人間に新たな感覚を作り出すことは可能か?(20:34)

デイヴィッド・イーグルマン (David Eagleman)
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対訳テキスト
講演内容の日本語対訳テキストです。
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私たちの体はとても小さなものからできていて、すごく大きな宇宙の中に いるわけですが そのようなスケールの世界を 私たちはあまり 上手く把握できません 私たちの脳は そういうスケールで世界を理解するようには 進化して来なかったからです。

私たちの認識は、むしろ真ん中のほんの薄い領域に捕らわれています。さらにおかしなことに、私たちが自分の居場所と思っているその薄い領域においてすら、私たちは起きていることの多くを見てはいないのです。たとえば世界の色を 例に取って見ましょう これは光波で 物に反射した電磁波が 目の後方にある専用の受容体に 当たることで認識されますが 私たちはすべての波長を 見ているわけではありません 実際私たちが 見ているのは 全体のほんの10兆分の1に すぎません だから電波や マイクロ波や X線やガンマ線が 今まさに 体を通り抜けているにも関わらず まったく気付かないのです それを捕らえられる 感覚受容体が 備わっていないからです 何千という携帯電話の会話が 今まさに 体を通り抜けているというのに それがまったく見えません。

そういったものが本質的に見えない という訳ではありません ヘビに見えている世界には 赤外線の一部が含まれているし ミツバチが見る世界には 紫外線が含まれています そして私たちの車の ダッシュボードには ラジオ周波数帯の信号を 捕らえる機械があるし 病院にはX線領域の電磁波を 捕らえられる機械があります しかし私たち自身はそういったものを 感じ取ることができません 少なくとも今のところは そのためのセンサーを 備えていないからです。

それが意味するのは 私たちの体験する現実は 生物としての肉体に 制約されているということです 私たちの目や耳や指先は 客観的な現実を 伝えているという 思い込みに反して 実際には私たちの脳は 世界のほんの一部を サンプリングしているに過ぎないのです。

生き物の世界を 見渡してみれば 異なる生き物は世界の異なる部分を 見ているのが分かります 視覚も聴覚も欠く ダニの世界で 重要となるシグナルは 温度や酪酸です ブラック・ゴースト・ナイフフィッシュの 感覚世界は 電場で豊かに彩られています エコーロケーションする コウモリにとっての現実は 空気圧縮波から 構成されています それが彼らに捕らえられる 世界の断片なんです 科学でそれを指す 言葉があって Umwelt (環世界)と言います 「周りの世界」という意味の ドイツ語です どの生き物もきっと 自分の環世界が客観的現実のすべてだと 思っていることでしょう 立ち止まって 自分の感覚を越えた世界が あるかもしれないなどと 考えはしません 自分に与えられた現実を みんなただ受け入れるのです。

ひとつ意識喚起をしましょう 自分がブラッドハウンド犬だと 思ってください 世界の中心にあるのは 「におい」です 2億という嗅覚受容体を備えた 長い鼻を持ち 濡れている鼻孔は においの分子を引き寄せて捕らえます 鼻孔には切れ目さえあって 鼻いっぱいに空気を取り込むことができます 犬はすべてを においで捕らえます ある日 ふと気づいて 足を止めるかもしれません そして飼い主の人間を見上げて 思います 「人間みたいに貧弱で情けない鼻を 持っているというのは どんなものなんだろう?」 (笑) 「空気をほんのちょびっとしか 取り込めず たった百メートル向こうに 猫がいることや お隣さんが6時間前この場所にいたことさえ 分からないというのは?」 (笑)

私たち人間は そのようなにおいの世界を 体験したことがないので そのことを特に 残念とも思いません 私たちは自分の環世界に すっかり馴染んでいるからです しかし私たちは ずっとそこに 捕らわれているしかないのでしょうか? 私は神経科学者として 技術が私たちの環世界を 拡張できる可能性や それが人間としての体験を いかに変えることになるかに興味があります。

技術を生物的な肉体に組み込みうることを 私たちは知っています 何十万という人が 人工的な聴覚や視覚を使って 歩き回っています その仕組みは マイクを使って信号をデジタル化し 電極を直接内耳に繋ぐ あるいは網膜移植なら カメラを使って 信号をデジタル化し 格子状の電極を 視神経に直接繋ぎます 15年前という 比較的最近まで そういった技術はうまくいかないと 考える科学者がたくさんいました なぜならそういった技術が話すのは シリコンバレーの言葉で それは生物的感覚器官の言葉とは 違っているからです しかし実はうまくいくんです 脳はそういった信号の使い方を ちゃんと見つけられます。

どのようにしてか? 実を言うと 脳というのはそういったものを 見も聞きもしてはいないのです 脳は音も光もない 頭蓋骨の中に収められています 脳が見るのは様々な ケーブルから入ってくる 電気化学的な信号だけです 脳が扱うものはそれだけです 脳というのは そのような信号を取り込んで パターンを抽出し 意味付けを行うことに 驚くほど巧みで この内的な宇宙から ストーリーをまとめ上げて 皆さんの主観的な世界を 作り出しているんです。

