フラストレーションこそが人をクリエイティブにさせる(15:32)

ティム・ハワード(Tim Harford)
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対訳テキスト
講演内容の日本語対訳テキストです。
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1975年の1月の終わりごろ ベラ・ブランダースという 17歳のドイツ人少女が ケルンオペラハウスのステージに歩み出ました 客席は空でした ただグリーンの非常口のサインが 淡く光るだけでした この日はベラの人生で最も心踊る日でした 彼女はドイツで最年少の コンサート主催者でした ケルンオペラハウスを説き伏せ アメリカのミュージシャン キース・ジャレットの レイトナイト・ジャズ・コンサートを 開く予定でした 1400人が来ることになっていました ほんの数時間後には ジャレットがステージに上がり ピアノの前に座り 一切のリハーサルも楽譜もなしに 演奏を始める予定でした

しかし ここで ベラが手配したピアノを キースに見せたときに 問題が起きました ジャレットはそのピアノを少し注意深く見て 鍵盤をいくつか鳴らし ピアノのまわりを歩き またピアノを弾き プロデューサーに何かをつぶやきました プロデューサーが ベラのところに来て言うには 「新しいピアノを用意しなければ キースは演奏できない」

手違いがあったのです オペラハウスが問題のある ピアノを提供したのです このピアノの高音域は 耳障りで音量も小さく ハンマーフェルトが擦り切れていたからです 黒鍵はひっかかるし 白鍵の音は外れていて ペダルは使い物にならず ピアノ自体も小さすぎました これでは音量が小さすぎて ケルンオペラハウスのような 大空間は満たせないでしょう

キース・ジャレットはホールを後にして 会場の外の車に乗り込んでしまい 後に残されたベラは なんとか代わりのピアノを 探そうと電話をかけました ピアノの調律師は見つかりましたが 新しいピアノは無理でした だから彼女は外に出て 雨の中に立って キース・ジャレットに話し どうかコンサートを中止しないで と懇願しました 彼は車のなかから このみすぼらしい ずぶぬれの ドイツ人の女の子を見て 不憫に思い 彼は言いました 「これはあなただから してあげることですよ」

そして数時間後 ジャレットは オペラハウスのステージに立ち 彼は演奏不可能なピアノの前に座り 演奏をはじめたのです

(音楽)

すぐに 奇跡が起こっていることが 明らかになりました ジャレットは高音域を避けて 中音域だけを使いながら うっとりするような 心地よい音で奏でたのです さらに ピアノの音量不足を補うため 低音に うなるような反復楽句を低音に アレンジせねばなりませんでした また 椅子から立ち上がり体をツイストさせて 叩きつけるように演奏することで 最後列の観客まで聞こえるよう 最善をつくしたのです

しびれるような演奏でした 演奏は 穏やかでありながら 同時にパワフルで ダイナミックでした この演奏は今日に至るまで 人々に長く愛され続けています そのため「ザ・ケルン・コンサート」の 収録アルバムは ピアノアルバムとして 史上最高の売り上げとなり ジャズのアルバムとしても 史上最高の売り上げとなりました

キース・ジャレットは ひどい状況に置かれましたが 彼はピンチを受け入れ チャンスへと昇華したのです でも最初のジャレットの直感は どうだったでしょうか 彼は演奏したくないと言いましたね もちろん 誰だって同じような境遇に置かれたら 同じような気持ちになるでしょう 人間誰しも同じです ダメな道具で良い結果を出せとは 言われたくありませんよね 不必要なハードルを 乗り越えたいと思いません でもジャレットの直感は 間違いでした 彼が心変わりをしてくれて幸いでした そして私たちの直感も 間違いだと思います 多少の障害の対処を迫られると 思いがけない利点があることに 私たちは もっと認識を深める 必要があると思います

いくつか例をあげさせてください 認知心理学から 複雑系の科学から 社会心理学から そして ロックンロールです

まず認知心理学から行きましょう 先ほど 示したように ある種の問題や ある種の障害は パフォーマンスを 高めることがあります 例えば 心理学者のダニエル・オッペンハイマーは 数年前 高校教師と共同研究を行いました 彼は教師たちに授業で出す配布物の 字体を変えてもらうようにお願いしました 通常 配布物はヘルベチカや タイムズ・ニュー・ローマンといった 読みやすい字体で設定されます 実験では 生徒の半分に ヘッテン・シュヴァイラー等の癖のある字体や コミック・サンス斜体字の ような風味のあるフォントに 変えたものが配布されることになります さあ おかしな字体で 読みにくい配布物になりました しかし学期末に 生徒たちはテストを受けたのですが その結果は 読みにくい字体の 配布物を出された生徒たちのほうが なんと さまざまな科目で 良い成績を収めたのです 理由として考えられるのは 読みにくい字体のせいで 読む速度が遅くなり 少し頑張って取り組み 少し 読む内容を 熟慮し 解釈し… そのため 多くを学んだからです

