第8回
食物繊維の摂取量の減少と肥満
免疫系と腸内細菌の関係へと話が進んだのだが、どうも肥満に対する関心が高いようで。そこで今回はもう少し掘り下げてみよう。以前、肥満は単にカロリー摂取だけでは説明できない。腸内細菌の分布により体内にどれだけ吸収されるかが大切と書いた。じゃどうすればいいの?を書いてないから突き放したように思われたみたいだ。
肥満の原因は脂肪と糖の摂取が増えた為と思うだろう?ところが、意外なことにそうでは無いのだ。脂肪摂取量とBMI(Body Mass Index )値との関係を脂肪摂取量の多い国と少ない国で比較したところ、男性は相関性が見られず、女性に至っては低い国の方がBMI値は高かった。糖の摂取量も1980年代から2000年代には約15%減少しているにも関わらず肥満者は増え続けている。
勿論、だからと言って脂肪と糖はいくらとっても肥満に関係ないわけでないので、念のため。
では、何が原因だろう?抗生物質の影響などは以前書いた。しかし、もっと日常的な食事の影響が大きいのは言うまでもない。ここで、発想を変えてみよう。何が増えたかでは無く何が減ったかだ。なんだと思いますか?
正解は「食物繊維」。1940年代に比べ2000年代は食物繊維の摂取量が約70%も減っている。食物繊維に富む食品を摂っていると、以前にも登場した痩せた人の腸内細菌に多い「バクテロイデーデス門」の細菌が増えるのだ。人は摂取する食物の種類によって腸内細菌の比率が変わる。植物性食品が多い時はそれから栄養分を吸収しやすい細菌が増え、動物性食品が多い時にはそれに適した細菌が増える。それはほんの数日で変化する。
つまり、人は季節によって得られる食物が変わっても、それらに最適な腸内細菌の比率を変えることにより最大限の栄養を吸収するように出来ている。これは、太古よりほんの数十年前まで飢餓に対して如何にして食物から多くの栄養を摂るかが深刻な問題であったからだ。人の身体が腸内細菌を上手に使って解決法を見出したのだ。ところが、近年では人が十分な食事が取れるようになった事で逆効果となってしまった。肥満をはじめとする生活習慣病の根本的な原因はここにある。日常的に高栄養価の食物が簡単に手に入る。いや、周りはそのような食べ物ばかりで、「自然食品」などむしろ特別扱いになっている。「うまいものは脂肪と糖で出来ている。」とはどこかのCMだったが、蓋し名言ではなかろうか。生活習慣病とは普通に生活していても病気になるという事だ。用心しないと普通に生活して居たら病気になってしまうとは、現代も恵まれているのかどうかよく分からない。みなさんも御用心あれ。まぁ自戒も込めてですが。
脂肪分の多い食事をとっていると、そこから栄養分を吸収しやすい腸内細菌が増える。日頃、脂肪分の少ない食事をとっている人と比べると、同じ量の脂肪を摂取しても余計に栄養分を吸収してしまうのだ。これは糖についても同じことで、日常的な食習慣が肥満を助長しているのだ。このような高脂質で糖分の多い食生活だと、単に高カロリーの食事をしているだけでなく、より多くの栄養分を吸収してしまう体質になっているという事だ。
いわゆる痩せ菌の「アッカーマンシア」は腸壁の粘膜層を肥厚させ、脂肪組織を肥大化させる「リポ多糖類」が腸壁を超えて血液に入り込むのを防ぐ事によって体重増加を阻止している。せっかく、腸内フローラ移植でこのアッカーマンシアを移植しても、これを維持し増加させないと元に戻ってしまう。そのためには食物繊維の多い食事をとることが大切だ。特にフラクトオリゴ糖はビフィズス菌も増殖させる。ビフィズス菌はフラクトオリゴ糖を分解して腸内pHを下げ腸内環境を整える。ビフィズス菌の効用は一般的にも良く言われているのでご存知だろう。身近な食品でフラクトオリゴ糖を多く含むものは玉ねぎ、ニンニク、ゴボウ、バナナなどだ。
結論として肥満対策は従来通り脂肪と糖(炭水化物も)を控える。ただし、それ以上に大切なのは食物繊維をよく摂る事。ここが今回のキモだ。無理な食事制限しなくても(多少はしないとダメですよ。)食物繊維を豊富に摂る事で痩せる体質になるという事だ。だから、腸内フローラ移植してもケンタッキーに駆け込むような輩はダメなのだよ。
著者プロフィール
Dr.中川 泰一
中川クリニック 院長
1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。
- Dr.中川泰一の
医者が知らない医療の話 - 85. 中国での幹細胞治療解禁
- 84. 過渡期に入った保険診療
- 83. 中国出張顛末記Ⅲ
- 82. 中国出張顛末記Ⅱ
- 81. 中国出張顛末記
- 80. 保険診療と自由診療
- 79. マクロバイオームの精神的影響について
