医者が知らない医療の話
このページをシェアする:
第18回

ミクログリアは「脳内のマクロファージ」

《 2019.03.10 》

 近年では肥満や認知症などが体内の慢性炎症によってもたらされていることが明らかになってきており、これらの疾患概念自体が変って来たのをご存知だろうか?

 癌については明らかな発癌リスク、例えば、肝細胞癌におけるC型慢性肝炎感染や胃癌におけるヘリコバクター・ピロリ菌感染など以外は「生活習慣」がイニシエーターになる。つまり、癌は「究極の生活習慣病」と説明(主張?)して来たわけだが、免疫疾患以外の様々な難病にもマクロファージが関与しているのだ。

 全身の至る臓器にマクロファージが存在すると述べた。その中でも特殊なのは脳に存在するマクロファージである「ミクログリア」だ。そもそも脳血液関門がある為、脳には白血球(つまり単球も)が入っていかない。

 ここでちょっと脳神経について。脳には大きくわけて2種類の細胞が含まれている。ニューロン(神経細胞)とそれを支えているグリア細胞(神経膠細胞)だ。グリア細胞は主に3種類ある。アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアだ。アストロサイト、オリゴデンドロサイトはじめ脳内の他の細胞は神経外胚葉に由来であるのに、ミクログリアだけは骨髄系の白血球由来だ。

 ちょっと詳しく言うと、ミクログリアの起源は血液中を循環している単球に由来するのではなく未分化な骨髄前駆細胞が脳実質中に移行し血球系の細胞とは独立した分化をとげたものであると考えられている。

 つまりマクロファージは脳を除く全ての体細胞に備わっているが、ただ唯一、脳はその防御システムである脳血液関門でその侵入を防いでいる。その為に脳専用に備わった免疫物質がミクログリアである。これが、ミクログリアが「脳内のマクロファージ」と言われる所以だ。
「マクロファージに類する細胞」ではなく機能的、広義的には「脳内のマクロファージ」で良いと思うのだが、「マクロファージとミクログリアは同様の機能であるが全く別の物質で生物細胞が神経細胞と体細胞の2系統に別れることを示唆している。」という意見もあり、確定的なことは分かっていない。

 実際他のミクログリア細胞(神経膠細胞)であるアストロサイトとオリゴデンドロサイトは特定の場所で一定の形を保ちながら機能を発揮するのに対し、ミクログリアはマクロファージ同様、通常は突起を多数伸ばして周囲の細胞に接触し, 異常がないかを監視しており、一旦脳内で何か異常が起これば直ちにそこに移動し、その働き応じて形を大きく変化させる。
ニューロンが損傷したときには長い突起が縮み太く短い多数の突起が出ている形になり、また死んだ脳細胞などを貪食するときには突起の少ない丸い形に変化する。

 免疫細胞としてのミクログリアは腫瘍細胞や細菌を殺すためサイトカインやタンパク質分 解酵素、活性酸素類を出す。しかし、これが時として過剰に働き正常なニューロンを殺してしまうこともある。
逆にミクログリアは腫瘍細胞や細菌を殺した後にニューロンにとって栄養になる物質を出してニューロンを保護する。この辺りがミクログリアの機能は「諸刃の刃」と言われている所以だ。

 健常人ではミクログリアが暴走しないよう制御する機構が働いているが、アルツハイマー病やダウン症の患者ではこの制御が効かずにミクログリアがニューロンを障害しているというのだ。

 その一方、マクロファージが老化と共に活性化が落ちるのに対して、ミクログリアは老化と同時に活性化し、アルツハイマーの抑止効果と発現因子という両方の側面をもっているという。
ややこしいですね。

