健全な決断をするのはなぜ難しいのか(16:44)

デイヴィッド・アッシュ(David Asch)
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対訳テキスト
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2007年4月の出来事です ニュージャージー州知事だった ジョン・コーザイン氏は 恐ろしい自動車事故に遭いました 彼がこのSUVの助手席に 乗っていたところ ガーデンステート・パークウェイで 車が衝突しました 彼は 近くの外傷センターへ 搬送されました 何箇所もの骨折や 裂傷を負った状態でした 即座の手術と 7単位もの輸血 人工呼吸器の助けが 必要になり その後も何度も 手術をすることになりました 彼が生き残ったのは 驚くべきことです でも もっと驚くべきなのは 彼がシートベルトを していなかったことかもしれません 実際 彼はシートベルトを つけたことがありませんでした コ―ザイン知事の運転手を務めた 州警察の警官は シートベルトをつけるよう いつも頼んでいましたが 彼はしませんでした

コーザイン氏は ニュージャージー州知事になる前は 同州選出の上院議員であり その前は ゴールドマンサックスの CEOで 同社の株式公開を行い 何億ドルも稼ぎました 皆さんが 彼のことを 政治的にどう考え その稼ぎ方を どう思っていようとも 彼がバカだと言う人は いないでしょう しかし 彼は事故の現場に シートベルトをせずにいたのです シートベルトが命を救うことは 誰でも知っていることなのに

この話は 健康に関する行動の 改善に対する我々のアプローチの 根本的な弱点を 示しています 私たちが医師や患者に伝える ほぼ全ての事柄は 「人間は合理的に行動する」 という考えに基づいています もし あなたから情報をもらえば 私はそれを頭の中で処理し その結果として 私の行いが変わると シートベルトが命を救うことを 彼は知らなかったのでしょうか? 彼だけ聞いてなかったのでしょうか?

(笑)

ジョン・コーザイン氏に 不足していたのは知識ではなく 行動だったのです 常識知らずだった わけではありません 行動に移さなかっただけです

心というのは「高抵抗の通り道」だと 私は思っています 情報で 人の考えを変えるのは 難しいですが 情報で 人の行動を変えるのは さらに難しいのです 健康や医療を 大きく改善するには 健康や医療に関わる行動を 大きく改善するしかありません

もしあなたが 私の膝蓋腱を 打腱器で叩いたら 私の脚は前方に動き 私が意識的に動かすよりも ずっと速く確実に動くでしょう これは反射です 私たちがすべきことは 同じような「反射的行動」を探し それを医療に組み込むことです しかし問題は 人を動機づける 最も典型的な方法は 教育の考えに 基づいたものだということです 人々が取るべき行動を 取らなかったのは 知らなかったからだと 考えるのです 「喫煙が体に良くないと知っていれば 吸わないはずだ」と あるいは 経済学的に考えます そこでの前提は 私たちは 常に 自分のあらゆる行動について 損得を計算していて それによって完璧に正しい合理的な 意思決定をしているというものです もし それが本当なら 医者のための完璧な 支払いシステムや 患者のための完璧な 自己負担や 控除の仕組みを用意さえすれば 全てうまくいくはずです

実は もっと良い方法が 行動経済学にあります 行動経済学者は 人間の 非合理性を認識しています 私たちは 感情をもとに 判断を下し また フレーミングや 社会的状況に影響を受けます 自分の長期的な利益を常に最優先にして 行動しているわけではありません しかし 行動経済学の すごいところは 人間が非合理的だと 明らかにしたことではななく 人間の非合理性はかなり予測可能だと 明らかにしたことです この 人の心理的な欠点の 予測可能性こそが それを克服する戦略を立てる上で 役に立つのです 分かっていれば 備えができるというものです 実際 行動経済学者は よく 私たちを困らせている まさにその反射的行動を 逆に私たちの力になるよう 利用しています

非合理性の例として 「現在バイアス」というのがあります 遠い未来の ずっと重要な結果よりも 目の前の結果の方が より強い動機付けになるという 心理です 私がダイエット中だとしたら― いつもそうなんですが

(笑)

誰かが 美味しそうなチョコケーキを 勧めてきたとき 私は そのケーキを食べるべき ではないと わかっています そのケーキが 下っ腹のお肉になるのは 知っています その手の食べ物はみんなそうです でも チョコケーキは とっても美味しそうで しかも 目の前にあり ダイエットは明日からでも 始められます

私は コメディアンの スティーブン・ライトが好きでした 彼はよく 禅っぽい警句を 飛ばしていました 私のお気に入りはこうです 「努力は将来報われるが 怠惰は今すぐ報われる」

(笑)

現在バイアスは 患者にもあります あなたが高血圧だとしましょう 心臓発作はどうしても 避けたいと思い 降圧薬を飲むことが リスクを下げるのに一番だと 知っていたとしても 回避される発作は 「遠い未来」で 薬を飲むのは 「今すぐ」です 高血圧の薬を処方された 患者の ほぼ半数は 1年以内に 飲むのをやめてしまいます この問題ひとつを 解決するだけで どれだけ多くの命を救えるか 考えてみて下さい