次の例です 心理学者のシェリー・カーソンは ハーバード大学の学部生に 外部情報のフィルタリング能力を 測る実験をしました いったい何のことでしょう? これはつまり あなたがレストランにいて 会話をしているとしましょう レストランには他にも様々な 会話をしている人たちがいます 自分の会話に集中するため 他の人の会話を遮断したいでしょう 遮断できるでしょうか? もしできるならあなたは良い フィルタリング能力をお持ちです ですが 中には苦労する人もいます 学生の被験者にも 苦労する人がいました フィルター能力が弱く 穴だらけなせいで 外部情報がとめどなく 入ってきてしまう 従って 彼らは 周囲のあらゆる音や視覚情報に いつも遮られていることになります 小論文を書いているときに テレビがついていたら 彼らはそれを無視できません

みなさんはこれを不利に思う かもしれませんが… 実際は 違うのです カーソンが学生の過去の成績に注目したとき フィルタリング能力に乏しい 学生のほうが総じて 人生で 創造的な目標を達成していました それは初めての小説の出版や 初アルバムのリリースでした 気を散らされたおかげで 創造的な成果が出たのです フィルターが穴だらけだからこそ 既成概念にとらわれずに考えられたのです

次に複雑系の科学についてです 実に複雑な問題をいかに解決するか― 世界は複雑な問題であふれています あなたは複雑な問題をどう解決しますか

たとえばジェットエンジンを 作ろうというとき そこには数多くの不確定要素があります 動作温度や素材 様々な大きさや形状 これらを一気に 解決することはできません それは大変に難しい ではどうするか? ひとつは ステップ・バイ・ステップ で進めることです まずプロトタイプを作り 調整してテストして改善する そしてまた調整してテストして改善する 小さな積み重ねというアイデアは最後には 良いジェットエンジンにつながるでしょう そしてこのアイデアは世界中で幅広く 実施されています だから例えば ウェブデザイナーは このサイクルを高速に回して行う ページの最適化を語るでしょう 少しずつ改善策を模索していくのです それが複雑な問題を解決するのに 適した方法だからです

でも何が加われば もっと良い方法になるか? 少しの障害です 初期の段階で でたらめさが加われば 変則的な動きをすることになり 役に立ちそうにない 馬鹿な試みをすることになり その試みのおかげで 問題解決の取り組みが向上するのです なぜかといえば ステップ・バイ・ステップで トラブルを抱えてしまうと 徐々に袋小路にはまってしまう ことがあるからです でも 最初がでたらめだったら そういうことは起こりにくく 問題解決までの道筋がはっきりします

続いて社会心理学にまいりましょう 心理学者のキャサリン・フィリップスは 同僚とともに 殺人事件のミステリ問題を学生に出しました 学生たちは4人ずつのグループに分かれ 各グループに提示されたのは 犯罪情報を記した事件簿— アリバイ、証拠、目撃者の供述 及び3人の容疑者でした そして4人組の学生は 誰が殺し 誰が罪を犯したかの 特定を求められました この実験では 2種類のグループが作られました ひとつは4人がそれぞれ友人関係で お互いを良く知っているグループ もうひとつは 3人の友人と知らない1人のグループです

私が何を言おうとしているかおわかりでしょう そのとおり 3人と知らない1人のグループの方が 効果的に事件を解決しました 本当ですよ ずっと効果的だったのです 対して友人同士のグループでは 正しく犯人を特定できたのは半分でした これはいい成績とは言えませんね 3択で正解率5割はひどいですね

(笑)

3人と知らない1人のグループは その1人が何か追加情報を持っていた わけでもないのに そこに他人がいるという 気まずさを補うために 会話に変化が起きただけなのに 3人と知らない1人のグループは 正解率75%でした 成績に大きな向上があったと言えます