コラムの一覧に戻る

著者プロフィール

中川 泰一 近影Dr.中川 泰一

中川クリニック 院長

1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。


バックナンバー
  1. Dr.中川泰一の
    医者が知らない医療の話
  2. 79. マクロバイオームの精神的影響について
  3. 78. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅲ
  4. 77. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅱ
  5. 76. 中国訪問記Ⅱ
  6. 75. 中国訪問記
  7. 74. 口腔内のマクロバイオームⅡ
  8. 73. 口腔内のマクロバイオーム
  9. 72. マクロバイオームの遺伝子解析
  10. 71. ベトナム訪問記Ⅱ
  11. 70. ベトナム訪問記
  12. 69. COVID-19感染の後遺症
  13. 68. 遺伝子解析
  14. 67. 口腔内・腸内マクロバイオーム
  15. 66. 癌細胞の中の細菌
  16. 65. 介護施設とコロナ
  17. 64. 訪問診療の話
  18. 63. 腸内フローラの影響
  19. 62. 腸内フローラと「若返り」、そして発癌
  20. 61. 癌治療に対する考え方Ⅱ
  21. 60. 癌治療に対する考え方
  22. 59. COVID-19 第7波
  23. 58. COVID-19のPCR検査について
  24. 57. 若返りの治療Ⅵ
  25. 56. 若返りの治療Ⅴ
  26. 55. 若返りの治療Ⅳ
  27. 54. 若返りの治療Ⅲ
  28. 53. 若返りの治療Ⅱ
  29. 52. ワクチン騒動記Ⅳ
  30. 51. ヒト幹細胞培養上清液Ⅱ
  31. 50. ヒト幹細胞培養上清液
  32. 49. 日常の診療ネタ
  33. 48. ワクチン騒動記Ⅲ
  34. 47. ワクチン騒動記Ⅱ
  35. 46. ワクチン騒動記
  36. 45. 不老不死についてⅡ
  37. 44. 不老不死について
  38. 43. 若返りの治療
  39. 42. 「発毛」について II
  40. 41. 「発毛」について
  41. 40. ちょっと有名な名誉教授とのお話し
  42. 39. COVID-19と「メモリーT細胞」?
  43. 38. COVID-19の「集団免疫」
  44. 37. COVID-19のワクチン II
  45. 36. COVID-19のワクチン
  46. 35. エクソソーム化粧品
  47. 34. エクソソーム (Exosome) − 細胞間情報伝達物質
  48. 33. 新型コロナウイルスの治療薬候補
  49. 32. 熱発と免疫力の関係
  50. 31. コロナウイルス肺炎 III
  51. 30. コロナウイルス肺炎 II
  52. 29. コロナウイルス肺炎
  53. 28. 腸内細菌叢による世代間の情報伝達
  54. 27. ストレスプログラム
  55. 26. 「ダイエット薬」のお話
  56. 25. inflammasome(インフラマゾーム)の活性化
  57. 24. マクロファージと腸内フローラ
  58. 23. NK細胞を用いたCAR-NK
  59. 22. CAR(chimeric antigen receptor)-T療法
  60. 21. 組織マクロファージ間のネットワーク
  61. 20. 肥満とマクロファージ
  62. 19. アルツハイマー病とマクロファージ
  63. 18. ミクログリアは「脳内のマクロファージ」
  64. 17. 「経口寛容」と腸内フローラ
  65. 16. 腸内フローラとアレルギー
  66. 15. マクロファージの働きは非常に多彩
  67. 14. 自然免疫の主役『マクロファージ』
  68. 13. 自然免疫と獲得免疫
  69. 12. 結核菌と癌との関係
  70. 11. BRM(Biological Response Modifiers)療法
  71. 10. 癌ワクチン(樹状細胞ワクチン)
  72. 09. 癌治療の免疫療法の種類について
  73. 08. 食物繊維の摂取量の減少と肥満
  74. 07. 免疫系に重要な役割を持つ腸内細菌
  75. 06. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(2)
  76. 05. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(1)
  77. 04. なぜ免疫療法なのか?(1)
  78. 03. がん治療の現状(3)
  79. 02. がん治療の現状(2)
  80. 01. がん治療の現状(1)

 

  • Dr.井原 裕 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
  • Dr.木下 平 がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
  • Dr.武田憲夫 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
  • Dr.一瀬幸人 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
  • Dr.菊池臣一 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
  • Dr.安藤正明 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長
  • 技術の伝承-大木永二Dr
  • 技術の伝承-赤星隆幸Dr