医者が知らない医療の話
このページをシェアする:
第50回

ヒト幹細胞培養上清液

《 2021.11.10 》

 今回は「ヒト幹細胞上清液」について考えてみたい。ご存知の様に、もう何年も前から流行しているしている「上清液」だ。以前にもちょっと触れた事があるが、「ヒト」と、わざわざ書いたのは化粧品などの中には「植物由来幹細胞」など、何でもかんでも「幹細胞」と付けて「再生医療」を連想させようという魂胆が透けて見えるものがあるからだ。また、美容外科のクリニックを中心に「幹細胞上清液」の点滴なども定番化しているが、この「上清液」の意味が分からず、「上等な幹細胞液」のような勘違いでありがたがっている患者さんも多いと聞く。

 そもそもこの「ヒト幹細胞上清液」は「再生医療等安全性確保法」の施行により本物の幹細胞、具体的には他家移植になる「臍帯血由来幹細胞」を用いての治療が制限される事となったのが始まりだ。これは事実上の「臍帯血由来幹細胞」治療の禁止となった法律で、臍帯血バンクを運営して脳性麻痺の治療を行なっていた私的には、世界的に最も治療実績のある「臍帯血由来幹細胞」による治療が国内で出来なくなって、色々と言いたい事のある、いわくつきの法律だ。この件はまたの機会に。

 で、「ヒト幹細胞上清液」だが、要は「幹細胞」を培養する時に用いる「培養液」のことだ。ここには「幹細胞」が含まれていないので「再生医療等安全性確保法」に抵触しないという理屈から有象無象の「業者」たちが売り出したのだった。ただし、この上清液つまり培養液を得るために幹細胞を培養する際には「再生医療等安全性確保法」による「培養施設」の認可が必要だ。よく「研究としての培養ですから認可は必要無いですよ。」などと言う業者がいるが、大学であろうが、実験目的であろうが認可がなければアウトだ!

 実は「ヒト幹細胞上清液」を取り上げたのは、結構臨床的に効果が報告されてきているからなのだが、ここで問題点が2つ。ひとつはその効果について。そして、もうひとつは法的な物を含めてその取り扱いについてだ。効果については後ほど考えてみたいが、大前提として取り扱えるかどうかだ。

 以前、「上清液」なるものを初めて聞いたのは、「再生医療等安全性確保法」が施行されてしばらく経った頃、ある業者のチラシ(パンフと呼べるもんじゃなかった。)で、余りに詐欺的だったので近畿厚生局の顔見知りに「こんなのって、ダメでしょ?」と聞いたところ、「幹細胞が含まれて無いのなら問題にはなりませんね。効能については誇大広告の部署にでも聞いてみて下さいよ。」「え!いいの?」で終わってた。その後のブームで流石に厚労省でも問題になっていて、禁止されるかも知れないと言う情報があったのだが。正式な見解としては令和元年に国会質問があった。端折りようが無いので以下に全文を記すと。

 令和元年六月十八日提出
質問第二四二号

ヒト幹細胞上清液に関する質問主意書

提出者  源馬謙太郎
ヒトの幹細胞を培養した時にできる培養液の上澄みである培養上清を用いた治療法が広まっている。また、その培養上清を特定成分が濃縮された錠剤やカプセル形態の製品、いわゆるサプリメントに配合したものが市場に出ている。 このことにつき、以下質問する。


  • 一 細胞が含まれていないヒトの幹細胞上清液を用いた治療法は再生医療等安全性確保法の対象になるのか。
  • 二 細胞が含まれていないヒトの幹細胞上清液を特定成分が濃縮された錠剤やカプセル形態の製品に配合することは、再生医療等の安全性の確保等に関する法律及び医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律に合致しているのか。

 右質問する。

出典:衆議院「第198回国会 質問本文情報 令和元年六月十八日提出 質問第二四二号 ヒト幹細胞上清液に関する質問主意書」より引用

 これについての回答は以下の通り。

 お尋ねの「細胞が含まれていない」、「幹細胞上清液」、「対象になる」、「特定成分が濃縮された錠剤やカプセル形態の製品」、「配合する」及び「合致している」の意味するところが明らかではなく、お答えすることは困難であるが、一般に、人等の細胞に培養その他の加工を施したものを用いない医療技術は、再生医療等の安全性の確保等に関する法律(平成二十五年法律第八十五号)第二条第二項に規定する再生医療等技術に該当するものではなく、また、仮に御指摘の「細胞が含まれていないヒトの幹細胞上清液を特定成分が濃縮された錠剤やカプセル形態の製品に配合」されたものが、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和三十五年法律第百四十五号)第二条第一項に規定する医薬品に該当する場合、その製造販売をしようとする者は、医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認を受ける等の同法の規定に従う必要がある。

出典:衆議院「第198回国会 答弁本文情報 令和元年六月二十八日受領 答弁第二四二号 衆議院議員源馬謙太郎君提出ヒト幹細胞上清液に関する質問に対する答弁書」より引用

 まあ役人らしい回答だが、実際この様にしか答えようが無いのだろうと思う。近畿厚生局の回答と似た様なもんだ。

 ただ、私が指摘したいのは、他家(本人以外から)移植にあたる培養液(上清液)主に臍帯血、歯髄、骨髄などは日本国内で培養できない筈だ。勿論、違法に培養している所も知っているが、殆どは海外から入って来ている。しかし、どこの国のどの様な施設で、ドナーはどの様な人か、責任者のドクターは誰などわかっているものが殆どない。もっともらしい成分表などが付いているが確認のしようが無い。輸入業者も「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」に準拠しているとは思えない所が多い。となると、医師の裁量権で医師個人の責任の元、輸入して使用している事になるのだが、美容の先生方はその辺のところを理解(覚悟)して使ってられるのだろうか?

