医者が知らない医療の話
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第61回

癌治療に対する考え方Ⅱ

《 2022.10.10 》

前回、癌治療は3段階で考えるべきだと書いた。これは癌治療全体の設計図に当たると考えて頂きたい。

個々の段階に対しての考えを整理すると、まず1.に挙げた見えている癌(つまり画像に映る癌)に対しての治療方針である手術や放射線治療に関しては異論ないと思う。なんせ、所謂「標準治療」だからね。ただ、適応については意見が異なる。どういうことかというと、手術はStageIからStageIIIの癌に対して行われるが、他の臓器に転移しているStageIVになると「適応外」となり行われない。全身転移が疑われるからだ。放射線療法の方は「局所療法」の側面も持つので、もう少し適応範囲が広いというか緩やかだが、特に手術は基本的に「根治できる」症例が対象だ。つまり画像に映る癌が全て切除可能な場合が対象になる。それ以外でも、担当の外科の先生の考え方にもよるが、転移が限局的な場合は原発巣を切除して転移巣は局所療法を併用する場合は行う事がある。ただ、この場合も転移巣が複数臓器にある場合は、まずやらないだろう。癌が全身に拡がっていると判断されるからだ。

この根本的な考えとして、切除しきれなかった癌ないし、存在しているであろうが画像にとらえられない癌に対しては、標準療法では化学療法しか残っていないからだと思う。つまり、化学療法の効果を信用していない裏返しでもあると思うのだが、如何だろうか?

このことは次に挙げる2.にも関わって来る。

そして、2.に挙げた見えない癌(つまり画像に映らない癌)に対しての対応。標準療法では化学療法一択になってくるだろう。ところが、この化学療法では一部の生殖器系の癌や白血病や悪性リンパ腫などで治る事があるが、殆どの癌では一時的な寛解や癌の縮小はあっても完治はあまり望めない。何より副作用がきつい場合が多いので、主に化学療法の適応となるStageIVの患者さんに対しては、QOLを考えて行わないとの選択肢を選ぶことも多い。ただ、この場合は積極的治療を諦めたとして、ホスピスを勧められるのが一般的だ。緩和ケアー自体は必要だと思うのだが、ホスピス入所の条件として「積極的治療は行わない事」となっている。これは酷だと思う。標準療法では化学療法が最後の手段のように捉えられているから、これをやらないとなると治療の手段は無いとの解釈になるからだろう。疼痛緩和や栄養管理、精神的なフォローなどは必要だが、「治療は一切やってはいけません。」の選択肢は極端過ぎだと思いませんか?

ここまでで皆さん察しておられると思いますが、StageIVの癌は治らない前提で話が進むんですよ。主治医はハッキリとは言いませんが、腹の中では「治んないだろうな。」と思ってますよ。最近はハッキリ「治りません。余命はあと半年です。」という先生方も多いみたいです。標準療法では大体の生存率が出てますからね。勿論少数ではありますが5年以上生存される方もおられます。

先生方も、勿論親身になってやっておられる方も多いと思いますが、諦めて手を抜いてるとまでは言いませんが、気が入ってない先生もおられると思いますよ。軽々に「治ります。」なんて言えないですが、言い方ってものがあるでしょうに。私の患者さんたちはほぼ全員、大きな病院にかかっておられて、主治医の先生がいるわけです。ここで、診察の時の8割方は主治医への愚痴です。検査の目的や治療方針、検査データーの説明など本来主治医の仕事なのに出来ていない。勿論人と人との関係なので相性もあるし、コミュニケーションがうまくいかないこともあると思います。患者さん達は結構インテリジェンスの高い方が多く、詳しく説明を求められるし、治療方針についてもその根拠を聞きたがります。

逆に、ちゃんと説明すれば納得してもらえる方達です。

患者さんが持って来られたデーターを見て説明する事が多いのだが、項目が抜けていたりすると困る事がある。腫瘍マーカーでも、1種類しか見てなく指標にならない事がある。普通は複数の腫瘍マーカーをみて、動きのあるものを指標にするのだが、毎回動きのない方しか見てないケースがある。結構有名な大学病院なのだが、「この項目も見てもらってくださいね。」と患者さんから言ってもらうと意固地になる。お婆さん(患者さんです。失礼!)から指摘されて、プライドが傷付いたのか全然見てくれない。他の自由診療のクリニックで見てもらってますが。

なんか治そうとする気が感じられませんよね。

でも、もしもこれらの先生方も、手術、放射線、化学療法以外の治療手段があれば、対応は変わって来ると思いませんか?

私の場合、各種の免疫療法という手段があるから、「まだ治せるんじゃないか」と思える訳ですよ。

いわゆる免疫療法も色々あって、新しく開発もされているけれど、大まかに分類すると

1.攻撃する免疫細胞を強化するもの。
2.癌細胞に標識をつけて免疫機構から逃れているのを阻止するもの。
3.癌細胞が免疫細胞に攻撃されないように出しているシグナルを阻害するもの。

もう一つ例外的に1.の変形でマクロファージによる免疫調整というのがあるが、大体このように分類できると思う。新しいのもまだあるけど、個々については今までに触れて来ているので割愛させていただくとする。

これらの免疫療法は一部、保険収載されているものもあるが、非常に高価(製薬会社が作ると1桁違うのが常だ。)で医学的ではなく、保険財政的に適応が決められる場合が多い。勿論、症例数が揃ったものから認可していくという理屈はあるのだが、効くとわかってるのに適応外で使えませんと言うのは癌患者にとっては酷な気がする。抗癌剤などでも同じだが、お金がある人は個人輸入で治療している方もおられるが、国民皆保険としての整合性はどうなんだろうかと思う。

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著者プロフィール

中川 泰一 近影Dr.中川 泰一

中川クリニック 院長

1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。


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