いまだにマラリアを撲滅できない3つの理由(12:20)

ソニア・シャー (Sonia Shah)
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対訳テキスト
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長きにわたる人類の歴史において、最も多くの人が犠牲になった伝染病は、マラリアです。
感染した蚊に刺されることでかかる病気で、おそらく最も古い惨事でしょう。

マラリアとの関わりは、類人猿から進化して以来かもしれません。今でもなお、マラリアには大きな犠牲を払わされています。毎年3億人がマラリアにかかり、50万人以上が亡くなっています。これは、本当におかしなことです。マラリアの治療法は、1600年代からあるのですから。

当時ペルーで、イエズス会の伝道師がキナの木の皮を発見し、その皮に「キニーネ」と呼ばれる、現在でもマラリア治療に使われる薬があったのです。つまり、何世紀もの間、マラリアの治療法は知られていたのです。1897年にはマラリア予防法も分かりました。イギリスの軍医、ロナルド・ロスが、マラリアを媒介するのは蚊だと発見したのです。かつては、ミアズマと言われる悪い空気が原因と思われていました。ですから、マラリアは比較的簡単に解決できるはずなのです。でも、今でも何十万もの人が、蚊に刺されたことが原因で亡くなっています。なぜでしょう?

この問いに長い間私は関心を持ってきました。インド系移民の娘として 育った私は、毎夏インドのいとこを訪ねていました。地元のマラリアに免疫がなかった私は、毎晩、この暑くて汗まみれになる蚊帳で寝かされました。いとこたちはテラスで寝ることができ、気持ちよい夜風にあたれたのに。それが理由で、私は蚊が大嫌いでした。でも、私はジャイナ教の家庭出身で、ジャイナ教では不殺生を厳格に守ります。ジャイナ教徒はお肉を食べてもいけないし、草の上も歩いてはいけません。うっかり踏みつけて虫を殺してしまうかもしれないからです。当然、蚊をたたいてもいけません。ですから、この小さな虫は、私にとって幼いころから恐るべき脅威でした。それもあって、私は5年かけジャーナリストとして、なぜマラリアがこれほど長い間私たちを苦しめてきたのか突き止めようとしてきました。私は3つの原因があると考えています。この3つが相まって、4つ目の原因を生み出します。それがおそらく最大の原因でしょう。

1つ目の原因は、もちろん科学的なものです。この小さな寄生虫がマラリアを引き起こします。おそらく、今まで知られている中で最も複雑かつしたたかな病原体です。この病原体は、その半生は冷血動物の蚊の中で、そして残りは温血動物の人間の中で過ごします。この二つの環境は全く異なるもので、さらに、いずれも非常に攻撃的です。蚊は絶えず寄生虫を追い出そうとしますし、人間の身体も、同様に追い出そうとします。この小さな生物は、そんな包囲攻撃を生き延び、さらには繁栄までしているのです。寄生虫は広まり、巧みに攻撃を逃れる術も身に付けました。

まず、形態を変えます。ちょうど毛虫が蝶になるように、マラリア寄生虫も姿を変えます。ライフサイクルで7回もです。それぞれの段階で全く違う姿をしているだけではなく、全く異なる生理機能を持っています。つまり、例えばライフサイクルの特定の段階にある寄生虫への特効薬を見つけたとしても、他の段階になったらちっとも効果がないかもしれないのです。寄生虫は、私たちの体内に隠れて検出もされず、気付かれずにいられるのです。何日も、何週間も、何ヶ月も、何年も―場合によっては何十年もです。この寄生虫はとても大きな科学上の課題ですが、寄生虫を宿す蚊も同様です。たった12種類の蚊が、世界中のほとんどのマラリアを運んでいて、そうした蚊が住む水のある場所について多くのことが分かっています。

皆さんはこう思うかもしれませんね。そんな危ない蚊がいる場所を避ければいいじゃないかって。危険なハイイログマがいる場所は避けられますし、クロコダイルがいる場所も避けますよね。でも、もし熱帯地方に住んでいて、ある日小屋の外を歩いて、家のまわりのやわらかい泥の上に足跡を残したとします。あるいは、飼い牛や豚が足跡を残します。そこへ雨が降ります。すると、足跡は水たまりになります。ほら、こうして家のすぐそばにマラリア蚊に最適な住まいを作ってしまったのです。

ですから、こうした虫を避けるのは簡単ではありません。私たちは、蚊が住みやすい場所を作ってしまうのです。ただ、普通に生活するだけでです。ですから、科学的にだけでなく、経済的にも大きな課題となります。マラリアが発生するのは、世界でも最も貧しく辺鄙な場所で、それには理由があります。貧しければ、よりマラリアにかかりやすいのです。貧しければ、住む可能性が高くなるのは水はけが悪い、僻地に建つ粗末な家屋です。つまり、蚊が繁殖する場所です。網戸もないことが多いでしょう。電気もなくて、電気が必要な屋内での活動もできないことが多いでしょう。外で過ごすことが増え、蚊に刺されやすくなります。貧困がマラリアを引き起こすのです。でも、今分かっているのは、マラリアもまた貧困を生み出すことです。

