私が500ドルで買ったデトロイトの家を、隣人たちの助けで再建した話(13:44)

ドゥルー・フィルプ(Drew Philp)
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対訳テキスト
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2009年に デトロイトで 500ドルの家を買いました 窓も 配管も 電気もなく ゴミだらけでした 1階には 5トン近くの廃棄物があり 中には ファミリー向けの バンの大部分を 電ノコでぶつ切りに したものも含まれていました

(笑)

私の生活は2年近く暖房なしで 銃声で 深い眠りから覚めたことは 一度や二度ではなく 野犬の群れに襲撃されたり 私の家の食器棚は 廃校になった校舎の 解体中の現場から 失敬してきたものでした

これはもちろん 皆さんが耳にする デトロイトそのものです 間違いなく 現実です でも デトロイトには別の面もあります デトロイトのもう一つの側面は もっと希望があり もっと革新的で 全国で 再生に苦心する都市への 何らかの答えとなるかもしれません でも その答えは必ずしも 良い発展という社会通念に 沿ったものではありません 詰まる所 デトロイトの真の力は 次の2語になると思います 「一歩踏み込んだ 近所づきあい (radical neighbourliness)」です 私自身 そこに住んで初めて それを理解しました

約10年前 私が デトロイトに移った時 友も仕事もお金もありませんでした 当時は まるで誰もがデトロイトから 出て行くかのようでした 2000年から2010年の間に 人口の25%がデトロイトから流出しました 児童は ほぼ半数になりました 60年に及ぶ衰退の後の出来事でした 約200万人都市の人口が 80万人足らずまで落ち込みました

あまり知られてはいませんが 遠隔地に転出したわけではありません デトロイトの都市圏自体の人口は 1970年代以降 概ね落ち着いています デトロイトを去った人の多くは 郊外に移っただけで その一方 市内の 139平方マイル区域は荒廃し 推定40平方マイルもの土地が 放棄されました ほぼサンフランシスコに相当する面積です

「産業の空洞化」という曖昧で 動作主体の存在しない言葉を除けば デトロイトの人口流出は 次の2つの構造に要約できます 「高速道路と壁」です 高速道路は — インフラ整備や 住宅ローンの名目で 自治体から巨額の助成金が 郊外向けに給付されたことと相まって 市民が好き勝手に 市街を離れる後押しとなり それとともに課税対象と雇用と 教育資金も流出しました 「壁」のせいで 然るべき人しか 市を出られなくなったのは確かです 複数の地域で レンガとコンクリートの壁が 都市部と郊外を分離し 白人と黒人を隔て その壁は 市道をまっすぐに横切って 隣近所を分断しました 壁が体現しているのは 人種差別的な住宅供給の習慣— 例えば「赤線引き」

[有色人種にサービスを提供しないこと]

制限契約条項 そして あからさまな恐怖です 1971年 白人至上主義のKKKが 10台の通学バスを爆破しました 白人と黒人を一緒に乗せるくらいなら というわけです こういったことが起こって デトロイトは最も人種差別の根強い 合衆国の都市圏となっています

私はミシガン州の小さな町で ブルーカラーの家庭で育ちました 大学卒業後 私は 人助けをしたいと思いました 青臭い考えだったかもしれません 当時 大学卒業者の50%近くが 州を去りましたが 私はそうしたいとは思わず 自慢の学士号を 地元で何か前向きなことに 使おうと考えました 当時 アメリカの偉大な哲学者の グレイス・リー・ボッグスの著作を読んでいて 彼女は 偶然デトロイト在住で 忘れられない言葉を残しました 「これまでにやった一番斬新なことは 毅然ととどまったことでした」と

私は 家を買えば この町と深い関係を 築けるかもしれないと考えました 一方 「壁と高速道路」に体当たりの 抗議活動をしようと考えました 助成金やローンは 誰にでも 利用できるものではなかったので 助成金やローンに頼らずに 家を購入することにし 自力で戦うと決めました 戦う相手は 私の幼少期を 電動工具の騒音で悩ませた市です

最終的に私はポールタウンという地区で 廃屋を見つけました まるで黙示録の世界のようでした 周囲は草原で 腰の高さの 草むらが広がるなかに 傾き 廃屋となった建物が 点在していて 数人の頑固者が 家を手入れして住んでいました ダウンタウンの 野球場から自転車で ほんの15分ほどの所 — 界隈は 全くの田舎でした 取り残された家々は まるで雨ざらしの段ボール箱のようでした 殻がぱっくりと開き 玄関ポーチは溶けた 2階建ての奇怪な怪物のようでした 覚えている中で最も衝撃的だったものは バラの茂みで 誰も管理する人のない 崩れ落ちたフェンスを覆うように 人知れず茂っていました

