医者が知らない医療の話
このページをシェアする:
第13回

自然免疫と獲得免疫

《 2018.10.10 》

 免疫には自然免疫と獲得免疫があるのはご存知だろう

 自然免疫はマクロファージや好中球を主体として最初に異物を攻撃し破壊するとともに、その情報を樹状細胞などとT細胞に伝え、より強力な免疫システムである獲得免疫を発動さる。例えば軽い風邪なんかは自然免疫で対応できるが、重い肺炎などはより強力な獲得免疫が必要になる。つまり獲得免疫よりも自然免疫の方が低く見られていた。しかし、最近では自然免疫は獲得免疫であるT細胞をはじめとして全身の免疫系をコントロールしている事がわかって来たのだ。

 獲得免疫の発動機序は樹状細胞が中心となる。樹状細胞は食細胞の一種で強力な抗原提示細胞だ。様々な異物を貪食しそれらのペプチドを MHC(主要組織適合遺伝子複合体 major histocompatibility complex)に乗せて、感染組織からリンパ節まで移動する。免疫細胞で抹消組織からリンパ節に移動できるのは樹状細胞だけだ。そして、リンパ節ではT細胞が待ち構えていて、運んで来たペプチドと一致するレセプターを持ったT細胞(ナイーブヘルパーT細胞)だけが活性化されエフェクターT細胞となり、より特異的な免疫反応が起こる。リンパ節内でエフェクターT細胞がB細胞を活性化すると、B細胞から特異的な病原体に反応する抗体が出て「液性免疫」が発動される。さらに樹状細胞はナイーブキラーT細胞に対して異物(ウイルス感染した細胞等)の情報を伝え、活性型キラーT細胞が誘導されると末梢組織内の異物を破壊する。これと末梢組織中でエフェクターT細胞がマクロファージを活性化するのが「細胞性免疫」だ。

 異物のペプチドだけでは樹状細胞はT細胞を活性化出来ない。樹状細胞がこのペプチドと病原体の成分を認識する 受容体であるTLRレセプター(Toll-like receptor)を介して樹状細胞を刺激して補助機能分 子を出すわけだ。なぜこのような二重の認識が必要かというと、食細胞は常に何かしらの異物を貪食している。どうゆう事かと言うと、人の体は「代謝」として常に身体の組織が死んでいる。すると樹状細胞は常にそれを貪食してペプチドを出し ている。ここでペプチドだけで、T細胞を活性化して免疫反応を誘導してしまうと、ちょっとした事で自己の身体の組織に対して自己免 疫疾患が起こってしまう。 これを避けるために、樹状細胞は異物と接触した時だけもう一つの補助機能分子を出して、この2つのシグナルをT細 胞に伝えた時に初めて獲得免疫が起きる仕組みになっているのだ。

コラムの一覧に戻る

著者プロフィール

中川 泰一 近影Dr.中川 泰一

中川クリニック 院長

1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。


バックナンバー
  1. Dr.中川泰一の
    医者が知らない医療の話
  2. 85. 中国での幹細胞治療解禁
  3. 84. 過渡期に入った保険診療
  4. 83. 中国出張顛末記Ⅲ
  5. 82. 中国出張顛末記Ⅱ
  6. 81. 中国出張顛末記
  7. 80. 保険診療と自由診療
  8. 79. マクロバイオームの精神的影響について
  9. 78. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅲ
  10. 77. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅱ
  11. 76. 中国訪問記Ⅱ
  12. 75. 中国訪問記
  13. 74. 口腔内のマクロバイオームⅡ
  14. 73. 口腔内のマクロバイオーム
  15. 72. マクロバイオームの遺伝子解析
  16. 71. ベトナム訪問記Ⅱ
  17. 70. ベトナム訪問記
  18. 69. COVID-19感染の後遺症
  19. 68. 遺伝子解析
  20. 67. 口腔内・腸内マクロバイオーム
  21. 66. 癌細胞の中の細菌
  22. 65. 介護施設とコロナ
  23. 64. 訪問診療の話
  24. 63. 腸内フローラの影響
  25. 62. 腸内フローラと「若返り」、そして発癌
  26. 61. 癌治療に対する考え方Ⅱ
  27. 60. 癌治療に対する考え方
  28. 59. COVID-19 第7波
  29. 58. COVID-19のPCR検査について
  30. 57. 若返りの治療Ⅵ
  31. 56. 若返りの治療Ⅴ
  32. 55. 若返りの治療Ⅳ
  33. 54. 若返りの治療Ⅲ
  34. 53. 若返りの治療Ⅱ
  35. 52. ワクチン騒動記Ⅳ
  36. 51. ヒト幹細胞培養上清液Ⅱ
  37. 50. ヒト幹細胞培養上清液
  38. 49. 日常の診療ネタ
  39. 48. ワクチン騒動記Ⅲ
  40. 47. ワクチン騒動記Ⅱ
  41. 46. ワクチン騒動記
  42. 45. 不老不死についてⅡ
  43. 44. 不老不死について
  44. 43. 若返りの治療
  45. 42. 「発毛」について II
  46. 41. 「発毛」について
  47. 40. ちょっと有名な名誉教授とのお話し
  48. 39. COVID-19と「メモリーT細胞」?
  49. 38. COVID-19の「集団免疫」
  50. 37. COVID-19のワクチン II
  51. 36. COVID-19のワクチン
  52. 35. エクソソーム化粧品
  53. 34. エクソソーム (Exosome) − 細胞間情報伝達物質
  54. 33. 新型コロナウイルスの治療薬候補
  55. 32. 熱発と免疫力の関係
  56. 31. コロナウイルス肺炎 III
  57. 30. コロナウイルス肺炎 II
  58. 29. コロナウイルス肺炎
  59. 28. 腸内細菌叢による世代間の情報伝達
  60. 27. ストレスプログラム
  61. 26. 「ダイエット薬」のお話
  62. 25. inflammasome(インフラマゾーム)の活性化
  63. 24. マクロファージと腸内フローラ
  64. 23. NK細胞を用いたCAR-NK
  65. 22. CAR(chimeric antigen receptor)-T療法
  66. 21. 組織マクロファージ間のネットワーク
  67. 20. 肥満とマクロファージ
  68. 19. アルツハイマー病とマクロファージ
  69. 18. ミクログリアは「脳内のマクロファージ」
  70. 17. 「経口寛容」と腸内フローラ
  71. 16. 腸内フローラとアレルギー
  72. 15. マクロファージの働きは非常に多彩
  73. 14. 自然免疫の主役『マクロファージ』
  74. 13. 自然免疫と獲得免疫
  75. 12. 結核菌と癌との関係
  76. 11. BRM(Biological Response Modifiers)療法
  77. 10. 癌ワクチン(樹状細胞ワクチン)
  78. 09. 癌治療の免疫療法の種類について
  79. 08. 食物繊維の摂取量の減少と肥満
  80. 07. 免疫系に重要な役割を持つ腸内細菌
  81. 06. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(2)
  82. 05. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(1)
  83. 04. なぜ免疫療法なのか?(1)
  84. 03. がん治療の現状(3)
  85. 02. がん治療の現状(2)
  86. 01. がん治療の現状(1)

 

  • Dr.井原 裕 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
  • Dr.木下 平 がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
  • Dr.武田憲夫 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
  • Dr.一瀬幸人 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
  • Dr.菊池臣一 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
  • Dr.安藤正明 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長
  • 技術の伝承-大木永二Dr
  • 技術の伝承-赤星隆幸Dr