コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

現代の屯田兵~新疆生産建設兵団

2024.3.20|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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中国の人口密度分布図(2010)
暖色が濃いほど、人口密度が高い。
北東から南西に引かれた緑色の線は「胡煥庸線」。
日本では「黒河・騰衝線」の名で知られる。
新疆ウイグル自治区の面積は、中国全体の約6分の1に相当するが、砂漠や山脈など不毛の土地が多くを占める。厳しい自然環境を背景に、人口は2022年末でも約2587万人であり、中国全体の2%弱にすぎない。

ただ、それでも2000年末の約1849万人に比べ、この20年あまりで約1.4倍になった。一方、この地に住む漢民族の割合はあまり変わらず、4割ほどにとどまっている。

新疆ウイグル自治区の民族分布図(2000)
赤は漢民族、青はウイグル族が大多数の地域。
黄色はカザフ族と漢民族が半々の地域。
この新疆ウイグル自治区には、あまり表に出ない組織が存在する。その名は新疆生産建設兵団(新疆兵団)。辺境防衛と開墾を担う準軍事的政府組織であり、要は「屯田兵」だ。

新疆兵団の前身組織が発足したのは、国共内戦が終結したばかりの1954年10月。最初に18万人弱の復員兵が生産部隊として、この組織に編入され、水利施設や国営農牧場の建設を始めた。新疆兵団は全国各地から復員兵や志願者を吸収しながら拡大した。

荒野を開拓する初期の新疆兵団 プロレタリア文化大革命が始まると、新疆兵団はほぼ崩壊。当時は新疆兵団も含めて計13の生産建設兵団が存在していたが、いずれも1975年ごろに解体された。

1980年にチベット自治区では、政府幹部に占めるチベット族の割合を高める一方、漢民族の幹部は帰郷させる方針が示された。

国境付近をパトロールする現代の新疆兵団 これが新疆ウイグル自治区に伝わると、上海など大都市から新疆兵団に加わっていた漢民族が、帰郷を求める抗議活動を展開。その一方でウイグル族の間では、漢民族の帰郷を視野に、民族主義的な動きが活発化した。

こうした不穏な空気を背景に、漢民族とウイグル族の衝突事件が頻発し、軍が鎮圧に当たる事態に発展。中央政府は民族政策の方針を変え、漢民族と少数民族の共存共栄を強調した。そこで、自治区の安定と開拓活動の継続を目的に、1981年に新疆兵団が復活した。

新疆兵団の綿花農場、収穫機は米国製(2013) 新疆兵団は中央政府と自治区政府の二重管轄下にあり、省レベルの行政権を有する。人口は2022年末で約361万人。これは自治区全体の約14%に相当する。2022年の域内総生産(GDP)では、新疆兵団が自治区全体の約20%を占めた。

2023年4月に発足した自治区北西の白楊市
第九師団が建設した「師市合一」の県級市
カザフスタンとの国境ゲートに隣接(2013)
新疆兵団は計14の師(師団)で構成され、それらが百数十の団(連隊)や農牧場を管理する。自治区では「師市合一」という師団と市政府が一体化した行政体制を採用。師団が荒野を開拓して県レベル市(県級市)を建設すると、そこは自治区政府の直轄となり、新疆兵団が運営する。師団の政治委員が市の共産党書記を兼ね、師団長が市長を兼務する。

2010年代に入ると、自治区では数年に一度のペースで、新疆兵団が新しい街を建設。2023年4月には自治区の北西部で、第九師団が建設した白楊市が発足した。

北京の国際貿易展に置かれた新疆兵団の展示ブース
(2021年9月)
また、新疆兵団は生産を担う組織でもある。1996年6月に支配下の新疆百花村を上海証券取引所に上場させた。新疆兵団は1998年から対外的に「中国新建集団公司」という法人名を使用。多くの上場企業を傘下に持つ。

新疆兵団はその名の通り、生産、建設、軍事を担う巨大組織。これを背景に、米国の標的となり、2020年には制裁対象となった。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は4/5公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割NEW!
  3. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  4. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  5. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  6. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  7. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  8. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  9. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  10. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  11. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  12. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  13. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  14. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  15. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  16. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  17. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  18. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  19. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  20. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  21. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  22. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  23. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  24. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  25. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  26. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  27. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  28. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  29. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  30. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  31. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


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  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割NEW!
  3. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  4. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  5. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  6. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  7. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
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  14. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
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