一つには、収穫の時期に大打撃を与えます。まさに農家が畑に出て収穫しないといけないとき、熱で家にいることになるのです。でも、それはまた、他の原因による死も招きます。歴史的にも起こりました。私たちは、一部の社会ではマラリアの駆逐に成功しました。でも、他が全て同じままだと、悪い食べ物、悪い水、悪い衛生状態によって結局人々は病気になります。でも、もしマラリアをなくせば、他の原因による死も減るのです。

経済学者ジェフリー・サックスは、これが社会にとって何を意味するのか、実際に数値化しました。
社会にマラリアがあれば「経済成長は毎年1.3%も抑制される」というのです。毎年毎年、この病気だけでです。ですから、これは 大きな経済的課題を提示します。というのも、もし特効薬やワクチンを見つけたとしてどうやって届けるのですか? 道もなければ インフラもなく、冷蔵できる電気もない場所です。病院も、お医者さんもいません。でも、これらが必要なのはそういう場所なのです。

マラリアをおとなしくさせるには大きな経済的課題があります。でも、科学的課題、経済的課題に加えて文化的課題もあります。これはおそらく、マラリアに関することで皆が話したがらないことでしょう。逆説的ではありますが、世界で最もマラリアに悩む人たちが一番、そのことを気にしない傾向にあります。これは医療人類学者によって何度も確認されてきたことです。世界でマラリアが多い地域でこんな質問をします。「マラリアについてどう思いますか?」返ってくる答えは「死に至らしめる病気で恐ろしい」ではなく「マラリアは日々のちょっとしたトラブル」です。これは、私自身も経験しました。インドの親戚にマラリアの本を書いていると言ったら、まるでイボに関する本でも書いているかのような目で見られました。なんで、そんな退屈でありきたりなものについて書いているの、という感じです。これは、単純なリスク認識の問題です。例えば、マラウイの子どもは、2歳になるまでマラリアに12回もかかるかもしれません。それでも、生きながらえれば、人生でずっとマラリアにかかり続けるでしょう。でも、それで死ぬ可能性はぐんと低くなります。彼女にとっては、マラリアは現れては消えていくものになるのです。世界のマラリアのほとんどで、実際にそうなのです。ほとんどのマラリアは、自然と現れては消えていきます。マラリアはたくさんあって、死に至るのはほんの一部のケースです。それでもこの大きな数になるというわけです。

マラリアの多い地域に住む人にとっては、マラリアは、ちょうど温暖な地域に住む私たちにとっての風邪やインフルエンザと同じに違いありません。風邪やインフルエンザは、社会や生活の上で大きな重荷です。でも、私たちは最も基礎的な予防措置さえ取っていません。風邪やインフルエンザの季節になれば、それにかかるのは普通と考えるからです。これは、マラリア抑制の上での大きな文化的課題です。マラリアにかかるのが普通だと思う人たちをどうやって医者に行かせますか? どうやったら診断を受けて処方箋をもらい、薬をもらってそれを飲み、虫よけをつけ、蚊帳の中で眠ってもらうことができますか? この病気を抑制する上での 大きな文化的課題です。

まとめてみましょう。
ある病気があります。科学的にも複雑で、経済的にも取り組むべき課題です。また、最も恩恵を被るべき人たちが最も関心を払っていないことでもあります。これら全てが最大の問題を生み出します。もちろん、政治的な問題です。どうやって、政治指導者にこうした問題に取り組ませますか? 歴史的に見ても、答えは「何もしない」です。ほとんどのマラリア社会は、ずっとこの病気と共に生きてきました。マラリアへの戦いは、主にマラリア社会の外から挑まれてきました。身のすくむような政治に縛られない人たちによってです。でも、これは新たな困難の温床になったと思います。

マラリアへの最初の一斉攻撃は1950年代に始まりました。アメリカ国務省の発案でした。この取組みは、経済的課題を良く理解したもので、安価で使いやすいツールを使う必要があると考え、殺虫剤「DDT」に注目しました。文化的課題も理解していました。事実、彼らが恩着せがましくも考えたのは、マラリアの危険にある人には何もさせるべきでないことです。全ては、彼らのために彼らにしてあげるべきだと。でも、過小評価していたのは科学的課題です。

