コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容

2024.02.05|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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ステレオタイプなウイグル人の女性 日本でウイグル人の姿を目にした人は、きっと少ないだろう。一方、中国駐在の経験がある日本人などは、中国の街角で彼らを見かけ、強い印象を持ったのではないかと思う。

ウイグル人のステレオタイプな容貌は、鼻筋が高く、髪や眼の色も“東アジア人”と異なる。中国の街角で彼らの姿は、人目を惹く。

ディルニガル・イルハムジャン(左) 2022年2月4日に挙行された北京冬季五輪の開会式では、聖火リレーの最終走者となった男女ペアのうち、女性がウイグル人だった。彼女はクロスカントリースキーの選手で、名はディルニガル・イルハムジャン(中国語:迪妮格爾・衣拉木江)。ただ、その顔をみると、東アジア人とあまり変わらず、上記のようなステレオタイプの容貌と異なる。

ウイグル人は西洋のコーカソイド人種と東洋のモンゴロイド人種の両方に遺伝的ルーツを持つ。同じウイグル人であっても、顔立ちが漢民族とかなり違う人もいれば、大差ない人もいる。ウイグル人という民族は、人種的変容のスペクトラム(連続体)でもある。

民族の人種が変化するのは、人類史において割と起きる現象だ。例えば、ブルガリア人、ハンガリー人(マジャル人)、トルコ人などは「コーカソイド化したモンゴロイド」だ。

伝統衣装を着たブルガリア人女性
ブルガリア人は日本人や中国人と同じモンゴロイドだった
彼らは東洋から西洋への民族移動によって混血が進み、人種的変容を遂げた。しかし、モンゴロイドだった時の痕跡は残り、ハンガリー人のマジャル語は、アジアに起源をもつウラル語族に属す。彼らの名前は、姓が前で、名が後であり、これも東洋的だ。

トルコ人のトルコ語も同じく祖先から受け継いだ言葉であり、モンゴル高原付近にルーツを持つテュルク諸語に属す。

一方、ブルガリア人は本来、テュルク諸語に属す言語を使っていたが、スラブ人との混血が進んだ結果、現在は印欧諸語の南スラブ語群に属すブルガリア語を話している。

9~12世紀のウイグル人を描いた壁画
新疆ウイグル自治区トルファンのベゼクリク千仏洞
中国風の衣装を着たウイグル人の王子たちを描いた作品
では、人種的変容にバラツキがあるウイグル人はどうなのだろう?彼らが話すウイグル語は、テュルク諸語に属し、言語的ルーツはモンゴル高原にあった。755年に中国の唐王朝で「安史の乱」が勃発すると、モンゴル高原に帝国を築いていたウイグル人は、古くから“西域”と呼ばれたタリム盆地周辺に進出。これを機に人種的変容が進んだ。

タリム盆地を中心とした西域の事情は、紀元前156年に即位した漢王朝の武帝の時代に、中国でも知られるようになった。

この地域は「西域三十六国」と呼ばれ、多様な民族が、多くの都市国家を築き、シルクロード交易を担っていた。ここにはソグド人やトカラ人など、印欧諸語の言葉を話すコーカソイド人種もいた。

「楼蘭の美女」のミイラと復元図
死亡時の年齢は約40歳、身長は155センチだった
復元図の容貌はコーカソイドの特徴を有している
新疆ウイグル自治区の楼蘭付近で1980年に発掘された女性のミイラは、“楼蘭の美女”と異名で知られる。この約3800年前に埋葬された女性の容貌は、コーカソイド人種だった。彼女のほかにも、タリム盆地では多くのミイラが発掘されているが、その多くがコーカソイド人種の特徴を持つ。

こうした人々とモンゴル高原の遊牧民が融合し、現代ウイグル人の容貌が生まれた。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は2/20公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割NEW!
  3. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  4. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  5. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  6. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  7. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  8. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  9. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  10. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  11. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  12. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  13. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  14. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  15. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  16. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  17. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  18. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  19. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  20. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  21. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  22. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  23. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  24. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  25. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  26. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  27. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  28. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  29. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  30. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  31. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


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  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割NEW!
  3. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  4. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  5. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  6. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  7. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
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  13. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  14. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  15. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
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