コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン

2024.1.20|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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中国の人口密度分布図(2010)
暖色が濃いほど、人口密度が高い。
北東から南西に引かれた緑色の線は「胡煥庸線」。
日本では「黒河・騰衝線」の名で知られる。
この線の東西を比較すると、
面積は西が57%、東が43%
人口は西が6%、東が94%
GDP(域内総生産)は西が4%、東が96%となる。
チベット自治区は広大だ。面積は日本の約3倍に相当し、中国の8分の1を占める。だが、人口は2021年末で360万人ほど。日本の横浜市と同程度であり、中国の0.3%にすぎない。1㎢の人口密度は3人を下回り、日本の100分の1未満。人跡まばらな土地だ。

人口が少ない原因は、脆弱な食料生産。平均海抜4000メートル以上の過酷な土地では農地が限られ、食料生産は遊牧に依存。余剰生産が乏しく、非食料生産者を養うのは困難。この人間に厳しい環境が、人口増加を妨げる。

また、余剰生産が少ないことから、資本の蓄積が進まず、有望な産業が勃興しなかった。

チベット文化圏(青蔵高原)の人口密度分布図(2010)
暖色が濃いほど、人口密度が高い。
北東から南西に引かれた褐色の線は「祁吉線」。
人口は無人地帯が多い西が7%、東が93%。
こうした自然環境による制約を背景に、チベット自治区の域内総生産(GDP)は、22年も省別で全国最下位にあり、1位の広東省の1.7%にすぎない。自治区政府の財政規模も全国最下位であり、中央政府に大きく依存する。中央政府からの交付金は、22年も自治区の歳入の67%を占めた。

産業の育成と経済的な自立は、チベット自治区の大きな課題だ。貧困は社会不安の大きな要因であり、そうした配慮からも、人々の生活水準向上に向けた政策を推進している。

チベット自治区の非識字率は極端に高い。
背景に人口分布、地理的制約、生活様式などの問題がある。
だが、人材の確保は難しい。中国では15歳以上の非識字者率が、21年は全国で3.2%であり、首都の北京では0.8%だった。一方、チベット自治区の非識字率は34.3%。つまり、3人に1人は読み書きができない。男女差も大きく、男性は26.7%だが、女性は42.7%に達する。中国でも突出した高さだ。

それゆえ、人材育成に向けた教育が必要だが、厳しい自然環境と人々の生活様式から、学校に子どもを集めるのも容易ではない。そこで、寄宿舎学校を整備しているが、西側諸国は“チベット民族を漢民族に同化させる政策”と非難する。チベットの人々を守りたい気持ちからの中国批判かも知れないが、それは教育の権利や機会を奪うことにつながる。

チベット自治区では、こうした制約から域内での内発的な産業育成が難しい。そこで、域外からの投資を誘致することで、外発的な産業育成を目指す政策も推進している。

チベット自治区は投資誘致を目的に、08年に税優遇政策を導入。産業別に優遇期間を定め、法人税などを減免した。2010年代に入ると、税優遇に魅かれた多くの上場企業が、会社登記地だけをチベット自治区に移した。

また、意外かも知れないが、チベット自治区の区都ラサ市(拉薩市)にある東方財富証券の営業店は、22年まで5年連続で顧客の証券取引額が中国1位。この会社はラサ市に複数の営業店があり、それらの取引額も全国屈指。投資家に“拉薩天団”と呼ばれる。

チベットは証券会社営業店が26店しかない。
これは全国31地区で30位。
だが、総取引額は全国15位であり、営業店平均では全国1位。
東方財富証券の営業店が大きな影響力を持つ。
本社が上海市にある東方財富証券は、金融情報サイトの運営会社が、法人税率が低いラサ市の証券会社を買収して15年に発足。個人顧客をラサ市の営業店に集中登録した結果、取引額が中国トップとなったわけだ。

地球上で最も“ヘブン”(天国)に近いチベット自治区は、今や中国の“タックス・ヘイブン”(租税回避地)。現地の経済や雇用への恩恵は少なく、“ヘブン”への道程はなお遠い。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は2/5公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史NEW!
  3. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  4. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  5. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  6. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  7. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  8. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  9. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  10. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  11. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  12. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  13. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  14. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  15. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  16. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  17. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  18. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  19. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  20. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  21. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  22. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  23. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  24. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  25. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  26. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  27. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


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