医者が知らない医療の話
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第39回

COVID-19と「メモリーT細胞」?

《 2020.12.10 》

 前回から1ヶ月の間に様相は一変して、第3波とかで、COVID-19が再々流行してしまってる。新幹線も「GoToTravel」の所為だろうけど、平日のグリーン車でも年配の団体客で埋まってる。半値だからだろうけど、平日から年配者がこれだけ旅行に出掛けてれば、そのうち何人かは感染して重症化しても当たり前だと思う。重症病棟担当の先生方はほんとに大変だと思う。マスコミは報じないけど、2000年頃より医療費削減の旗のもとで、病床数や重症病棟の削減に邁進してた厚労省や財務省の責任ってどうなるのだろう?SARSの時、ちょっと問題になりかけたけど、あの時は半年ぐらいで収まったので、有耶無耶になってしまった。防衛費と同じで、削減してて、いざ攻め込まれて国が占領されてから、軍備増強なんか叫んでも間に合うはずも無い。「兵を100年養うは、これを1日用いるため。」蓋し名言で、今の医療状況を的確に表してると思いますよ。結局しわ寄せは「現場」の医療関係者ですからね。

 しかし、これも「集団免疫」獲得のプロセスと言えなくも無い。ただし、かなりハードランディングだけど。理想は、新規感染者がゆっくり増えて、重症化する患者さんの増加が、既存の重症病棟のキャパ内に収まってくれることだが、これ以上「要請」という名の「規制」をすると年末に倒産がどっと増えて経済が死んでしまうだろうし。ギリギリの所で何とか集団免疫が整い、有効なワクチンが出だして収まるのを待つしか無いんだろうな。

 で、「交差免疫」だ。なんだかんだ言っても、日本は欧米の感染者数、死者数に比べれば桁違いに少ない。BCGワクチンの日本株が日本人の免疫を底上げしていると言う説も興味あるが、過去の似た様なウイルスの感染時にCOVID-19にも効く抗体を獲得しているという「交差免疫」も重要な説だ。

 いわゆる一般的に風邪のウイルスとして既に4種のコロナウイルス(Human Coronavirus:HCoVHCoV-229E、HCoV-OC43、HCoV-NL63、HCoV-HKU1)が発見されている。一般的な風邪の10~15%(流行期は最大35%)はこれら4種のコロナウイルスを原因とするとされている。つまり、我々は日常的に結構高い確率でコロナウイルスに感染していることになる。そしてこれらのコロナウイルスに毎年繰り返し感染することによって、ほとんど人がコロナウイルス属に対する免疫を獲得している可能性が高いのだ。そして、これら4種類の風邪のコロナウイルスに共通の何らかの抗原を認識する「広域交叉反応性メモリーT細胞」を獲得している可能性があるというわけだ。

 ただ、これだけでは日本初めアジアの国が欧米諸国に比べ感染者が少ない理由にはならない。

 その一つの説明として、一般的なコロナウイルスもさることながら、COVID-19に対する免疫応答は以前アジアで流行したSARSに特異的なメモリーT細胞によってもたらされるとする報告がある。

 COVID-19に感染後回復した者は全員ウイルスの構造タンパク質NP1およびNP2由来ペプチドに対してT細胞免疫が成立していた。一方、NSP7、NSP13に対して免疫が成立していたのは3割しかなかった。

 そして以前SARSに感染した人もなんと、COVID-19のNP1およびNP2由来ペプチドに対してT細胞は弱いながらも反応を示した。さらにこのT細胞は試験管内で刺激すると非常に強い反応を示した。

 さらに、SARSにも、新型コロナウイルスにも未感染者でも、なんと51%の人がウイルスペプチドに反応した。しかもこれらのT細胞も試験管内で刺激に応じて細胞が増殖する記憶反応を示したのだ。

 特に注目に値するのは未感染者はβコロナウイルス(MERS-CoV、SARS-CoV 、HCoV-OC43、HCoV-HKU1はβコロナウイルスと分類されている。)間で保存されたペプチドにだけ反応していた。これは、βコロナウイルスのNSP7やNSP13に対するT細胞記憶が、COVID-19に対しても発動されている可能性があることを示している。

 以上から考えられることは、ウイルス型の細かな違いに関係なく、ウイルス間の共通部分に対する複雑な交差性をもった免疫の記憶が成立して「広域交叉反応性メモリーT細胞」を獲得している可能性があるということだ。

 これが欧米の流行では人種間格差が見られないにも関わらず、アジアでCOVID-19の流行が軽く済んでいる一つの大きな原因では無いかと思うのだが、皆さんどうお思いですか?

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著者プロフィール

中川 泰一 近影Dr.中川 泰一

中川クリニック 院長

1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。


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