中国の人口密度分布図(2010)
暖色が濃いほど、人口密度が高い。
北東から南西に引かれた緑色の線は「胡煥庸線」。
日本では「黒河・騰衝線」の名で知られる。
この線の東西を比較すると、
面積は西が57%、東が43%
人口は西が6%、東が94%
GDP(域内総生産)は西が4%、東が96%となる。
チベット自治区は広大だ。面積は日本の約3倍に相当し、中国の8分の1を占める。だが、人口は2021年末で360万人ほど。日本の横浜市と同程度であり、中国の0.3%にすぎない。1㎢の人口密度は3人を下回り、日本の100分の1未満。人跡まばらな土地だ。
人口が少ない原因は、脆弱な食料生産。平均海抜4000メートル以上の過酷な土地では農地が限られ、食料生産は遊牧に依存。余剰生産が乏しく、非食料生産者を養うのは困難。この人間に厳しい環境が、人口増加を妨げる。
また、余剰生産が少ないことから、資本の蓄積が進まず、有望な産業が勃興しなかった。
チベット文化圏(青蔵高原)の人口密度分布図(2010)
暖色が濃いほど、人口密度が高い。
北東から南西に引かれた褐色の線は「祁吉線」。
人口は無人地帯が多い西が7%、東が93%。
こうした自然環境による制約を背景に、チベット自治区の域内総生産(GDP)は、22年も省別で全国最下位にあり、1位の広東省の1.7%にすぎない。自治区政府の財政規模も全国最下位であり、中央政府に大きく依存する。中央政府からの交付金は、22年も自治区の歳入の67%を占めた。
産業の育成と経済的な自立は、チベット自治区の大きな課題だ。貧困は社会不安の大きな要因であり、そうした配慮からも、人々の生活水準向上に向けた政策を推進している。
チベット自治区の非識字率は極端に高い。
背景に人口分布、地理的制約、生活様式などの問題がある。
だが、人材の確保は難しい。中国では15歳以上の非識字者率が、21年は全国で3.2%であり、首都の北京では0.8%だった。一方、チベット自治区の非識字率は34.3%。つまり、3人に1人は読み書きができない。男女差も大きく、男性は26.7%だが、女性は42.7%に達する。中国でも突出した高さだ。
それゆえ、人材育成に向けた教育が必要だが、厳しい自然環境と人々の生活様式から、学校に子どもを集めるのも容易ではない。そこで、寄宿舎学校を整備しているが、西側諸国は“チベット民族を漢民族に同化させる政策”と非難する。チベットの人々を守りたい気持ちからの中国批判かも知れないが、それは教育の権利や機会を奪うことにつながる。
チベット自治区では、こうした制約から域内での内発的な産業育成が難しい。そこで、域外からの投資を誘致することで、外発的な産業育成を目指す政策も推進している。
チベット自治区は投資誘致を目的に、08年に税優遇政策を導入。産業別に優遇期間を定め、法人税などを減免した。2010年代に入ると、税優遇に魅かれた多くの上場企業が、会社登記地だけをチベット自治区に移した。
また、意外かも知れないが、チベット自治区の区都ラサ市(拉薩市)にある東方財富証券の営業店は、22年まで5年連続で顧客の証券取引額が中国1位。この会社はラサ市に複数の営業店があり、それらの取引額も全国屈指。投資家に“拉薩天団”と呼ばれる。
チベットは証券会社営業店が26店しかない。
これは全国31地区で30位。
だが、総取引額は全国15位であり、営業店平均では全国1位。
東方財富証券の営業店が大きな影響力を持つ。
本社が上海市にある東方財富証券は、金融情報サイトの運営会社が、法人税率が低いラサ市の証券会社を買収して15年に発足。個人顧客をラサ市の営業店に集中登録した結果、取引額が中国トップとなったわけだ。
地球上で最も“ヘブン”(天国)に近いチベット自治区は、今や中国の“タックス・ヘイブン”(租税回避地)。現地の経済や雇用への恩恵は少なく、“ヘブン”への道程はなお遠い。