医者が知らない医療の話
このページをシェアする:
第9回

癌治療の免疫療法の種類について

《 2018.6.10 》

 前回までで、腸内細菌などの「免疫系治療」をざっくりと説明した。これなどは免疫を「調整する」ことが可能で、単に免疫力強化だけでなく免疫過剰の状態を適正にすることができる。その他自閉症などについても有効なことはすでに述べた。
 ところで、癌治療に関しての免疫療法だが、以前少し触れたが、色々な名前の療法があり混乱し易いと思う。更に「オリジナル」を強調する為かクリニックが独自の名前をつけた免疫療法があったりで、なんかややこしい事になってる。そこで現在行われているものでどのような種類の免疫療法があるか説明して行こう。

リンパ球活性化療法

 免疫細胞療法とも言われる。かつては養子免疫療法やLAK療法と呼ばれていたもので、免疫療法の代表的な治療法だろう。
元々は。IL-2によりリンパ球が増殖できる事がわかってから、体内にIL-2を入れてリンパ球を増殖させようとした試みが行われた。この方法は現在でも一部で行われているようだが、副作用が出たり、あまり効果が出なかったりで結果的に言うと上手くいかなかった。その代わりとして、採血により体外にリンパ球を取り出して培養し、点滴により再び体内に戻すと言う方法が考案された。
これが、現在も行われており、その中でもリンパ球の中の7~8割を占めるαβ(アルファーベーター)T細胞を活性化し増殖するのが「アルファ・ベータT細胞療法」だ。これがリンパ球活性化療法の主流だが、ごく僅かにγδ(ガンマーデルタ)型がある。近年ではこのγδ(ガンマーデルタ)型も癌細胞を攻撃する能力がある事が報告されている。ただし、リンパ球全体の2〜3%程度と割合が低いので、これだけ培養しての治療はこれからだが可能性はあると思う。

NK(ナチュラルキラー)細胞療法

 その他、癌を攻撃する主な免疫細胞は、細胞傷害性Tリンパ球(CTL)とナチュラルキラー(NK)細胞と考えられている。CTLは癌細胞のMHC-class I分子と抗原ペプチドの2つを認識しないと癌を攻撃できない。一方、NK細胞は逆にMHC分子を発現していない細胞を攻撃する。この為NK細胞の方が癌が抗原提示を逃れた場合も攻撃し易い。まぁ「自然免疫」だから。
そこで、このNK細胞を採血により体外にリンパ球を取り出して培養し、点滴により再び体内に戻す方法。先のリンパ球活性化療法と同じような過程の治療法。 10年ほど前にNK療法が出て来た時はかなり画期的と思われたが、結局はαβ(アルファーベーター)リンパ球と大きな差は見出せなかった。それに私見だが、純粋にNK細胞だけ培養しようとするとαβ(アルファーベーター)リンパ球は捨てねばならないなど、「勿体ない」感じもした。現在も「NK療法」を謳っているクリニックもあるが、実はαβ(アルファーベーター)リンパ球も一緒に培養されているケースが多いと思う。培養液の関係でそう言うことが可能になったのと、先ほど行ったように「勿体ない」からだ。
培養を外部に委託しているところは知らないままのケースもあるみたいだけどね。