 再生医療法に縛られず、色々な成果が報告されてきている「ヒト幹細胞上清液」の検証に入る前にこの辺のことを整理しておかないと、あの「臍帯血事件」のように、禁止されているのを知ってか知らずか、ある日突然医師が逮捕されてしまう様な事件を繰り返さないとも限らない。

 私的には有用な治療法がこれ以上禁止されるのは避けたいと思っているのだが、皆さん如何お考えですか?

コラムの一覧に戻る

著者プロフィール

中川 泰一 近影Dr.中川 泰一

中川クリニック 院長

1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。


バックナンバー
  1. Dr.中川泰一の
    医者が知らない医療の話
  2. 79. マクロバイオームの精神的影響について
  3. 78. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅲ
  4. 77. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅱ
  5. 76. 中国訪問記Ⅱ
  6. 75. 中国訪問記
  7. 74. 口腔内のマクロバイオームⅡ
  8. 73. 口腔内のマクロバイオーム
  9. 72. マクロバイオームの遺伝子解析
  10. 71. ベトナム訪問記Ⅱ
  11. 70. ベトナム訪問記
  12. 69. COVID-19感染の後遺症
  13. 68. 遺伝子解析
  14. 67. 口腔内・腸内マクロバイオーム
  15. 66. 癌細胞の中の細菌
  16. 65. 介護施設とコロナ
  17. 64. 訪問診療の話
  18. 63. 腸内フローラの影響
  19. 62. 腸内フローラと「若返り」、そして発癌
  20. 61. 癌治療に対する考え方Ⅱ
  21. 60. 癌治療に対する考え方
  22. 59. COVID-19 第7波
  23. 58. COVID-19のPCR検査について
  24. 57. 若返りの治療Ⅵ
  25. 56. 若返りの治療Ⅴ
  26. 55. 若返りの治療Ⅳ
  27. 54. 若返りの治療Ⅲ
  28. 53. 若返りの治療Ⅱ
  29. 52. ワクチン騒動記Ⅳ
  30. 51. ヒト幹細胞培養上清液Ⅱ
  31. 50. ヒト幹細胞培養上清液
  32. 49. 日常の診療ネタ
  33. 48. ワクチン騒動記Ⅲ
  34. 47. ワクチン騒動記Ⅱ
  35. 46. ワクチン騒動記
  36. 45. 不老不死についてⅡ
  37. 44. 不老不死について
  38. 43. 若返りの治療
  39. 42. 「発毛」について II
  40. 41. 「発毛」について
  41. 40. ちょっと有名な名誉教授とのお話し
  42. 39. COVID-19と「メモリーT細胞」?
  43. 38. COVID-19の「集団免疫」
  44. 37. COVID-19のワクチン II
  45. 36. COVID-19のワクチン
  46. 35. エクソソーム化粧品
  47. 34. エクソソーム (Exosome) − 細胞間情報伝達物質
  48. 33. 新型コロナウイルスの治療薬候補
  49. 32. 熱発と免疫力の関係
  50. 31. コロナウイルス肺炎 III
  51. 30. コロナウイルス肺炎 II
  52. 29. コロナウイルス肺炎
  53. 28. 腸内細菌叢による世代間の情報伝達
  54. 27. ストレスプログラム
  55. 26. 「ダイエット薬」のお話
  56. 25. inflammasome(インフラマゾーム)の活性化
  57. 24. マクロファージと腸内フローラ
  58. 23. NK細胞を用いたCAR-NK
  59. 22. CAR(chimeric antigen receptor)-T療法
  60. 21. 組織マクロファージ間のネットワーク
  61. 20. 肥満とマクロファージ
  62. 19. アルツハイマー病とマクロファージ
  63. 18. ミクログリアは「脳内のマクロファージ」
  64. 17. 「経口寛容」と腸内フローラ
  65. 16. 腸内フローラとアレルギー
  66. 15. マクロファージの働きは非常に多彩
  67. 14. 自然免疫の主役『マクロファージ』
  68. 13. 自然免疫と獲得免疫
  69. 12. 結核菌と癌との関係
  70. 11. BRM(Biological Response Modifiers)療法
  71. 10. 癌ワクチン(樹状細胞ワクチン)
  72. 09. 癌治療の免疫療法の種類について
  73. 08. 食物繊維の摂取量の減少と肥満
  74. 07. 免疫系に重要な役割を持つ腸内細菌
  75. 06. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(2)
  76. 05. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(1)
  77. 04. なぜ免疫療法なのか?(1)
  78. 03. がん治療の現状(3)
  79. 02. がん治療の現状(2)
  80. 01. がん治療の現状(1)

 

  • Dr.井原 裕 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
  • Dr.木下 平 がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
  • Dr.武田憲夫 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
  • Dr.一瀬幸人 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
  • Dr.菊池臣一 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
  • Dr.安藤正明 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長
  • 技術の伝承-大木永二Dr
  • 技術の伝承-赤星隆幸Dr