第7回
免疫系に重要な役割を持つ腸内細菌
「免疫とは非自己を見つけ出し破壊する作用である」と思っていないだろうか?
もう少し詳しく言うなら「非自己」に癌細胞などの「異常な自己細胞」を加えても良い。自己の細胞を攻撃するのは免疫システムの異常で「自己免疫性疾患」とされている。ところが免疫系は自己を攻撃することもあるし、非自己を攻撃しない事もある。
アポトーシスはご存知だろう。プログラミング死の事だ。人が胚から体を形成していくときにも発動するのだが、余分な部分を処理していくのは免疫細胞である貪食細胞だ。胎児期の特殊な状況だけではない。日常においても、記憶を忘却するには神経細胞の接合部を処理しなければならない。これも貪食細胞、主にはマクロファージの役目だ。自閉症などはこの部分がうまくいかず、記憶が消えないから異常な記憶力となるのだ。この辺りは腸内フローラの関与が大きいことは以前書いた。腸内フローラとマクロファージとは密接な関係があるのだが、これは後程。
腸管などの主に粘膜系の免疫システムが複雑なことは以前触れた。食物の分子や空気中の塵などをいちいち攻撃したりはしない。危険性のないものは放っておかれるのである。
腸内フローラと呼ばれる微生物群も免疫系から隠れているわけではない。人類の進化の過程で必要な微生物は攻撃されないように免疫系に働きかけているのだ。
免疫は促進と抑制でコントロールされなければならない。抑制に関与しているのが制御性T細胞(Regulatory T cellのこと。Suppressor T cellとは違う)だ。この制御性T細胞を、人体に定着した腸内微生物群はコントロールしているというのだ。腸内細菌の中でも数の多いバクテロイデス・フラジリスは、多糖類A(PolysAccharide、略してPSA)という物質を産生し、細胞表面から放出する。これが腸内で免疫細胞に貪食されるとPSAが制御性T細胞を起動させる。そして、制御性T細胞は免疫細胞にバクテロイデス・フラジリスを攻撃しないよう指令を送る。
免疫異常、特に免疫過剰による疾患は有効な治療法がない。腸内細菌が免疫系に非常に重要な役割を果たしている事、なんとなく分かって頂けましたか?
著者プロフィール
Dr.中川 泰一
中川クリニック 院長
1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。
- Dr.中川泰一の
医者が知らない医療の話 - 85. 中国での幹細胞治療解禁
- 84. 過渡期に入った保険診療
- 83. 中国出張顛末記Ⅲ
- 82. 中国出張顛末記Ⅱ
- 81. 中国出張顛末記
- 80. 保険診療と自由診療
- 79. マクロバイオームの精神的影響について
- 78. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅲ
- 77. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅱ
- 76. 中国訪問記Ⅱ
- 75. 中国訪問記
- 74. 口腔内のマクロバイオームⅡ
- 73. 口腔内のマクロバイオーム
- 72. マクロバイオームの遺伝子解析
- 71. ベトナム訪問記Ⅱ
- 70. ベトナム訪問記
- 69. COVID-19感染の後遺症
- 68. 遺伝子解析
- 67. 口腔内・腸内マクロバイオーム
- 66. 癌細胞の中の細菌
- 65. 介護施設とコロナ
- 64. 訪問診療の話
- 63. 腸内フローラの影響
- 62. 腸内フローラと「若返り」、そして発癌
- 61. 癌治療に対する考え方Ⅱ
- 60. 癌治療に対する考え方
- 59. COVID-19 第7波
- 58. COVID-19のPCR検査について
- 57. 若返りの治療Ⅵ
- 56. 若返りの治療Ⅴ
- 55. 若返りの治療Ⅳ
- 54. 若返りの治療Ⅲ
- 53. 若返りの治療Ⅱ
- 52. ワクチン騒動記Ⅳ
- 51. ヒト幹細胞培養上清液Ⅱ
- 50. ヒト幹細胞培養上清液
- 49. 日常の診療ネタ
- 48. ワクチン騒動記Ⅲ
- 47. ワクチン騒動記Ⅱ
- 46. ワクチン騒動記
- 45. 不老不死についてⅡ
- 44. 不老不死について
- 43. 若返りの治療
- 42. 「発毛」について II
- 41. 「発毛」について
- 40. ちょっと有名な名誉教授とのお話し
- 39. COVID-19と「メモリーT細胞」?
- 38. COVID-19の「集団免疫」
- 37. COVID-19のワクチン II
- 36. COVID-19のワクチン
- 35. エクソソーム化粧品
- 34. エクソソーム (Exosome) − 細胞間情報伝達物質
- 33. 新型コロナウイルスの治療薬候補
- 32. 熱発と免疫力の関係
- 31. コロナウイルス肺炎 III
- 30. コロナウイルス肺炎 II
- 29. コロナウイルス肺炎
- 28. 腸内細菌叢による世代間の情報伝達
- 27. ストレスプログラム
- 26. 「ダイエット薬」のお話
- 25. inflammasome(インフラマゾーム)の活性化
- 24. マクロファージと腸内フローラ
- 23. NK細胞を用いたCAR-NK
- 22. CAR(chimeric antigen receptor)-T療法
- 21. 組織マクロファージ間のネットワーク
- 20. 肥満とマクロファージ
- 19. アルツハイマー病とマクロファージ
- 18. ミクログリアは「脳内のマクロファージ」
- 17. 「経口寛容」と腸内フローラ
- 16. 腸内フローラとアレルギー
- 15. マクロファージの働きは非常に多彩
- 14. 自然免疫の主役『マクロファージ』
- 13. 自然免疫と獲得免疫
- 12. 結核菌と癌との関係
- 11. BRM(Biological Response Modifiers)療法
- 10. 癌ワクチン(樹状細胞ワクチン)
- 09. 癌治療の免疫療法の種類について
- 08. 食物繊維の摂取量の減少と肥満
- 07. 免疫系に重要な役割を持つ腸内細菌
- 06. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(2)
- 05. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(1)
- 04. なぜ免疫療法なのか?(1)
- 03. がん治療の現状(3)
- 02. がん治療の現状(2)
- 01. がん治療の現状(1)
- 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
- がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
- 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
- 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
- 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
- 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長