間違っているのに正しいと感じるのはなぜなのか(11:37)

ジュリア・ゲレフ(Julia Galef)
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対訳テキスト
講演内容の日本語対訳テキストです。
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自分が 激戦の地にいる 兵士だと想像してください
ローマの歩兵でも 中世の射手でも ズールー族の戦士でもいいです 時代や場所の違いはあっても 変わらないものがあります アドレナリンが増加し 自分や仲間を守り 敵を倒すという必要に基づく 深く染みついた 反射的なものに従って 行動をします

今度はずっと違った役割の 「斥候」になったところを 想像してみましょう 斥候の仕事は 攻撃や防御を することではありません 斥候は理解するのが仕事です 斥候は出かけていって 地勢を把握し 潜在的な障害を識別します そして 川を渡るのに 好都合なところにある 橋を見つける といった目的を持ちます 斥候は 何よりも そこに何があるのか 可能な限り正確に 知りたいと思います 軍隊にとっては 兵士も斥候も 欠かせない存在ですが この2つをマインドセットのタイプとして とらえることもできます 日常において 私たちが情報やアイデアを どう処理するかの メタファーとしてです 今日私が主張したいのは 良い判断 正確な予測 優れた決断が出来るかどうかは どちらの考え方をしているかによるところが 大きいということです

この2つのマインドセットの 違いを見るために 19世紀フランスの出来事を 取り上げましょう この一見何でもない紙切れが 歴史上の大のスキャンダルを 引き起こすことになりました フランス軍参謀部の将校が 1894年に発見しました 破って屑籠に 捨てられていましたが 繋ぎ合わせてみたところ 軍の機密をドイツ側に 流している者が 仲間の中にいると 分かりました

大々的な捜査が行われ 嫌疑は速やかに この人物 アルフレド・ドレフュスに 向けられました 立派な経歴で 過去に犯罪歴はなく スパイをする動機は 見当たりませんでした しかしドレフュスは軍の参謀部で 唯一のユダヤ人将校でした あいにくと当時のフランス軍には 強い反ユダヤの傾向がありました ドレフュスの筆跡が 件のメモと照合され 一致するとの判断が 下されました 外部の筆跡鑑定家によると 一致は不確かでしたが そんなのは問題じゃありません スパイ行為の証拠を探して ドレフュスの部屋を捜査し 書類を調べ上げましたが 何も出てきませんでした それで彼らは疑いを 一層深めただけでなく ずる賢いやつだという 見方をしました 何しろ見つかる前にすべての証拠を 隠しおおせたのですから

それから彼らは 罪を裏付けるものがないか 彼の生い立ちも調べました 昔の教師にあたって 彼が外国語を学んでいたことを 知りました 後に外国政府と 陰謀を企てようとしていたことを 明白に示しています 教師はまた ドレフュスが優れた記憶力の 持ち主として知られていたことも話しました まったくもって疑わしいですよね? スパイともなれば多くのことを 記憶する必要がありますから

事件は裁判に付され ドレフュスは有罪になりました 彼らはドレフュスを 広場に引き立てていくと 儀式的に彼の記章を 制服からはぎ取り 剣を真っ二つに折りました これは「ドレフュスの官位剥奪」と 呼ばれています そして南米の沿岸にある 「悪魔島」 という いかにもふさわしい名前の 不毛な島で 終身刑に処すとの 判決が下されました その島に送られたドレフュスは 日々を孤独に過ごし 無実を証明できるよう 再審を求める請願の手紙を フランス政府に 何度も書きました しかし政府側は この件はもう 決着がついたものと思っていました

私にとってドレフュス事件が 興味深いのは なぜ彼らがそうも ドレフュスの有罪を 確信していたのか ということです ドレフュスは意図的に はめられたのでは — と思うかもしれませんが 歴史家によると そうではありません 私たちの知る限り 当時の役人たちはドレフュスの有罪は確かだと 純粋に信じていたんです 不思議に思いますよね そのような微々たる証拠で 有罪だと思い込む人間の心理とは 何なのでしょう?

これは科学者が「動機付けられた推論」と 呼んでいるものの例です 意識していない 動機や願望や恐怖が 情報の解釈に影響を及ぼす — という現象です ある情報や考えに対して 私たちは味方のように感じ それを勝たせたい 守りたいと思います 別の情報や考えに対しては 敵のように感じ 叩き潰したいと思います だから私はこの動機付けられた推論を 「兵士のマインドセット」と呼んでいます

皆さんの中に ユダヤ系フランス人将校を 大逆罪で告発した経験のある人は あまりいないと思いますが スポーツや政治ならよく見ていて 思い当たるかもしれません たとえば審判が 自分の贔屓チームの 反則を取るとき それを誤審と見なしたい 強い動機があります 一方で 相手チームの反則を 取るときには 「いいぞ! 良い判定だ これ以上確認する必要なんてない」と思います あるいは死刑制度のような 議論の多い政策に関する 研究について読んだとき 自分が死刑制度を 支持しているところに 「死刑は効果的ではない」と その研究が示していたなら どうにか難点を 見つけたいという 欲求を感じます でも死刑は有効 という結論なら いい研究だと すぐに納得します 逆もしかり 死刑反対の人もまた 同様の反応をします