コラムの一覧に戻る

著者プロフィール

中川 泰一 近影Dr.中川 泰一

中川クリニック 院長

1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。


バックナンバー
  1. Dr.中川泰一の
    医者が知らない医療の話
  2. 79. マクロバイオームの精神的影響について
  3. 78. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅲ
  4. 77. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅱ
  5. 76. 中国訪問記Ⅱ
  6. 75. 中国訪問記
  7. 74. 口腔内のマクロバイオームⅡ
  8. 73. 口腔内のマクロバイオーム
  9. 72. マクロバイオームの遺伝子解析
  10. 71. ベトナム訪問記Ⅱ
  11. 70. ベトナム訪問記
  12. 69. COVID-19感染の後遺症
  13. 68. 遺伝子解析
  14. 67. 口腔内・腸内マクロバイオーム
  15. 66. 癌細胞の中の細菌
  16. 65. 介護施設とコロナ
  17. 64. 訪問診療の話
  18. 63. 腸内フローラの影響
  19. 62. 腸内フローラと「若返り」、そして発癌
  20. 61. 癌治療に対する考え方Ⅱ
  21. 60. 癌治療に対する考え方
  22. 59. COVID-19 第7波
  23. 58. COVID-19のPCR検査について
  24. 57. 若返りの治療Ⅵ
  25. 56. 若返りの治療Ⅴ
  26. 55. 若返りの治療Ⅳ
  27. 54. 若返りの治療Ⅲ
  28. 53. 若返りの治療Ⅱ
  29. 52. ワクチン騒動記Ⅳ
  30. 51. ヒト幹細胞培養上清液Ⅱ
  31. 50. ヒト幹細胞培養上清液
  32. 49. 日常の診療ネタ
  33. 48. ワクチン騒動記Ⅲ
  34. 47. ワクチン騒動記Ⅱ
  35. 46. ワクチン騒動記
  36. 45. 不老不死についてⅡ
  37. 44. 不老不死について
  38. 43. 若返りの治療
  39. 42. 「発毛」について II
  40. 41. 「発毛」について
  41. 40. ちょっと有名な名誉教授とのお話し
  42. 39. COVID-19と「メモリーT細胞」?
  43. 38. COVID-19の「集団免疫」
  44. 37. COVID-19のワクチン II
  45. 36. COVID-19のワクチン
  46. 35. エクソソーム化粧品
  47. 34. エクソソーム (Exosome) − 細胞間情報伝達物質
  48. 33. 新型コロナウイルスの治療薬候補
  49. 32. 熱発と免疫力の関係
  50. 31. コロナウイルス肺炎 III
  51. 30. コロナウイルス肺炎 II
  52. 29. コロナウイルス肺炎
  53. 28. 腸内細菌叢による世代間の情報伝達
  54. 27. ストレスプログラム
  55. 26. 「ダイエット薬」のお話
  56. 25. inflammasome(インフラマゾーム)の活性化
  57. 24. マクロファージと腸内フローラ
  58. 23. NK細胞を用いたCAR-NK
  59. 22. CAR(chimeric antigen receptor)-T療法
  60. 21. 組織マクロファージ間のネットワーク
  61. 20. 肥満とマクロファージ
  62. 19. アルツハイマー病とマクロファージ
  63. 18. ミクログリアは「脳内のマクロファージ」
  64. 17. 「経口寛容」と腸内フローラ
  65. 16. 腸内フローラとアレルギー
  66. 15. マクロファージの働きは非常に多彩
  67. 14. 自然免疫の主役『マクロファージ』
  68. 13. 自然免疫と獲得免疫
  69. 12. 結核菌と癌との関係
  70. 11. BRM(Biological Response Modifiers)療法
  71. 10. 癌ワクチン(樹状細胞ワクチン)
  72. 09. 癌治療の免疫療法の種類について
  73. 08. 食物繊維の摂取量の減少と肥満
  74. 07. 免疫系に重要な役割を持つ腸内細菌
  75. 06. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(2)
  76. 05. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(1)
  77. 04. なぜ免疫療法なのか?(1)
  78. 03. がん治療の現状(3)
  79. 02. がん治療の現状(2)
  80. 01. がん治療の現状(1)

 

  • Dr.井原 裕 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
  • Dr.木下 平 がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
  • Dr.武田憲夫 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
  • Dr.一瀬幸人 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
  • Dr.菊池臣一 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
  • Dr.安藤正明 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長
  • 技術の伝承-大木永二Dr
  • 技術の伝承-赤星隆幸Dr