医者が知らない医療の話
このページをシェアする:
第19回

アルツハイマー病とマクロファージ

《 2019.04.10 》

 ここで、アルツハイマー病について少しまとめてみよう。 アルツハイマー病の病理的特徴としては

  1. Aβ(アミロイドベータ)タンパク質の蓄積 (老人斑の形成)
  2. タウタンパク質のリン酸化による蓄積 (神経原線維変化)
  3. 神経細胞の脱落 (脳萎縮)

が挙げられる。

 Aβタンパク質は神経細胞にとって毒性を持つため、特に蓄積したAβタンパク質の周囲に活性化したミクログリアが多く観察される。一般的にアルツハイマーの脳では、ミクログリアが活性化している。

 つまりミクログリアは貪食能を持っているため、蓄積したAβタンパク質を貪食作用によって取り除いていると考えられている。実際、ミクログリアの細胞内にAβタンパク質が取り込まれていることが観察されている。

 更に、ミクログリアによる貪食作用を起こすために重要な遺伝子であるTREM2に変異があるとアルツハイマーになるリスクが高まると言われている。

 またアルツハイマーの脳では、炎症を引き起こす遺伝子の発現量が増加し、炎症性サイトカインの量が増えており、ミクログリアの活性化によって脳が炎症状態に陥っていると考えられる。

 まあ、要するにアルツハイマー病の原因はAβ(アミロイドベータ)タンパク質の蓄積であるとした「アミロイド仮説」が唱えられており、ミクログリアがその処理をしているが、それが追いつかなくなり病気が進行していくという考え方だ。

 治療薬も「いかにしてAβタンパク質を取り除くか」に重点が置かれてきた。しかし、これらの治療薬がほとんど役に立ってないのは、よくご存知のはずで、アルツハイマー病は不治の病となっている。

 ところが最近の説では、Aβタンパク質はアルツハイマー病の主な原因である
1. 炎症 2. 栄養不足 3. 毒素に対する生体防御反応としてAβタンパク質で脳を守っているというのだ。まさに原因と結果の逆転だ。
ミクログリアすなわちマクロファージの関与は脳内だけに留まらない。

 近年アルツハイマー病の3つのサブタイプが存在するとされているのはご存知だろうか?まさにアルツハイマー病のリスクによって
1型アルツハイマー病(炎症性)、
2型アルツハイマー病(萎縮性)、
3型アルツハイマー病(毒物性)
更に1型と2型が重なった1.5型アルツハイマー病(糖毒性)というものだ。

 この中で特に炎症についてはいろいろな原因があるが、近年指摘されているのが、腸のLeaky Gut Syndrome(リーキーガット症候群)だ。以前触れたことがあるが、腸管を覆う細胞が密着結合でもれなく繋がっているのだが、これらは慢性のストレスの他、化学物質や防腐剤、アルコールや砂糖、グルテンによる過敏症更にアスピリンやアセトアミノフェンなどの身近な薬剤によっても破壊さる。そして、腸管の結合が緩むと単糖分子(グルコースや果糖など)やビタミン類が血液中に入ってしまう。更に大きな未消化の断片が血液中に入ると免疫系によって異物として処理され、結果として炎症が引き起こされる。更に各種の自己抗体が出来、最悪の場合自己免疫疾患を誘発してしまう。これが、慢性疲労症候群などの原因不明の病態の原因である事が多いというのだが、この1型アルツハイマー病でも大きな原因の一つと言われている。

 ちなみにこの慢性炎症は肥満や糖尿病などの生活習慣病の発症にも大きく関わっている事が指摘されている。
ほら、体全体何処に行っても、マクロファージが関与しているでしょ。