私たちはまた 確率の小さなことを 過大評価しがちです 宝くじが人気ある理由です 投資対効果は 極めて低いわけですが 皆さんの中にも 宝くじを 買う方がいるかもしれません 楽しいですよね 大金が当たるかもしれません でも 率直に認めましょう 退職後の蓄えの投資先としては はなはだひどいものだと こんなバンパーステッカーを見ました ホントの話です 「宝くじは計算のできない 人間にかけられる税金だ」

(笑)

計算ができない のではなくて 計算を感じることが できないのです

また 私たちは 後悔に気をかけ過ぎます チャンスを逃すのを 嫌う気持ちが強いんです

最近 こんな宝くじがありました メガ・大当たり宝くじ というもので 大当たりすれば 10億ドル以上も貰えます 私の職場では くじを買うため 全員が資金を出し合います 私は 一切手を出しません こんなことを呟きながら 職場を歩き回るんです 「宝くじは計算のできない 人間にかけられる税金だ」

(笑)

でも ふと思うんです 待てよ もし 当たったらどうしよう?

(笑)

翌日 職場に現れるのは 私だけです

(笑)

別に 同僚に当たってほしくない わけではありません 私抜きで 当たって ほしくないだけです 財布から20ドル札を取り出して シュレッダーにかけたほうが 早いです 結果は同じでしょうから 私は 参加すべきでないと わかっていながら 20ドル札を 渡してしまい 二度と返ってくることは ありませんでした

(笑)

私たちは 患者相手の実験を 何度も行いました 彼らに 電子薬瓶を渡すんです これで 彼らが薬を飲んだかどうか 知ることができ 飲んだご褒美に 宝くじをあげます 賞金です しかし 賞金を もらうためには 前日に 薬を 飲んでいなければなりません 飲んでなかった場合には こんなメッセージが来ます 「100ドル当たった かもしれないのに 昨日 薬を飲まなかったから くじはなしです」

もちろんですが 患者は 残念がります チャンスを逃すという感覚が イヤなのでしょう そして 後悔するのを わかっているから それを避けたいと思い 薬を飲む可能性が ずっと高くなります 後悔を嫌う感覚の利用というのは 機能するのです これはもっと一般的な知見に 繋がります 人がどのように非合理的であるか 理解していれば 相手をずっと助けやすくなる ということです

こういった類の非合理性は 男子トイレでも使えます 男子トイレを見る機会が あまりない方のために 男子トイレがどんなだったか お見せしましょう

(笑)

床がおしっこまみれです

(笑)

この問題を解決するには 便器の中に ハエの絵を 描けばいいんです

(笑)(拍手)

実に理にかなってますね

(笑)

ハエがいた! 当てて見せるぞ!

(笑)

さあ流れていけ

(笑)

当然 聞きたくなりますよね ハエを狙えるくらいなら なんで 床にこぼすの? 床におしっこするんだったら なんで便器の前なの? どこでもいいじゃない? (笑)

同じことは 医療にも当てはまります これは うちの病院での話ですが 医師が ジェネリック薬があるのに ブランド薬を処方する という問題がありました このグラフの線は それぞれ異なる薬で ジェネリック薬が処方される 頻度を表しています 一番上の薬では100% ジェネリック薬が処方されていて 一番下の薬では ジェネリック薬の 処方率が20%を下回っています 医師と話し合ったり 教育セッションを設けたりしても うまくいかず 全ての線は ほぼ横ばいです それが 電子カルテにソフトウェアを インストールして ブランド薬の代わりに ジェネリック薬が 既定値になるようにしたところ― 素人目にもわかるはずですが 問題が一瞬で解決されました そしてその状態を 保っています 事実 このプログラムを始めてから 2年半経ちましたが 病院は 3200万ドル節約できました 凄くないですか? 3200「万」ドルです やったことはただ 医師が 本来やりたかったことを しやすいようにするということです

損したくない気持ちを利用するのも よく機能します 人々にもっと散歩してもらうための コンテストで それをやりました 少なくとも7,000歩は 歩いてほしかったので 彼らの携帯にある加速度計で 歩数を測りました 対照群のAグループは 7,000歩 歩いたかどうか 言われるだけです Bグループには 金銭的インセンティブがあり 7,000歩 歩いた日は 1.4ドル貰えます Cグループも 同じ 金額が貰えますが 得ではなく損として 提示されます 1日1.4ドルは 1か月で42ドルですから 月初めに42ドルを 彼らの見られる仮想口座に入金し 7,000歩 歩かなかった日には 1.4ドルを そこから減らします

経済学者なら インセンティブはどちらでも 一緒だと言うでしょう 毎日7,000歩 歩くたびに 1.4ドル分豊かになるのだからと しかし 行動経済学者は 両者は違うと言うでしょう 人は1.4ドル得することよりも 1.4ドルの損を避けることに より強く動機づけられるからです 結果は まさにそうなりました

