
この菌は大腸癌組織に多く存在することがあり、癌細胞の増殖を促進する可能性がある。 - 2.Bacteroides fragilis(バクテロイデス・フラジリス):
特に毒性株(ETBF: enterotoxigenic Bacteroides fragilis)が大腸癌の発症に関与する可能性がある。 - 3.Escherichia coli(大腸菌):
一部の毒性を持つ株が大腸癌の発症に関与する可能性がある。
・ 肝臓癌やその他の消化器癌
- Clostridium difficile(クロストリジウム・ディフィシル):
一部の研究では、この細菌が肝臓癌やその他の消化器癌と関連している可能性が指摘されている。
・乳癌
- 1.Lactobacillus(ラクトバシラス属):
一部の研究では、ラクトバシラスが免疫応答を調節し、乳がん細胞の増殖を抑制する可能性が示唆されている。 - 2.Bifidobacterium(ビフィドバクテリウム属):
この細菌も免疫調節作用があり、乳がんの進行を抑制する可能性が考えられている。
・膵癌
- Pseudomonas aeruginosa(緑膿菌):
膵臓に慢性的な炎症を引き起こす可能性があり、それが膵がんのリスクを高める可能性がある。
・肺癌
- 「Akkermansia muciniphila」や「Bifidobacterium」属が肺癌治療の効果を高める可能性がある。
■その他癌治療に有効な菌類
- Akkermansia muciniphila(アッケルマンシア・ムシニフィラ):
この細菌は免疫療法(PD-1阻害剤など)の効果を高める可能性があり、腸内細菌が癌治療に影響を与える一例とされている。 - Lactobacillus(ラクトバシラス属):
この細菌は乳酸を産生し、癌細胞の増殖を抑制する可能性がある。
■自己免疫疾患
- Akkermansia muciniphila(アッケルマンシア・ムシニフィラ):
この細菌は免疫療法(PD-1阻害剤など)の効果を高める可能性があり、腸内細菌が癌治療に影響を与える一例とされている。 - SLE(Systemic Lupus Erythematosus):
Lactobacillus(ラクトバシラス属):ループスの症状を軽減する可能性が示されている。
■リュウマチ関節炎
- 1.Prevotella copri:
リュウマチ関節炎の初期段階で増加する可能性がある。 - 2. Bacteroides fragilis:
この細菌はT細胞の調節に影響を与え、炎症を抑制する作用があるとされている。
■多発性硬化症(MS: Multiple Sclerosis)
- Akkermansia muciniphila:
この細菌は神経保護作用がある可能性が示されている。
■クローン病、潰瘍性大腸炎(IBD: Inflammatory Bowel Disease)
- Faecalibacterium prausnitzii:
この細菌は炎症を抑制する作用があり、IBD患者では減少する傾向があるとされている。
■精神疾患と思われているもの
・自閉症
- 1.Clostridium spp.(クロストリジウム属):
自閉症の子供たちの腸内で多く見られることがあると報告されている。 - 2.Bacteroides fragilis(バクテロイデス・フラジリス):
この細菌は、動物モデルで自閉症の行動を改善したという報告がある。 - 3.Lactobacillus reuteri(ラクトバシラス・ロイテリ):
この細菌も動物モデルで社会性の改善が報告されている。
・うつ症状
- 1.Lactobacillus(ラクトバシラス属):
一部のラクトバシラス種は、うつ症状に対する抗抑うつ効果を持つ可能性がある。 - 2.Bifidobacterium(ビフィドバクテリウム属):
これも、うつ症状を改善するとされている。 - 3.Faecalibacterium prausnitzii(フェーカリバクテリウム・プラウスニッツィ):
この細菌は抗炎症作用があり、うつ症状に対しても好影響を及ぼす可能性が考えられている。
・統合失調症
- 1.Lactobacillus(ラクトバシラス属):
一部の研究では、この細菌が統合失調症の患者において減少している可能性が指摘されてる。 - 2.Bifidobacterium(ビフィドバクテリウム属):
これも統合失調症の患者で減少している可能性があるとされている。
大体このくらいわかれば良いかと思うのだが。勿論これらのマクロバイオームと疾患の関係が確定しているわけでは無く、関連性が指摘されているという事だ。
なんせ、その詳しい関係は、まさに我々が調べようとしている所なのだから。
著者プロフィール
Dr.中川 泰一
中川クリニック 院長
1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。
- Dr.中川泰一の
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