DDTに大きな信頼を寄せたばかりに、マラリアの研究をやめてしまったのです。そのDDTが使えないと分かり、世論はDDTに反対するようになりました。でも、彼らはどうすればよいか科学的知見もなく、キャンペーンは崩壊し、マラリアは再発し、以前よりもひどくなりました。というのも、マラリアは最も辿り着きにくい場所に、最もコントロールが難しい形で追い込まれたからです。

世界保健機構(WHO)のある職員は当時、このキャンペーンを「公衆衛生分野での史上最大の間違い」と言いました。最新の取組みは1990年代後半に始まり、同じようにマラリア社会の外から運営・資金提供されたものです。この取組みは、科学的課題を良く理解していて、マラリア研究も活発にされています。そして、経済的課題も考慮し、とても安価で使い勝手の良いツールを使っています。でも、ジレンマは文化的課題にあると思います。

現在の取組みの中心は蚊帳です。殺虫剤処理がされたもので、マラリアのある全地域で配布されてきました。何百万という単位でです。この蚊帳というのはある種の外科的措置です。マラリアと共にある家庭にとって蚊帳はあまり価値はなく、マラリアが予防できるだけのものです。それでも、皆に毎晩蚊帳を使うようお願いしています。毎晩蚊帳の中で寝ることが、唯一有効な方法だからです。そうしないといけないんです。たとえそれが夜風を遮り、たとえ夜中に起きて用を足すために外に出ないといけなくても。たとえ、蚊帳を張るのに家具を全て移動させないといけなくてもです。たとえ、丸い小屋に住んでいて四角い蚊帳を張るのが 難しくてもです。命にかかわる病気と戦うのにたいしたことではありません。これらは、ちょっとした不便というものです。

でも、マラリアと共にいる人々はそうは考えません。
彼らは全く別の論理で動いているはずなんです。

たとえば、想像してください。善意のケニア人が、温暖な地域にいる私たちにこう言います。「皆さん、風邪やインフルエンザを よくひきますね。素晴らしく簡単に使えて安価なツールを作りました。ただでプレゼントします。マスクというものですが、皆さんは風邪やインフルエンザの季節に、ただ毎日、マスクを着けているだけでいいんです。学校や仕事に行くときにもです」
皆さん、そうしますか? これこそ、マラリア世界にいる人たちが初めて蚊帳を受け取ったときの反応ではないかと思うのです。実際、調査によれば、初めて配られた蚊帳のうち実際に使われていたのは20%だけでした。それもおそらく過大評価でしょう。蚊帳を配った人たちが、受け取った人に聞き取り調査したのですから。「お渡しした蚊帳を使いましたか?」と。ちょうど、ジェーンおばさんが「クリスマスにあげた花瓶はどう?」と聞くようなものです。ですから おそらくは過大評価です。でも、乗り越えられない問題ではありません。もっと教育をして、蚊帳を使うよう説得できます。今、実際に行われています。より多くの時間とお金をかけてワークショップや研修、ミュージカルや劇、学校集会…これら全てを駆使して、配布した蚊帳を使うよう説得をしています。効果はあるかもしれません。でも、時間もお金もかかります。リソースやインフラも必要です。これらは全て、安価で使いやすい蚊帳のあるべき姿ではありません。

マラリア社会の内側からマラリアと戦うのは難しいですが、マラリア社会の外側から戦うことは同様に困難なことです。結局は自らの価値観をマラリア社会に押し付けることになるからです。これがまさに、1950年代に私たちがしたことで、その取組みは逆効果でした。今、私が言いたいのは、自らが作ったツールを配布しても、それが相手の生活に役に立つとは限らない場合、同じ間違いを犯すリスクがあるということです。マラリアが克服不能というのではなく、私は克服できると思っています。ただ、もしこの病気を、マラリアと共に生きる人たちの価値観で戦ったらどうかと言いたいのです。

イギリスやアメリカの例を見てみましょう。何百年もの間、両国ではマラリアがありましたが、ついには撲滅しました。マラリアと戦ったからではありません。戦っていません。戦ったのは、悪い道路や住居、悪い下水や電気がないこと、田舎の貧困です。マラリアを生む生活様式と戦ったのです。それにより、徐々にマラリアを駆逐しました。

マラリアを生む生活様式と戦うこと。これは意味のあることです。今日、誰もが関心があります。
マラリアを生む生活様式と戦うこと。それは、早くて安く、簡単なものではありません。
でも、これこそが唯一、前に進める道だと思うのです。

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このプレゼンテーションについて:

1600年代からマラリアの治療法は分かっているにもかかわらず、なぜ、この病気でまだ毎年何十万もの命が失われるのでしょうか? ジャーナリストのソニア・シャーは、それは単に薬の問題ではないと言います。マラリアの歴史をひも解くと、マラリア撲滅を阻む3つの大きな課題が浮かび上がります。

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