Dr.豊川の解TED新書
死に至る新たなウイルスに立ち向かう方法(9:37)

エボラ出血熱が2014年3月に発生し、パーディス・サベティのチームはウイルスのゲノム解析により、その変異の仕方や感染拡大の経緯を解明しました。世界中のウイルス追跡チームや科学者たちがこのウイルスとののっぴきならない戦いに参加できるよう、パーディスは即座に彼女の研究をネットで公開しました。 このトークで、彼女はオープンな共同研究がウイルスを食い止める為には必須であり、次に来るであろうウイルス感染症への対応に必要だと示しています。

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ドクターズゲートオリジナル豊川 竜多Dr. 対訳テキスト
豊川Drプロフィール
医療法人社団秀雄会理事長 豊川竜多Dr.が翻訳。ドクターズゲートでしか読めない、医師だから書ける対訳文です。
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シエラレオネのケネマ、ナイジェリアのアルア。そんな地名を聞いた事があるでしょうか? それらは私にとって最も特別な場所のうちの2つです。

その地にある病院では 看護師、医師、科学者たちが 静かに 最も恐ろしい人類の敵の一つと 何年にも渡り 戦って来ました。ラッサウイルスです。ラッサウイルスはエボラウイルスによく似ていて、高熱を引き起こし、時に命をも奪います。けれど、彼らが毎日命を危険に晒されながらその地のコミュニティの人々を守っていることで、私たち全員を守ってくれています。

でも、私がそこを何年も前に訪れて一番驚いたことは、彼らが毎朝、極めて過酷な第一線での毎日を、歌を歌って始めることでした。皆が集まって喜びを表し、活力を見せるんです。何年も通して互いを訪ね合って、みんなと集まって歌い、歌を作って…本当に楽しいんです。私たちは科学の追求のためだけにそこにいるのではなくて、人間愛で通じ合っているのです。

そのことが、状況が変わるにつれてとても重要で欠かせないものになる事は想像出来ると思います。2014年3月、状況が大きく変わりました。ギニアでエボラ出血熱の大流行が宣言された時です。これは西アフリカのシエラレオネとリベリアの国境付近で起こった、西アフリカで最初のアウトブレイク(感染症大流行)でした。私たちは恐れて、実際にしばらくの間ラッサとエボラは考えられているよりも感染が拡大していて、いつかケネマにも到達するかも知れないと思っていました。

それで私のチームメンバーがすぐさま行動して、フマー・カーン博士のチームに合流しました。そこで高感度なウィルスRNA検出装置を用意し、エボラが国境を越えシエラレオネに到達したら検知できるように備えました。既にこのような装置をラッサウイルス対策に使っていたので手法は分かっていたし、チームはとても優秀でした。彼らにはエボラを検査するツールと、場所を提供すれば良いだけでした。

しかし、不幸にもその日は来てしまいました。2014年5月23日、ある女性が病院の産科病棟に入院し、チームがウィルスRNAの検査を行ったところ、シエラレオネで最初のエボラ出血熱の症例を確認しました。彼らの仕事は極めて立派でした。この症例を即座に判定し、患者を安全に扱い、状況を把握する為の接触者追跡調査を始めたのです。これで感染拡大を早期にくい止められたかと思われていました。しかし、その日までにアウトブレイクは既に数ヶ月も続いていました。何百もの症例が発生し、それ以前のアウトブレイクを凌駕してシエラレオネに到達した時はもうある一人の症例ではなく、津波のように押し寄せて来たのです。

私たちは、この感染症に立ち向かうために国際的なコミュニティや健康省やケネマの役所と連携しました。次の週には31症例が、そして92、それから147症例…全ての患者がケネマへと流れ込みました。シエラレオネでこの病気を扱える限られた施設があるからです。

私たちは24時間、できる限りのことを手を尽くして患者たちを救い、注意を喚起し、そしてもう一つ単純なことを行いました。エボラを検出する為に採取していた患者の血液サンプルはもちろん廃棄して良かったんですが、その代わりに 薬品でウイルスを不活化し、血液サンプルを箱に詰め、海を越えた他の研究施設へ送り出したのです。私のチームがいるボストンへも送りました。それから日夜働き続けました。毎日シフト勤務しながら、そして迅速に、99のエボラウイルスのゲノムを解析しました。ウイルスのゲノムはその設計図です。ゲノムは誰にでもあるもので、私たちを構成しているものすべての性質を表わし、膨大な情報を内包しています。

このような作業の結果は、単純でも大変強力です。この99のウイルスを観察して比べたところ、以前ギニアで発表された3つのゲノムと比べ何ヶ月も前にアウトブレイクがギニアで始まったことを解明できました。まず人間に感染した後、それから人を媒介して感染が広がったのです。これは、どう介入すべきかを解明するためにとても重要なことです。しかしそれよりも重要なのは、接触者追跡調査です。ウイルスがヒトの間で感染するにつれ変異していることを確認しました。この一つ一つの変異を観察することは大変重要です。なぜなら診断機器やワクチン、治療、そういったものは全て基本的にゲノム配列に基づいてつくられているからです。国際保健の専門家たちは、これに対して対策を展開し、今までの成果を全て調整し直して行く必要があります。

その時、私が科学者としてどのように仕事をしていたかというと、まず手元にデータを蓄積して、何ヶ月も何ヶ月も研究室に篭ってデータを注意深く丁寧に分析し、研究論文を発表するため何度かのやり取りを繰り返し、ついに論文が発表されたらデータを公開するということでした。これが科学者たちの研究の流れの現状です。