ここで鍵になるのは 脳というのはそういうデータが どこから来ているのか知らないし 気にもしないということです 何であれ情報が入ってきたら 脳はその使い方を見つけ出すのです 脳というの とても効率的な機械です それは基本的には 汎用計算装置で どんなデータに対しても どう使えばいいか 見出すことができ 母なる自然が 様々な入力チャネルを作り出す 自由を生み出しています。

私はこれを「進化のPHモデル」 と呼んでいます ここではあまり 専門用語を使いたくありませんが PHは「ポテト・ヘッド」の略です この名前を使っているのは 私たちがよく知り気に入っている感覚器というのは 目にせよ耳にせよ指先にせよ プラグアンドプレイの周辺装置に過ぎないことを 強調するためです 差し込むだけで準備OK 脳は入ってくるデータの 使い方を見つけ出します 動物の世界を見渡すと 様々な周辺機器が 見つかります ヘビには赤外線を感知する ピット器官があり ブラック・ゴースト・ナイフフィッシュには 電気受容器があり ホシバナモグラは 鼻先の22本の突起を使って 周囲を探って 世界の3次元モデルを作り出し 鳥類の多くは磁鉄鉱を備えていて 地球の磁場を感じ取れます これが意味するのは 自然は脳を再設計し続ける必要は ないということです 脳機能の基本が 確立されたなら あとは新たな周辺装置のデザインだけ 気にすればいいんです。

それが意味するのは 我々に備わる器官は 別に特別で根本的なものではない ということです 進化の長い道のりで 受け継いできたもの というに過ぎず 我々はそれにしがみついている 必要はないのです そのことの良い例として 「感覚代行」と呼ばれる 現象があります これは通常とは 異なるチャネルを通じて 脳に情報を送るということで 脳はその情報をどうすべきか ちゃんと見つけ出します。

空論に聞こえるかもしれませんが これを実証した最初の論文が 1969年のネイチャー誌に出ています ポール・バキリタという科学者が 改造した歯科用椅子に 盲人を座らせ ビデオカメラを設置して その前に何か物を置き 被験者はその映像を 格子状に並べた筒型コイルによって 背中で感じるようにしました だからコーヒーカップを カメラの前で動かすと それを背中に感じるわけです 盲目の人たちは背中の 小さな部分の刺激から カメラの前にあるものを 驚くほど正確に 言い当てられるようになりました その後これをより現代化したものが いろいろ現れました 「ソナー眼鏡」は 目の前にある物の映像を 音の風景に置き換えます 物が近づいたり 遠ざかったりすると 「ジジジ ジジジ ジジジ」 と音がします 雑音みたいですが 何週間かすると 盲目の人は その音をたよりに 目の前に何があるかを 非常に良く 把握できるようになります これは別に耳を使う必要はなく こちらのシステムでは 格子状の電気触覚を額に貼り付けて 目の前にあるものを 額で感じ取ります なぜ額かというと 他に大して使う用がないからです。

最も新しい例は BrainPortと呼ばれるもので 小さな電極の格子を 舌に付け ビデオ映像を 電気触感信号に変換します 盲目の人はこれを驚くほどうまく使うことができ ボールをカゴに投げ入れたり 複雑な障害物コースを通り抜けたり できるようになります 舌で見るようになるんです 突拍子のない話に 聞こえるかもしれませんが 視覚は脳の中を流れる 電気化学的信号でしかない ということを 思い出してください 脳はその信号が どこから来たのか気にしません 単にそれをどう使ったら良いか 見出すんです。

私の研究室で関心を持っているのは 聴覚障害者のための感覚代行です ご紹介するのは 私が大学院生のスコット・ノーヴィックと 一緒にやっているプロジェクトで 彼は博士論文に向けて この研究を主導しています 私たちがやりたいのは 周囲の音を 何らかの形に変換し 聴覚障害者が言われたことを 理解できるようにすることです 私たちは携帯機器の 性能と遍在性を生かし 携帯電話やタブレットで 使えるものにしたいと思いました またこれは身に付けて 服の下に着られるものに したいと思いました コンセプトを お目にかけましょう 私が話すと その音を タブレットが捕らえて チョッキに埋め込まれた たくさんのバイブレータに対応付けます 携帯に入っているような モーターを使っています 私が話した言葉が チョッキの振動パターンへと 変換されるわけです これはただの コンセプトではありません このタブレットはブルートゥース通信をしていて 私は今そのチョッキを身に付けています だから私がしゃべると — (拍手) その音がダイナミックな 振動パターンへと変換されます これによって周囲の音響世界を 肌で感じ取ることができます。

私たちはこれを聴覚障害者に 試してもらっていますが ほんのわずかな期間で チョッキの言葉を感じ取り 理解できるようになることが 分かりました。

彼はジョナサン 37歳で 修士号を持っています 生まれもっての 重度聴覚障害者です 普通の人の環世界の一部が 彼には欠けているわけです それで彼にこのチョッキの訓練を4日間 日に2時間ずつしてもらい 5日目の様子がこちらです。

(ノーヴィック) You.