コラムの一覧に戻る

著者プロフィール

中川 泰一 近影Dr.中川 泰一

中川クリニック 院長

1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。


バックナンバー
  1. Dr.中川泰一の
    医者が知らない医療の話
  2. 79. マクロバイオームの精神的影響について
  3. 78. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅲ
  4. 77. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅱ
  5. 76. 中国訪問記Ⅱ
  6. 75. 中国訪問記
  7. 74. 口腔内のマクロバイオームⅡ
  8. 73. 口腔内のマクロバイオーム
  9. 72. マクロバイオームの遺伝子解析
  10. 71. ベトナム訪問記Ⅱ
  11. 70. ベトナム訪問記
  12. 69. COVID-19感染の後遺症
  13. 68. 遺伝子解析
  14. 67. 口腔内・腸内マクロバイオーム
  15. 66. 癌細胞の中の細菌
  16. 65. 介護施設とコロナ
  17. 64. 訪問診療の話
  18. 63. 腸内フローラの影響
  19. 62. 腸内フローラと「若返り」、そして発癌
  20. 61. 癌治療に対する考え方Ⅱ
  21. 60. 癌治療に対する考え方
  22. 59. COVID-19 第7波
  23. 58. COVID-19のPCR検査について
  24. 57. 若返りの治療Ⅵ
  25. 56. 若返りの治療Ⅴ
  26. 55. 若返りの治療Ⅳ
  27. 54. 若返りの治療Ⅲ
  28. 53. 若返りの治療Ⅱ
  29. 52. ワクチン騒動記Ⅳ
  30. 51. ヒト幹細胞培養上清液Ⅱ
  31. 50. ヒト幹細胞培養上清液
  32. 49. 日常の診療ネタ
  33. 48. ワクチン騒動記Ⅲ
  34. 47. ワクチン騒動記Ⅱ
  35. 46. ワクチン騒動記
  36. 45. 不老不死についてⅡ
  37. 44. 不老不死について
  38. 43. 若返りの治療
  39. 42. 「発毛」について II
  40. 41. 「発毛」について
  41. 40. ちょっと有名な名誉教授とのお話し
  42. 39. COVID-19と「メモリーT細胞」?
  43. 38. COVID-19の「集団免疫」
  44. 37. COVID-19のワクチン II
  45. 36. COVID-19のワクチン
  46. 35. エクソソーム化粧品
  47. 34. エクソソーム (Exosome) − 細胞間情報伝達物質
  48. 33. 新型コロナウイルスの治療薬候補
  49. 32. 熱発と免疫力の関係
  50. 31. コロナウイルス肺炎 III
  51. 30. コロナウイルス肺炎 II
  52. 29. コロナウイルス肺炎
  53. 28. 腸内細菌叢による世代間の情報伝達
  54. 27. ストレスプログラム
  55. 26. 「ダイエット薬」のお話
  56. 25. inflammasome(インフラマゾーム)の活性化
  57. 24. マクロファージと腸内フローラ
  58. 23. NK細胞を用いたCAR-NK
  59. 22. CAR(chimeric antigen receptor)-T療法
  60. 21. 組織マクロファージ間のネットワーク
  61. 20. 肥満とマクロファージ
  62. 19. アルツハイマー病とマクロファージ
  63. 18. ミクログリアは「脳内のマクロファージ」
  64. 17. 「経口寛容」と腸内フローラ
  65. 16. 腸内フローラとアレルギー
  66. 15. マクロファージの働きは非常に多彩
  67. 14. 自然免疫の主役『マクロファージ』
  68. 13. 自然免疫と獲得免疫
  69. 12. 結核菌と癌との関係
  70. 11. BRM(Biological Response Modifiers)療法
  71. 10. 癌ワクチン(樹状細胞ワクチン)
  72. 09. 癌治療の免疫療法の種類について
  73. 08. 食物繊維の摂取量の減少と肥満
  74. 07. 免疫系に重要な役割を持つ腸内細菌
  75. 06. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(2)
  76. 05. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(1)
  77. 04. なぜ免疫療法なのか?(1)
  78. 03. がん治療の現状(3)
  79. 02. がん治療の現状(2)
  80. 01. がん治療の現状(1)

 

  • Dr.井原 裕 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
  • Dr.木下 平 がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
  • Dr.武田憲夫 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
  • Dr.一瀬幸人 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
  • Dr.菊池臣一 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
  • Dr.安藤正明 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長
  • 技術の伝承-大木永二Dr
  • 技術の伝承-赤星隆幸Dr