私たちの判断は 無意識のうちに どちらに勝って欲しいかに 強く影響されているんです これは至る所で 見られるもので 私たちの様々な考えが そうやって形作られています 健康 人間関係 誰に投票するか 何が公正で 何が倫理的か この「動機付けられた推論」 ないしは「兵士のマインドセット」が怖いのは それが無意識だということです 自分では客観的で 公平だと思いながら 無実の人の人生を 台無しにしかねないのです

ドレフュスには幸いなことに 歴史はここで終わりません これはピカール大佐 フランス軍の高級将校で 他の人たちと同じように 彼もドレフュスは有罪だと思っていました また他の軍人の多くと同様 彼もユダヤ嫌いでした それでもピカールは 疑いを持ち始めます 「もしかしてドレフュスは 冤罪なのでは?」 ドレフュスが収監された後も ドイツ側へ情報が流出している 証拠が見つかりました また軍にいる別の将校の筆跡が 件のメモと完璧に一致し ドレフュスのものよりずっと 似ていることも分かりました 彼はこの発見を 上官に報告しましたが 落胆したことには 彼らは無関心か 手の込んだ説明を するばかりでした 「それはドレフュスの筆跡を真似た 別のスパイが現れて スパイ活動を引き継いだ というだけで ドレフュスが有罪なことに 変わりはない」 最終的には ピカールは ドレフュスの潔白を証明できましたが それには十年もかかり その間にはピカール自身が 軍への不忠ということで 投獄までされています

多くの人はこの件でピカールを 英雄視はできないと感じます 反ユダヤというのはいただけません それはその通りです しかし個人的には 彼が反ユダヤだったことが 彼の行為をいっそう 賞賛に値するものにしていると感じます 他の将校たち同様に偏見があり 先入観に捕らわれる 要素がありながら 真実を見つけ堅持しようという思いが すべてに打ち勝ったのです

「斥候のマインドセット」と 私が呼んでいるものを ピカールはよく体現しています どちらのアイデアを勝たせよう というのではなく 本当の姿を可能な限り 正確に素直に見ようとする — それが都合が良く快適で きれいなものではなかったとしても これは私が強く興味を惹かれている マインドセットで いったい何が斥候のマインドセットを 生み出しているのか この何年か 見極めようとしてきました どうしてある人たちは いつもではないにせよ 自らの偏見やバイアスや 動機をうち破って あたう限り客観的に 事実や証拠を 見ることができるのか?

答えは感情にあります 兵士のマインドセットが 防衛本能や部族意識のような感情に 根源を持つのと同様に 斥候のマインドセットもまた 別のある感情に 根ざしています 斥候というのは 好奇心が強く 新しいことを知る喜びや パズルを解きたいという欲求が 勝っている傾向があります 何か予想に反するものに直面すると 興味を惹かれるのです 斥候はまた違った 価値観を持っています 自分の思いこみが正しいのか 試すのは良いことであり 考えを変えることを 弱さとは思っていません そして何より斥候は 自分がしっかりしています 自分の人間としての価値を 何か特定の事柄で正しいか間違っているかと 結びつけて考えません そのため 死刑は 有効だと思っていたけど そうでないことを研究が 示していたとしたら 「どうも自分の考えは間違っていたようだけど だから自分が馬鹿ってわけじゃない」と考えます

このような一連の性質が 良い決断をもたらすことを 研究者が見出し 私自身も経験的に気付きました 皆さんに覚えておいて欲しいのは この性質は基本的には 頭の良さや知識の多さとは 関係しないということです 実際 IQとは さほど相関していません どう感じるかが問題なんです たえず私が立ち戻ってくる サン=テグジュペリの言葉があります あの『星の王子さま』を書いた人です 「船を造りたいなら 木を集め 手分けして仕事するよう 部下に命じるのではなく 広大で果てしない海への憧れの気持ちを 引き出してやることだ」

言い換えると 個人として社会として 自分たちの判断力を 本当に良くしたいと思うなら 最も必要になるのは 論理やレトリックや 確率や経済などの知識では ないということです それはそれで貴重なもので あるにしても そういった原理を使いこなせるために 最も大切なのが 斥候のマインドセットなんです 自分の感じ方を 変える必要があります 自分の間違いに気付いたとき 恥ずかしく思うのでなく 誇りに思うすべを 学ぶ必要があります 自分の考えと相反する情報に出会ったとき 防御的になるのでなく それを面白いと思うすべを 学ぶ必要があります

皆さんに問うて欲しいのは 「自分がもっとも憧れるのは何か?」ということです それは自分の信念を守ることなのか それとも世界を可能な限り 明快に見通すことなのか?

ありがとうございました(拍手)

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このプレゼンテーションについて

ものの見方というのは大切なものです。特に自分の考えを検証しようというときには。皆さんは何があっても自分の考えを死守しようとする兵士タイプでしょうか、それとも好奇心に動かされる斥候タイプでしょうか? ジュリア・ゲレフは19世紀フランスの興味深い歴史的教訓を交えながら、この2つのマインドセットの裏にある動機と、それが私たちの情報を解釈する仕方にどう影響するのかを探ります。自分の固く信じていることが試されるとき何を望むのかとゲレフは問います。 自分の信念を守ることか、それとも世界を可能な限り明快に見通すことか?

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