- 78. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅲ
- 77. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅱ
- 76. 中国訪問記Ⅱ
- 75. 中国訪問記
- 74. 口腔内のマクロバイオームⅡ
- 73. 口腔内のマクロバイオーム
- 72. マクロバイオームの遺伝子解析
- 71. ベトナム訪問記Ⅱ
- 70. ベトナム訪問記
- 69. COVID-19感染の後遺症
- 68. 遺伝子解析
- 67. 口腔内・腸内マクロバイオーム
- 66. 癌細胞の中の細菌
- 65. 介護施設とコロナ
- 64. 訪問診療の話
- 63. 腸内フローラの影響
- 62. 腸内フローラと「若返り」、そして発癌
- 61. 癌治療に対する考え方Ⅱ
- 60. 癌治療に対する考え方
- 59. COVID-19 第7波
- 58. COVID-19のPCR検査について
- 57. 若返りの治療Ⅵ
- 56. 若返りの治療Ⅴ
- 55. 若返りの治療Ⅳ
- 54. 若返りの治療Ⅲ
- 53. 若返りの治療Ⅱ
- 52. ワクチン騒動記Ⅳ
- 51. ヒト幹細胞培養上清液Ⅱ
- 50. ヒト幹細胞培養上清液
- 49. 日常の診療ネタ
- 48. ワクチン騒動記Ⅲ
- 47. ワクチン騒動記Ⅱ
- 46. ワクチン騒動記
- 45. 不老不死についてⅡ
- 44. 不老不死について
- 43. 若返りの治療
- 42. 「発毛」について II
- 41. 「発毛」について
- 40. ちょっと有名な名誉教授とのお話し
- 39. COVID-19と「メモリーT細胞」?
- 38. COVID-19の「集団免疫」
- 37. COVID-19のワクチン II
- 36. COVID-19のワクチン
- 35. エクソソーム化粧品
- 34. エクソソーム (Exosome) − 細胞間情報伝達物質
- 33. 新型コロナウイルスの治療薬候補
- 32. 熱発と免疫力の関係
- 31. コロナウイルス肺炎 III
- 30. コロナウイルス肺炎 II
- 29. コロナウイルス肺炎
- 28. 腸内細菌叢による世代間の情報伝達
- 27. ストレスプログラム
- 26. 「ダイエット薬」のお話
- 25. inflammasome(インフラマゾーム)の活性化
- 24. マクロファージと腸内フローラ
- 23. NK細胞を用いたCAR-NK
- 22. CAR(chimeric antigen receptor)-T療法
- 21. 組織マクロファージ間のネットワーク
- 20. 肥満とマクロファージ
- 19. アルツハイマー病とマクロファージ
- 18. ミクログリアは「脳内のマクロファージ」
- 17. 「経口寛容」と腸内フローラ
- 16. 腸内フローラとアレルギー
- 15. マクロファージの働きは非常に多彩
- 14. 自然免疫の主役『マクロファージ』
- 13. 自然免疫と獲得免疫
- 12. 結核菌と癌との関係
- 11. BRM(Biological Response Modifiers)療法
- 10. 癌ワクチン(樹状細胞ワクチン)
- 09. 癌治療の免疫療法の種類について
- 08. 食物繊維の摂取量の減少と肥満
- 07. 免疫系に重要な役割を持つ腸内細菌
- 06. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(2)
- 05. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(1)
- 04. なぜ免疫療法なのか?(1)
- 03. がん治療の現状(3)
- 02. がん治療の現状(2)
- 01. がん治療の現状(1)
- 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
- がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
- 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
- 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
- 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
- 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長