(イーグルマン) スコットが言葉を言い ジョナサンがそれをチョッキから感じ取って ホワイトボードに書いています。

(ノーヴィック) Where.

(イーグルマン) ジョナサンは 複雑な振動パターンを解釈して 言われた言葉を 理解することができます。

(ノーヴィック) Touch.

(イーグルマン) ジョナサンはこれを— (拍手) 意識的にやっているわけではありません パターンがあまりにも複雑なためです 彼の脳がパターンを紐解いて データの意味を 理解するようになっているのです 私たちの予想では このチョッキを3ヶ月も着ていれば 彼は直接的な聴覚の感覚を 持つようになるでしょう ちょうど盲目の人が 点字の上に指を滑らせたときに 意識的な努力なしに 意味が直接ページから 飛び込んでくるように感じるのと同じように この技術は大きな変化をもたらす 可能性を持っています 現在 聴覚障害の唯一の解決法は 人工内耳ですが それには外科手術が必要です しかもこのチョッキは人工内耳の 40分の1以下の値段で作ることができ この技術を広く世界に 最も貧しい国々にも行き渡らせることができます。

私たちは感覚代行での結果に 強く勇気づけられ 「感覚追加」について 考えるようになりました このような技術を使って まったく新しい感覚を 人間の環世界に付け加えることは できないでしょうか? たとえばインターネットから リアルタイムデータを 直接人の脳に送り込んで 直接的な認知経験を発達させることは できないでしょうか?

これは私たちの研究室で やっている実験ですが 被験者はインターネットからの リアルタイムデータを 5秒間体感します その後2つのボタンが現れ どちらかを選択します 被験者は何のデータか知りません 選択が正しかったか 1秒後にフィードバックが与えられます ここで見たいのは 被験者はパターンが何を意味するのか 知らないわけですが どちらのボタンを押せばよいか 正しく判断できるようになるかどうかです 被験者は私たちの 送っているデータが 株式市場のリアルタイムデータで 自分がボタンで売買の選択を していることを知りません (笑) フィードバックで正しい選択を したかどうか伝えています 私たちが見たいのは 何週間かの訓練の後に 世界経済の動きを 直接把握する感覚を持つように 人間の環世界を拡張することは 可能かということです 結果がどういうことになったか 追ってご報告します (笑)

これは私たちが試している もう1つのことですが 今朝のこのセッションの間 TED2015のハッシュタグが ついたツイートを 自動的に集めて センチメント分析にかけています みんなが肯定的な言葉を使っているか 否定的な言葉を使っているかということです この講演の間ずっと 私はこれを感じていました 私は何千という人々の 集合的な感情に リアルタイムで 繋がっているわけで これは人にとって 新しい種類の経験です みんなが今どうしていて どれくらいこれを楽しんでいるか判るんですから (笑) (拍手) これは人が通常体験できるよりも 大きなものです。

私たちはまたパイロットの環世界を 拡張しようとしています ここではチョッキに クアッドコプターから 9種類のデータ — ピッチ ヨー ロール 方位 方向などが送られていて パイロットの操縦能力を 向上させています パイロットの皮膚感覚が遙か向こうの機体にまで 拡張されているようなものです。

これはとっかかりに 過ぎません 私たちはこれを計器で埋められた 現代的なコックピットに適用したいと考えています 個々の計器を読み取る代わりに 感じ取れるようにしたいのです 私たちは情報の世界に 生きていますが ビッグデータに アクセスするのと それを肌で感じ取るということの間には 違いがあります。

人間の地平を拡張することの 可能性には 本当に限りがないと思います たとえば 宇宙飛行士が 国際宇宙ステーション全体の状態を 感じ取れるというのを 想像してみてください あるいは自分の体の血糖値や マイクロバイオームの状態といった 見えない健康状態を 感じ取れるというのを あるいは360度の視覚や 赤外線や紫外線の視覚を持つというのを。

ここで鍵となるのは 未来へと進む中で 私たちは自らの周辺機器を 選んでいけるようになるだろうということです 母なる自然が長いタイムスケールで 感覚器官を与えてくれるのを 待つ必要はありません 良い親が皆するように 世界に出て行って進む道を決めるために必要な道具は 既に与えてくれているのですから 今 私たちが問うべきことは 自分の世界をどう体験し 探索したいかということです。

ありがとうございました。

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このプレゼンテーションについて:

人間が感じ取れる光は全体の10兆分の1たらず—我々の経験する現実は生物としての肉体に制約されているのだと神経科学者デイヴィッド・イーグルマンは言います。そして彼はそれを変えたいと考えています。人の脳を研究する中から彼は「感覚チョッキ」のような新しいインタフェースを作り出し、身の回りの世界の今まで見えなかった情報を感じ取れるようにしています。

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