しかし私が興味深いと思うのは 彼らの方が成績が良かったことだけではなく 彼らがどう感じたか なのです キャサリン・フィリップスが 友人同士のグループに感想を求めたとき 彼らは楽しかったと言いました また彼らは良い仕事ができたとも言いました 彼らは満足していました 対して3人と知らない1人のグループでは 彼らは楽しくなかったと言いました 厄介で 気まずい時間だったと言い そして不信感でいっぱいでした 彼らは事実に反して 良い仕事ができたとは言いませんでした このことが実証しているのは 今回取り上げている障害だと 思います

なぜなら― 読みにくい字体や 気まずい他人や でたらめな行動などは 私たちを問題解決へ導く障害です これらの障害のおかげで 私たちは独創的になります でも私たちは障害が役立つとは思っていません 障害は行く手を阻むと感じ 受け入れようとしない だから最後の例が本当に大事です

ロック界の舞台裏を背負ってきた ある人の話をしたいと思います 皆さんご存知かもしれません 彼はTEDにも出演しています ブライアン・イーノです 彼は才能ある環境音楽の作曲者です

彼はある種のカタリストとしても 40年間 ロックのヒットアルバム 製作の舞台裏を支えてきました デヴィッド・ボウイの『ヒーローズ』や U2の『アクトン・ベイビー』や 『ヨシュア・トゥリー』 ディーヴォや コールドプレイやたくさんの アーティストと組んできました

偉大なロックバンドを更に良くするため 彼は何をしているのか? そう 邪魔をしているのです アルバム制作を 混乱させているのです 彼の役割は 気まずい他人になることです 彼の役目はバンドに 演奏不可能なピアノを弾けと いうことです

彼がこの手の混乱を作り出すのに 使った手法の1つが この素晴らしいカードセットです ここにサインをしてもらっています— ブライアンに感謝 『オブリーク・ストラテジーズ』です 彼はこれを友人と一緒に作りました スタジオで行き詰まると ブライアンはこのカードから1枚ひきます ランダムな1枚をひいて カードの指示通りのことを バンドにやらせるのです

たとえばこれは… 「楽器の役割を変えよ」 そう 全員が楽器を交換します ドラマーはピアノを― 実に素晴らしいアイデアですね

「今までで一番恥ずかしかったことを 細かく吟味して 大きな声で話せ」 「突然の破壊的で予測不能な行動を取り込め」 どのカードも混乱を招きます

でもカードの価値はアルバムで 次々と証明されました アーティストは このカードが大嫌いです

(笑)

ブライアン・イーノの初期アルバムで ドラムを演奏したフィル・コリンズは 不満を抱くあまり スタジオ中に ビールの缶を投げ散らかしました 偉大なるロックギタリストの カルロス・アロマーは デビッド・ボウイのアルバム『ロジャー』で ブライアンとの制作中に ある時 ブライアンに向かって言いました 「ブライアン こんな実験は馬鹿げている」 でも出来上がったアルバムはとても良かった しかも 35年後の今 カルロス・アロマーも 『オブリーク・ストラテジーズ』を使っています 彼は生徒たちにもこれを 使うように教えています なぜなら彼は気づいたのです 嫌いだからといって それが自身のためにならないわけではないと

このストラテジーズは元々 カードセットではなく 最初は単なるリストで 収録スタジオの壁に貼られていたのです 行き詰ったときに 試すリストとして です

でもリストではだめでした なぜでしょう? 混乱が足りなかったのです 誰もがそのリストを上から読んでいき 結局は一番簡単で 当たり障りのないものを 選んでしまったからです これでは焦点を外してしまいます

そこでブライアン・イーノが気づいたのは 馬鹿げた実験は必要で 気の置ける他人との駆け引きも必要で 読みにくい字体を読む努力も必要ということ こういったことが助けとなり 自分たちが問題を解決でき 創造的な行動ができるのだと

それだけではなく— この気づきを受け入れるなら ある種の信念が必要です 何がきっかけにせよ 純粋な意志の力にせよ 引いたカードのせいにせよ 10代のドイツ人の女の子を 不憫に思ったにせよ 私たちは皆 ときには 使い物にならないピアノの前に座り 弾いてみることも必要なのです

ありがとうございました

(拍手)

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このプレゼンテーションについて

障害や問題は人の創造的プロセスを狂わせるのか?それとも、これまでにないほど人の創造性を高める可能性があるのか?空前のベストセラーとなったピアノ独奏のアルバムの驚くべき裏話を例にとりながら、ティム・ハワードは、ちょっとした障害や問題に取り組まなければならないことにはメリットがあると説明します。

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