これは 購入した家を 板で囲った日に撮影したもの — 風雨や これ以上の崩壊から 家屋を守るための板囲いです 私は 最終的にこの家を 競売で郡から購入しました 私は 近所づきあいは 崩壊していると考えていました パイオニアになったような気分でした

全くの間違いでした 私は パイオニアなどではなく その考えがいかに攻撃的かを 理解するようになりました 私が最初に学んだことの1つは コーラスに加わることであって 現状を上書きすることではありませんでした (途切れがちな口調で)コミュニティは 崩壊していなかったからです そこに住んでいない者には 分かりづらいだけで 形を変えて存続していました ポールタウンにあったのは 信じられないほど リソースが豊富で 信じられないほど 知的で 打たれ強いコミュニティでした 私は 「一歩踏み込んだ近所づきあい」の力を ポールタウンで 初めて経験しました

住み始める前に 家の修繕をしていた1年間 私は ポールタウンの中の 小さなコミュニティに住んでいました 創設者は 野趣味のある高潔な農家の ポール・ワーツでした ポールは かつてデトロイトで 公立学校の教師として 妊娠中や 子育て中の母親を 教えていました ポールの教育法は 動植物を育てることで 若い女性たちに 子育てを教えるというものでした 妊娠した10代の女性が高校を卒業する割合は 全米平均で40%ですが キャサリン・ファーガソン・アカデミーでは しばしば9割を超えました ポールの工夫も これに貢献しています

彼は 自分が住むポールタウンの一画に 多くの革新をもたらしました そこは彼が 30年以上 率いてきた区画で 家屋に住む人がいなくなると それを購入して 友人を説得して 入居してもらい 隣人にとどまるように説得し 自宅の購入や修繕を望む人の 手助けをしていました 近隣の区画の多くでは 家が1、2軒しか残っていない状況でしたが ポールの住む区画では 全部の家屋が建っています これこそコミュニティの 力の証明であり そこに留まって 身の回りや自分ですることに 責任を負っている証なのです

そこは 隣近所に黒人の医師や 白人のヒップスターや ハンガリーからの移民の母親たちや ベリーズのジャングルから来た 才能溢れる作家などが住み 私が学んだのは デトロイトは黒人と白人だけでないこと そして 多様性は 育めば花が開くということでした 毎年 隣人たちは 区画の家畜飼料用の 干し草をブロックにするために集まります そこから私が学ぶのは 小さな集団の人々でも一緒に働けば どれほど多くのことができるか そして 空想的であっても 実践的な アイデアが人を惹きつける力です

一歩踏み込んだ近所づきあいとは ポールの住む区画を背景とした全家屋が ゴミと諦めで一杯にさせないことです ポールと周辺のコミュニティが 巨大な円形の庭を作り出し その周囲を 望めば誰でも利用できる 何十本もの果実のなる木と 蜜蜂の巣と 庭地を配置しました 私は 自分たちの苦労は往々にして 資産となり得るのだと理解しました 住民たちが 再生可能エネルギーや 都市農業の実験を行い 自分たちのスキルや知識を 他者に提供することで 必ずしも 行政に頭を下げなくても 解決できることを示しています 自分たちで始めたらいいのだと また ある隣人は何ヶ月も 玄関の鍵を開けておいてくれました アメリカで最も暴力的で 危険な都市でのことです 私の所にシャワーがなかったので 仕事に行く時に いつでも 使えるようにしてくれたのです 私の家に 梁を渡す 作業をすることになった時 — 建物が倒れないようにするためです — 通りの向こうの 廃墟のリサイクル工場の 壁一つ建ってないところから 私が切り出して来た梁でしたが — ポールタウンの住民が10人余 手作業で 梁を持ち上げるのを手伝ってくれました

一歩踏み込んだ近所づきあいは 成長してある種の世界観を生み出す受精卵で その世界観が行き着く先は 人と環境に敬意を払いながら再建された 家とコミュニティです それは 行政が行おうとしない時でも 私たちには 共に世界を新しく作る力があり 自力でやり遂げることができると 気づくことです

これは みなさんがあまり聞かない デトロイトの側面です デトロイトには 廃墟むき出しの一面と ヒップスターのコーヒーショップや デトロイトを救おうとする 大金持ちがいる一面があります でも 再建には 第三の方法があります そのやり方は 過去と同じ過ちを 繰り返すことを拒否します

私は自分の家を建てている時 知らず知らずの間に 自分で求めていたものを見つけました それは 多くのミレニアル世代たちや デトロイトに戻って来ようとしている 人々が 求めていたものです 「一歩踏み込んだ近所づきあい」とは まさに「真のコミュニティ」の同義語で 記憶と歴史で結ばれる類のものであり 長い年月に渡って築かれた相互信頼と 親しさであって かけがえのないものです