毎日7,000歩 歩くことで 1.4ドル貰ったグループの人たちは 目標達成率が対照群と 変わりませんでした 金銭的インセンティブは 効かなかったのです しかし 損の形で提示される インセンティブでは 目標達成日が 50%以上増えました 経済学的には意味不明ですが 心理学的には理にかなっています 得る喜びより 失う恐怖の方が 強いものなのです 今では このやり方を活かして 患者がもっと歩いたり 減量したり 薬をちゃんと飲むことができるよう サポートしています

お金がモチベーションになるのは 皆知っています しかし 人の心理と組み合わせることで ずっと大きな影響力を出せるのです 言うまでもなく お金には 良くない点もあります それに関して託児所の 面白い事例があります 託児所で一番やっちゃいけないのは 子どもの迎えが遅くなることです 誰にとっても不幸です 子どもは泣き出します あなたが愛さないものだから

(笑)

先生は 帰りが遅くなるので 嬉しくありません 親のあなたも罪悪感を感じます イスラエルのある託児所では この問題を解決しようと アメリカの託児所の多くが 実践していることを取り入れました 迎えの遅い親に罰金を科す というものです 罰金は10シケル ー 300円くらいです どうなったと思います? 遅い迎えが「増えた」のです 考えてみれば当然です なんてお得なの! たった10シケルで―

(笑)

子供を一晩 預かってもらえるなんて!

(笑)

遅れないようにしないと という 強い内的動機付けを奪い 安い値段で置き換えたのです さらに悪いことに 間違いに気付いた彼らは 罰金を廃止しましたが 遅い迎えが多い状況は 変わりませんでした 社会契約を毒してしまったのです

医療では強い内的動機付けが たくさんあります 医者も患者も 正しいことをしたい と思っています 金銭的インセンティブは 役に立ち得ますが 医療においては お金に期待しすぎない方がいいでしょう おそらく 健康に関わる行動に 最も強く影響を与えるものは 社会的な相互作用です 社会的な関わりは 医療において力を発揮し 二つの方向で 働きます

まず 人間は根本的に 他人の目を気にします そのため 人の行動を変える 最も強力な方法の1つは 他人に行動が見られる ようにすることです 私たちは 見られているかいないかで 行動の仕方が変わります レストランによっては 手洗い場がトイレの中にはなく 外にあって 手を洗ったかどうか 皆から見えるようになっています データはありませんが そういった配置の方が 手を洗う人が多いことでしょう 見られているときには 最善の行いをするものです

実際 フロリダ病院の集中治療室で 行われた 驚くべき研究があります そこでは 手を洗う頻度が低く 言うまでもなく危険でした 感染を広げるかも しれませんから そこで 研究者たちは 洗面所の上に目の写真を貼りました 本物の人間ではなく ただの写真 それも顔全体ですらなく 「見ているぞ」という目だけです

(笑)

手を洗う率は 2倍以上に上がりました 私たちは 他人からどう思われているかを とても気にするようで 人から見られることを想像するだけで 行動を改善するんです

また私たちは 他人の目を気にするだけでなく 基本的に他人の取る行動を 手本にしています ここでシートベルトの 話に戻りますが 幼い頃 アダム・ウェスト主演の テレビシリーズ「バットマン」が好きでした バットマンとロビンは 何をするにも超カッコよく もちろん バットモービルは 最高にクールでした 番組は1966年から 1968年まで放送されましたが 当時 シートベルトは 任意の付属品でした そこで 番組プロデューサーは あるとても重要なことをしました バットマンとロビンが バットモービルに乗る時 カメラの焦点を 彼らの膝に合わせ シートベルトを付ける場面を 見せるようにしたのです バットマンとロビンが シートベルトをしているんだから 私もシートベルトをするのは 間違いないです あの番組は たくさんの命を 救ったと思います

お手本は医療にも生かせます 医師は 他の医師がどう使うかを見て 抗生物質をより適切に使うようになります 医療における活動の多くは 隠れていて他の人に見えません しかし 医者だって 社会的な生き物です 他の医者の行動を見て より良い治療を行うようになります 医療においても 社会的影響は効果的です 後悔や 損を嫌う気持ちを利用するのも 同じように効果的です 皆が皆 常に合理的だと 考えていたのなら こうした手段があるとは 思わないでしょう

言っておきますが 合理性がダメだと 言っているわけではありません それこそ非合理的です しかし 私たちは皆知っています 心の非合理的な部分こそが 勇気や創造力 ひらめき ー 情熱を生むのだと また こんなことも知っています 人の健康に関わる行動を 改善するには 非合理的な部分を無視したり 抗ったりするよりも それを活かすようにする方が ずっと効果的だと 医療においては 人間の非合理性の理解もまた 道具のひとつだということです その非合理性をうまく 利用することこそが 最も合理的な行動なのかもしれません

ご静聴ありがとうございました

(拍手)

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このプレゼンテーションについて

私たちは、健康に悪いと知っていながらなぜ愚かな決断をするのでしょうか。この率直で面白い話の中で、行動経済学者で保健政策の専門家のデイヴィッド・アッシュが、私たちの行動が時に「非常に予測できる形で」非合理的である理由を説明します。そしてより良い選択をし、医療システム全体を改善するために、この非合理性をどう生かせるかを教えてくれます。

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