コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力

2024.05.20|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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深水埗の関帝廟を香港警察が捜査
内部では和勝和の入会式が挙行中
男性6人女性1人を逮捕
(2020年12月18日)
中央が中国星集団の向華強・主席
右は周潤華(チョウ・ユンファ)
左は劉徳華(アンディー・ラウ)
3人は映画「賭神」で共演
香港芸能界は新義安の影響力が大きい
香港の三大犯罪組織として知られる「和勝和」「14K」「新義安」は、その創設背景は異なるが、いずれも清王朝の時代に誕生した秘密結社「洪門」の伝統を引き継いでいる。

香港を含む広東では、「洪門」から派生した「三合会」が、犯罪組織を意味する言葉となり、これを英国人は“トライアド”と呼んだ。

「三合会」のヒエラルキーは強固ではない。先輩と後輩の間に師弟関係はあるものの、それ以外は義兄弟の関係にあり、基本的には同格だ。この緩やかなヒエラルキーの頂点に立つ首領は、“坐館”や“龍頭”などと呼ばれる。

「和勝和」は聖徳太子の十七条憲法と同じく、「和を以て貴しと為す」をモットーとし、二年に一度の選挙で坐館を決める。選挙権があるのは、坐館の経験者である六十人の“叔父”。候補者たちは叔父たちの支持を得るため、彼らへの利益供与合戦を繰り広げる。

一方、「新義安」では創設者である向前の血縁者が、坐館の地位を継承する世襲制だ。現在の坐館は、向前の十番目の子である向華強(チャールズ・ヒョン)とみられ、彼は上場映画会社「中国星集団」を経営するなど、香港芸能界の有力者でもある。映画監督を務めるだけではなく、自ら出演することもある。

葛肇煌が創始した「14K」は、息子の葛志雄が二代目の坐館を襲名したが、孫の葛顕徳は跡目を継がなかった。坐館に次ぐ役職は、ナンバー2が“二路元帥”、ナンバー3が“双花紅棍”と呼ばれ、こうした地位に就く複数の実力者が、やがて「14K」を取り仕切るようになった。ちなみに1970~80年代の香港芸能界で活躍した俳優の陳恵敏(マイケル・チャン)は、「14K」の双花紅棍だったという。

アクション俳優だった陳恵敏
裏の顔は14Kナンバー3の「双花紅棍」
(2019年)
1950年代初期の反革命鎮圧運動
国民党の残党、スパイ、秘密結社を鎮圧
約260万人を逮捕、約71万人を処刑
中国本土の三合会は一掃された
反中デモを襲撃した白衣の集団
逮捕者は和勝和と14Kの構成員が多かった
これら三大組織の前身組織であり、香港マフィアの総称でもある「三合会」は、中国本土や英領香港の歴史の裏で暗躍した。

三合会は清王朝の転覆と明王朝の復興を目指すのが本来の目的だったことから、1851年に勃発した「太平天国の乱」や1911年の「辛亥革命」を歴史の裏から支援した。

中華民国が成立すると、各地の軍閥は三合会を利用したり、犯罪組織として取り締まったりするなど、その関係は複雑だった。

1949年に中華人民共和国が成立すると、三合会は“反革命”として鎮圧され、中国本土から一掃された。逮捕者は約260万人で、約71万人が銃殺刑に処せられたという。

こうしたなかで、三合会が生き残ったのが英領香港だった。1956年に英領香港で中国国民党(国民党)支持の右派市民による「双十暴動」が発生。この59人に上る死者を出した暴動は、国民党を起源とする「14K」が、台湾から指示を受けて扇動したといわれる。

香港の主権が中国に返還されると、「新義安」の向華強は、中央政府に恭順の意を表し、いまも香港芸能界で隠然たる影響力を保つ。

「和勝和」は、2012年に幹部の“上海仔”こと郭永鴻が、梁振英・行政長官と会食していたことが判明。2019年7月に反中デモの参加者が襲撃された事件では、「和勝和」と「14K」の構成員が逮捕されている。香港社会で三合会は、いまも無視できない存在だ。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は6/5公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度 NEW!
  3. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  4. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  5. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  6. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  7. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  8. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  9. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  10. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  11. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  12. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  13. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  14. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  15. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  16. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  17. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  18. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  19. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  20. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  21. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  22. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  23. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  24. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  25. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  26. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  27. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  28. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  29. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  30. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  31. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  32. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  33. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  34. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  35. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  36. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  37. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度 NEW!
  3. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
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