私たちが母乳についてまだ知らないこと(9:59)

ケイティー・ハインド(Katie Hinde)
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対訳テキスト
講演内容の日本語対訳テキストです。
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母乳がどうしてタダかという話を 聞いたことはありませんか?

(笑)

これは かなりおかしな話です タダなのは 女性にかかる手間と暇を 無視しているからに過ぎません 母親なら誰でも 分かることですが すごく手間暇がかかるんですよ 母体を液化して 文字通り体を溶かすんですから

(笑)

愛しくあどけない 赤子に 自分の一部を共食いさせるんです

(笑)

お乳を吸うのは 哺乳類たる所以です アリゾナ州立大学の 比較哺乳研究所 (Comparative Lactation Lab)で 私は母乳の成分の分析をしています 母乳の複雑さを理解し 乳幼児期の発達への影響を 理解するためです 私が学んだ中で最も重要なことは 母子への支援が不十分だということです お母さんと赤ちゃんを おろそかにすることは お母さんと赤ちゃんを愛する みなさんをおろそかにする行為です 父親、伴侶、祖父母、伯母・叔母 友人、親戚などなど 人間社会を構成するみなさんです そろそろ シンプルな解決策や シンプルなスローガンをやめて 「ニュアンス」に取り組む時です

私は幸運なことに ごく早期にこの「ニュアンス」について 直に出くわしました 記者から初めて 取材を受けた時のことでした 記者の質問はこうでした 「乳児にはどれくらいの期間 母乳を与えるべきですか?」 「べき」という言葉に 私は面食らいました だって 女性が自分の体をどうす「べき」 なんて私は言いたくないからです

赤ちゃんが元気に育つのは 母乳が食事、薬、シグナルの 役割を果たすからです 幼い乳児にとって 母乳は完全食であり 身体に必要な栄養素を供給し 脳を形作り 活動にエネルギーを供給します また母乳は 赤ちゃんの腸管に コロニー形成をする微生物を育てます 母親は2人分食べているだけでなく 無数の腸内細菌も養っています 母乳を飲むことで 免疫ができ 病原菌への抵抗力ができますし 母乳に含まれるホルモンは 乳幼児の体の発達を促します

でも ここ数十年 私たちは 母乳のありがたみを忘れがちで ありふれたものとして 母乳に目を向けるのをやめました そして ミルクと言えば 規格化、均質化、滅菌、袋詰め — 粉末化、 調味・成分調整された 人工栄養と考えるようになりました 母乳の持つ 愛情深さを 顧みなくなり 他のものに優先順位を向けました

ワシントンDCの 米国立衛生研究所(NIH)には 国立医学図書館(NLM)があり 2千5百万の論文が登録され 生命科学と生物医学研究の 知的宝庫となっています このデータベースは キーワード検索することができ 検索をすると 「妊娠」に関する論文は 100万件近くヒットしますが 「母乳」や「乳汁分泌」は ずっと少数です 母乳に限った研究論文数を見ると コーヒー、ワイン、トマトなどの方が よく研究されていることがわかります

(笑)

EDの方が2倍も研究されています

(笑)

知る必要がないと言うつもりはありませんよ 私は科学者ですから あらゆることを知るべきだと考えます でも 母乳に関して —

(笑)

私たちは知らなさすぎです 哺乳類の赤ちゃんが 最初に摂取する液体なのに — 私たちは 怒るべきです 概ね 10人のうち9人の女性が 生涯に1人以上の子を授かります つまり毎年 1億3千万人近くの 新生児が生まれていることになります 母子は最高の科学研究に値します

最近の研究で明らかになったのは ミルクが体の成長を促すだけではなく 行動の元となるエネルギーを供給し 神経の発達を形成します 2015年の研究で分かったことですが お母さんのお乳と 赤ちゃんの唾液が混ざると — 特に赤ちゃんの唾液が 化学反応を起こして 過酸化水素が発生し 黄色ブドウ球菌やサルモネラ菌を殺します ヒトをはじめとする哺乳類の研究から 赤ちゃんの性別によって 生物学的に母乳の成分が 異なる可能性があることが 分かり始めています 新生児ICU(NICU)では ドナーの母乳や市販の人工栄養に 手を伸ばそうとすると ほぼ単一規格です 私たちは考えもしませんが 赤ちゃんの成長パターンや速度には かなりの性差があり 母乳もその要因の一つです

