コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割

2024.04.20|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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黒社会の代表的人物である劉漢
漢龍集団を経営、総資産は数百億元
篤志家としても有名
四川省政治協商委員を3期歴任
裏の顔は犯罪組織のボス
後ろ盾は中央政治局常務委員の周永康
周永康の失脚で、劉漢の悪運も尽きた
中国共産党(共産党)が統治する中国本土でも、犯罪集団の存在が暴かれることがある。そうした悪者どもの界隈を「黒社会」と呼ぶ。

黒社会の犯罪集団は、改革開放政策による高度経済成長の副産物だ。正業を営んでいた地方の商売人や無頼漢が、賭博や売春などの違法ビジネスに手を出すうちに、犯罪集団と化したケースが典型。その経済力を背景に、地方の共産党幹部と癒着することも多い。

法廷で泣き叫ぶ劉漢(2014)
9件の殺人を含む15件の罪で死刑に
劉漢も自分の命だけは惜しかった
死刑は2015年2月に執行された
黒社会の犯罪集団は、公安当局の重点取締対象であり、潜伏して活動していることから、その存在が一般に知られる機会は少ない。

一方、中国共産党の支配が及ばない香港、マカオ、台湾には、歴史の長い犯罪組織が暗躍し、その存在は一般にも知られている。

和勝和の元老“上海仔”こと郭永鴻(白い服)
背後にいるのは和勝和の構成員たち
香港の犯罪組織は「三合会」(トライアド)と呼ばれ、三大組織の「14K」「新義安」「和勝和」のほか、その分派が多数存在する。

台湾最大の黒幇「竹聯幇」の黄少岑
二代目幇主
台湾では戦後に「黒幇」と呼ばれる犯罪組織が相次いで誕生。なかでも「竹聯幇」「四海幇」「天道盟」は三大組織と呼ばれる。

日本の犯罪組織である暴力団では、「仁義」や「任侠道」(仁侠道)などの言葉が使われる。ヤクザ者には「侠客」という美名もある。

これらの言葉の起源は、古代中国にある。紀元前の中国で侠客は「游侠」あるいは単に「侠」などと呼ばれ、漢王朝の時代には朱家や郭解などの侠客が、天下に名を馳せた。その生き様は、司馬遷の「史記」游侠列伝や班固の「漢書」游侠伝に記録されている。

「史記」游侠列伝を著した司馬遷 もっとも、侠客に対する見解は、司馬遷と班固で大きく異なる。司馬遷は「その行いは正義から逸脱するが、その言葉は信頼でき、行動で果たす。約束に誠実で、わが身を惜しまずに人を助け、自慢しない」と賛美する。一方、儒教思想を重んじる班固は手厳しく、社会秩序を乱す侠客は抹殺すべきと論じる。

1996年の香港ヤクザ映画「古惑仔」 このように、ヤクザ者をめぐる意見の対立は、古代から存在し、今日まで続く。日本では古くから国定忠治や清水次郎長の物語が愛され、ヤクザ者を扱う映画や漫画は現代でも定番。香港でも“三合会”の映画が人気だ。

人情味のある無法者が愛される背景には、法で救われない人々を彼らが救済するという物語がある。また、公権力の及ばない無法状態で、侠客が人々を助ける話も好まれる。

世界を見れば、犯罪組織の社会的影響力が大きな地域は、「大陸法」の法域や公権力が行き届かない地域が多い。一方で「英米法」の法域や厳格な宗教国家は少ない。

19世紀初頭の大法官法廷
エクイティは公平性と柔軟性を重視
大法官は良心に従って個別に救済を施した
“成文法”が中心の「大陸法」は、国家と国民の関係を規律する“公法”から発達したが、“慣習法”の「英米法」は私人同士の関係をめぐる“私法”から発展した。英米法はコモンロー(普通法)とエクイティ(衡平法)の二本立て。厳格なコモンローで救えない人々を大法官が柔軟に個別救済したのがエクイティの始まり。日本で言えば、 “大岡裁き”だ。

「英米法」の法域では、普通の法で救われない人々をエクイティで救済し、宗教国家では聖職者がその役を務め、そこにヤクザ者の出番は少ない。犯罪組織の社会的影響力の地域差は、誰が救済者だったかの違いでもある。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は5/5公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 45. 信仰で区別された特異な少数民族~中国の回族とは?NEW!
  3. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響
  4. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
  5. 42. 洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術
  6. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計あり
  7. 40. 商売の神様は実在した人物~彼が神たる理由とは?
  8. 39. 見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」
  9. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  10. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
  11. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度
  12. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  13. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  14. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  15. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  16. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  17. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  18. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  19. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  20. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  21. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  22. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  23. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  24. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  25. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  26. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  27. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  28. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  29. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  30. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  31. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  32. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  33. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  34. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  35. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  36. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  37. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  38. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  39. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  40. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  41. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  42. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  43. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  44. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  45. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  46. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
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  2. 45. 信仰で区別された特異な少数民族~中国の回族とは?NEW!
  3. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響
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  25. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
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  29. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
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  31. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  32. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
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  46. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力