さて みなさん 既にお聞きかもしれませんが デトロイトは復興期を迎え 絶望という灰の中から 不死鳥のように 立ち上がろうとしています そして デトロイトから逃げ出した人たちの 子供や孫の世代が 戻って来ています これは事実です ただ 事実と違うのは この復興が ほとんどのデトロイト市民に届いているとか 市の中心部に住んでいない ごく少数の住民以外にも 届いているということです それは 何世代もの間 デトロイトに とどまり続けている人々であり ほとんどが黒人です

2016年 — 去年だけで (声を詰まらせながら) デトロイトの6戸に1戸が 水を止められました すみません 国連は これを 人権の侵害と呼びました また2005年以降 3戸に1戸が — 考えてもみてください — デトロイトで 3戸につき1戸が 差し押さえられました この数字は ニューヨーク州の バッファローの人口とほぼ同じです

(鼻をすする)

3戸に1戸の家が差し押さえられるのは 個人の責任感が危機的状況にあるからではなく 市全体の問題なのです

多くのデトロイト市民が 私を含めて 復興に便乗して 今や 人種差別がデトロイトそのものに 戻って来ているのではと懸念しています 10年前は デトロイト市内のどこへ行っても 全く白人だけのグループに 入ることは不可能でした でも現在は 困ったことに これが可能です これは 従来型の経済復興に対して 我々が払っている代償です 私たちは 2つのデトロイト 2階級の市民を作り出し コミュニティを分断しています

金銭や助成金 たくさんの街灯設置 新しい球場や 優雅な広告や 景気のいい話の一方で 世界一 水の豊かな グレイトレイクのすぐそばに住む 何万人もの人々の 水道を止めているのです

分断は 常に不公平さを意味します これは 私たち皆にとって重大な過ちです コミュニティの犠牲の上に 経済的発展が 成り立つ時 誰かが 家を失うとか 水道を止められるとか 傷つくとかだけではなく 私たちの人間性の一部もまた 壊れます

私たちが 真に自由になり 真に快適に暮らすには 隣人もそうでなければなりません それはデトロイトにくる人々にとって コミュニティの破壊に 意図せず手を貸すことが 二度と起きないようにすることであり 長年この問題に 取り組んできた人々の先導に 従うべきということです デトロイト市街では 水道を止められた人々のために 給水所や 水道システムを作るのを 一般市民が代行することです また 牧師や教師が市民の不服従行動として 水道を止めにくるトラックを 妨害することです 市民団体が 差し押さえられた 住民のために家を買い戻したり SNSや ボランティア運営の ホットラインを使って デマに対抗することです

私にとっては かつて廃墟だった家の 梁を上げるのに手を貸したり 持ち上げるのを手伝ったり どんどん増える裕福な転入者に 責任を持って知識を伝え いかに 既存のコミュニティに ストレスを与えることなく そこに移り住んで サポートできるかを伝えることです 小さなグループで 差し押さえられた家を買い戻して 家の権利書を 居住者に返そうと 決めたら カンパを募ります

みなさんにとって 私たちみんなにとって 自分が住んでいるコミュニティで 自分の役割を見つけることを意味します それは 自分が住みたいと願う社会の 表れとして 自分の生活をすることです それは 問題を熟知し その問題を生活の中に抱え 解決法を持つ人を 信頼する事を意味します

私に第三の方法が可能だと分かるのは そのような生活の経験があるからです 私は 現在 世界で一番悪評の高い都市の1つの ポールタウンと呼ばれるところに 住んでいます 私たちが デトロイトで実現できるのなら どの都市でも実現できます

ここ10年以上かけて 自分の家を建てて 私が学んだことは 電気や配管や大工の ことばかりではありません — それらは確かに学びましたが — 真実の 本物の変化は コミュニティと共に — 隣人とは何か 一歩踏み込んで 考えることから始まるということです そのおかげで 少なくとも一戸の廃屋が わが家に生まれ変わったのです

ありがとうございました

(拍手)

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このプレゼンテーションについて

ジャーナリストで劇作家のドゥルー・フィルプは、2009年にデトロイトで廃屋を500ドルで購入しました。それに続く何年もかけて、建物の内部を掻き出し、部屋を埋め尽くしていた山のような量の廃棄物を撤去する間に、彼が学んだのは、家の修繕の方法だけではなく、コミュニティの確立の方法でした。こよなく愛する市に捧げたこのトークの中で、フィルプは「一歩踏み込んだ近所づきあい」について話し、私たちには「政府にやる気のないとき、自分たちだけで力を合わせて世界を新しく作り変える力」があるという信念について述べています。

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