こういった情報を聞いて お母さんたちの大半が 母乳を飲ませようとしますが 自分で設定した母乳栄養の目標に 達しない人も多いのです それはお母さんのせいではなく 私たちのせいです 近年増え続ける医学的な問題 — 肥満、内分泌障害、帝王切開、早産 これら全てが 母体の乳分泌を 邪魔する原因になる可能性があります そして多くの女性が 十分な知識に基づく 医療支援を受けていません

25年前 WHOとUNICEFが 赤ちゃんにやさしい病院の 基準を設けました 「赤ちゃんにやさしい」とは 母子の絆と乳幼児の栄養摂取に対して 最適レベルの支援をすることです 「赤ちゃんにやさしい」病院で 生まれる赤ちゃんは 現在の米国では 5人に1人しかいません これは問題です 母乳による授乳期に お母さんたちは 毎分、毎時、毎日、毎週 色々な問題に見舞われるからです 授乳の姿勢を覚えるのも一苦労 痛みが出るかもしれませんし 乳汁排出や 授乳必要量などなど 母乳での授乳中には こういったプロセスを熟知する 賢い臨床スタッフがいてしかるべきです

こういった問題で苦労する お母さんたちから電話がかかります 声をふるわせて涙声でこう言います 「うまく行かないの 母乳を与えるのは 自然にできるはずなのに どうしてうまく行かないの?」 進化的に古い行為だからといって 簡単で 誰でもすぐに できるようになるとは限りません これ以外に 進化的に古い行為を ご存知ですよね

(笑)

セックスです 最初からうまくできるなんて 思っていませんよね

(笑)

臨床医が最も適切なケアを 誰にでも提供できるようにするには 母乳栄養と授乳に関する最善の支援策について 継続的な教育を受けることが必要です そして継続的な教育をするためには それを生命科学と社会科学 両方の 最先端の研究と 連携させることが必要です なぜなら 私たちが 認識しなければならないのは 歴史的トラウマや 潜在的な偏見が しばしば 母親と臨床医の間に 溝を作ることです 身体は政治的です 母乳栄養支援は 多角的に行わなければ 不十分です そして職場復帰しなければならない お母さんは 米国のような国では 有給の育児休暇が出ないので 出産後わずか数日で職場復帰をせねば ならないこともあるのです

母子の健康を最適にするためと言って お母さんに 母乳の情報を伝えるだけで 母子の絆を強め 母乳栄養を支える 制度的な支援がなければ どうやったらうまくいくでしょう? うまくいくわけありません 私は 議員の皆さんと 議員を選出する — 有権者の皆さんに言います 雇用主並びに 団体交渉を行う 組合の皆さんに言います 勤め人の皆さんと株主の皆さんに言います 私たちの誰もが 社会全体の健康に深くかかわっています それを達成するための 役割を担っているのです 母乳は 人類の 健康改善の一環です NICUでは 赤ちゃんが早産で生まれたり 疾患や障害を持って生まれた場合 母乳や母乳の中の生物活性成分が 非常に大きな意味を持つことがあります 感染症のリスクが高い 環境、生態系、地域では 母乳は非常に有効な防御策となりえます 台風や震災などの非常時や 停電時など 安全な水が手に入らない時に 母乳があれば 赤ちゃんに 栄養と水分の補給が続けられます また 人道上の危機に 晒されている状況 例えば — 紛争地域から逃れた シリアのお母さんの立場なら ほんの小さなしずくで 地球規模の課題から 赤ちゃんを守れるのです

でも 母乳を理解することは お母さんや政策立案者にメッセージを 送ることだけではありません 母乳の大切さを理解することで 人工栄養の粉ミルクを改良し 何らかの理由で母乳栄養ができないか しない選択をしたお母さんの助けになるんです 私たちにはもっと良い働きかけをして 多様性に満ちたお母さんたちが 多様な方法で 子育てをする サポートをすることができます

世界中の女性が 政治的、社会的、経済的平等を 勝ち取るために奮闘している今こそ 私たちは 母性というものを 女性らしさの 中核となる属性としてではなく 女性を素晴らしい存在にする 潜在的な可能性の一つとして捉え直すべきです

今こそ その時です

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このプレゼンテーションについて

母乳は 赤ちゃんを成長させ、神経発達を促し、赤ちゃんに免疫力をもたらし、赤ちゃんを飢饉や疫病から守ります。ではなぜ、母乳がトマトほど研究されていないのでしょうか?ケイティー・ハインドは、生命を育む母乳という複雑な物質について洞察するととも、私たちが母乳を理解できるようになるためには科学研究によって埋めるべき大きな空白があると議論しています。

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