でもそんなまどろっこしい事をやっていられる場合でしょうか? 友人たちが前線にいる、そしてとてもはっきりとしていたことは「助けが必要だった」ということです。しかも、とても多くの助けが必要でした。だから、最初にやったことはゲノム配列が読み取られた後、それをすぐにウェブサイトで公表したのです。ただデータをそのまま世界へ発信し「力を貸してください」と言ったんです。そして、助けは来ました。

データが公表されてすぐに、それを見て驚いた世界中の人々から連絡が届きました。世界でも屈指のウイルス追跡チームが突然私たちの仲間になり、バーチャルに協力し始めました。電話やメールのやり取りが続き、分刻みでウイルスを追跡調査して、感染拡大を食い止める方法を考えました。

そんな有事に際し、コミュニティを作るには色々な方法があります。とりわけ、アウトブレイクが世界的規模で広まり始めた時には誰もが積極的に調べ、関わり、力を貸そうとしました。皆が関与したいと願ったのです。世界中にいるそんな人々の能力は本当に素晴らしく、インターネットが私たち皆を繋いでくれます。想像してみてください。お互いを脅威と見て避け合うより、皆が「これをやろうよ」「一緒にやってこれを解決しよう」と言うのです。

問題は、私たち皆が使っていたデータはネットで検索したものだけだととても限られ、不十分だった事でした。そんな時は、とても多くの可能性と機会が失われてしまいます。ケネマの感染症大流行の初期に106件のカルテが集まっていたのですが、それも世界中へ公開することにしたのです。そして、私たちの研究所ではその106例からコンピューターに学習させることでエボラ患者の予後をほぼ100%に近い精度で予測できる事を証明できました。それを、現地で働く医療関係者へ提供するためのアプリを作りました。

でもそのアプリが十分に効果を発揮し、それを実証するためには、106件ではまったく足りず、リリースまでにもっと多くのデータが来るのを待っていました。でも、なかなかデータは来ませんでした。皆がそれぞれに研究し、考え、待ち続けていましたが、皆サイロに籠もってしまっていて協力の力を使っていなかったんです。でもこんな……こんな事ってありえないでしょう。そう思いません? 皆さんもそう思うでしょう? 私たちの命がかかっているんです。実際に多くの命が失われました。医療関係者たち、私の大切な仕事仲間たちも5名…バル・フォニー、アレックス・モグボイ、フマー・カーン博士、アリス・コボマ、そしてモハメド・フラー。彼らはケネマとその周辺で亡くなった大勢の医療関係者たちの中の5人です。そのとき、世界が待つ中、私たちは黙ってバラバラに取り組んでいたのです。

エボラ出血熱も他の人類への脅威と同じで、猜疑心や足の引っ張り合いや不和により増長します。私たちが互いの間に壁を作り争い合うとき、ウイルスは勢力を増します。でも他の自然の脅威と違って、エボラとの戦いは私たち全員に等しく関わっていて、私たちは一緒に戦っているんです。ある人がエボラにかかれば、すぐに他の誰かに伝染するかもしれません。いま私たちの命は、同じように脆弱で、同じような生命力を持ち、同じ恐れや希望を持っている。そんな状況で、共に喜びをもって協力できればと願います。

指導した大学院生の一人が、シエラレオネについての本を読んで、私たちが働く病院がある市の名前である「ケネマ」という言葉が、実はシエラレオネのメンデ族の言葉で「川のように澄み 誰の目にも透明に映る」という意味だと知りました。それにとても深い意味を感じました。それを知る前から私たちは常にケネマの人々を尊重し、オープンな環境で情報を共有し、一緒に働こうと努めて来たからです。それは大切なことなのです。アウトブレイクが起こった時、共にそれと戦うために自分たちにも周囲の皆にも隠さず情報を共有することが求められるからです。

これは決して最初のエボラ大流行などではなく、むろん最後でもありません。これ以外にもまだ多くの微生物が――例えばラッサウイルスのように――潜んでいます。そして、次に感染大流行が起こる時、何百万人もが住む大都市で発生するかもしれないし、空気感染するウイルスかもしれないし、故意にウイルスがばら撒かれるかもしれないのです。これはとても恐ろしいことです。当然ですよね。でも同時に、今回の経験が教えてくれたことは、私たちにはそれに打ち勝つための技術も対応力もあるということです。ウイルス感染との戦いに勝ち、優位に立てるということです。でもそれが可能となるのは、私たちが力を合わせる限りにおいてです。だから、喜びをもってそうしましょう。

感染症との戦いで亡くなったカーン博士や前線で命を落とした人々、彼らはずっと私たちと共に戦っていました。私たちもこの戦いをずっと彼らと一緒にやっていきましょう。世界が一つのウイルスによる破壊に振り回されないよう、何十億もの暖かい心や思いやりの協力の光で世界を照らして行きましょう。

ありがとうございました。

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【翻訳者プロフィール】豊川 竜多Dr.について

医療法人社団 秀雄会 理事長 豊川 竜多
日本大学松戸歯学部卒。 ゆたか歯科クリニック開設
城北インプラントセンター開設
日本顎咬合学会
米国歯周病学会(AAP)
http://www.shuyu-kai.or.jp/

【略歴】
日本大学松戸歯学部卒
明海大学臨床研究所付属PDI埼玉歯科診療所勤務
河津歯科医院勤務
ゆたか歯科クリニック開設
医療法人社団秀雄会理事長就任
城北インプラントセンター開設

【所属】
日本歯科医師会 東京都歯科医師会 板橋区歯科医師会 日本顎咬合学会 米国歯周病学会(AAP)

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