コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食

2023.10.20|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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地図の赤い線が「秦嶺・淮河線」
この線を境に中国は南部と北部に分かれる
自然環境が異なることから、中国文化も南北で相異
中国は北緯33度付近の秦嶺山脈と淮河を東西に結ぶ「秦嶺・淮河線」で南北に分かれる。中国の北部と南部は、社会の有様が異なるが、その背景に農業と主食の違いがある。

「秦嶺・淮河線」は年間降水量800ミリ等量線であり、1月平均気温の等温線でもある。これを境に、中国の農業は北部の畑作小麦地帯と南部の水田稲作地帯に分かれる。主食も北部が小麦、南部が米という違いがある。

小麦が主食の中国北部は、麺料理が中心の食文化だ。中国の麺料理とは、“小麦を使った食品全般”を意味し、“ヌードル”ではない「中華まん」や「ギョウザ」なども含む。

このように小麦が中心という中国北部の食文化は、米を主食とする日本と大きく異なる。麺料理の概念も日本と違う。

浙江省余杭市の河姆渡遺跡で発見された炭化した稲
紀元前5000~4500年ごろの遺物と推定
人類最古の水稲栽培の証拠
朝鮮半島は日本よりも中国北部に地理的に近いのだが、その主食は米が中心であり、小麦を使った食品は少ない。中国北部の麦作文化は、東アジアでは特異な存在と言える。

東アジアで一般的な稲作文化の歴史を遡ると、水稲栽培で生産する米は、中国南部の長江流域から、先史時代の朝鮮半島や日本列島に伝わったとみられる。米は水田で栽培される水稲が一般的だが、実は畑で育てることも可能。こうした米を陸稲(おかぼ)という。

世界の稲作地域(緑色)
色が濃いほど、同一面積あたりの収穫量が多い
水田の整備は手間が必要だが、同一面積からの収穫量は、水稲が陸稲の二倍以上となる。また、水田は流水によって養分が運ばれるので、畑作のように“土地が痩せる”という「連作障害」が起きず、メリットが大きい。そのため、米の生産は水稲栽培が一般的だ。

稲作が伝来する以前の朝鮮半島や日本列島では、アワ(粟)やヒエ(稗)を主食としていたが、やがて米に取って代わられた。

世界の人口密度
色が特に濃い地域は、稲作地域と一致する
その主な理由は生産効率。同一面積からの収穫量は、水稲がアワやヒエを上回り、小麦すら超える。世界的に見ても、水稲栽培の地域は人口が多い。その背景には、効率的な水稲栽培が、人口増を支えたことがある。

だが、黄河文明の中心地である中国北部は、水稲栽培に適しておらず、アワが主食だった。一説によると、中国北部の人々はアワこそが文明の食べ物と考え、中国南部で水稲栽培される米を“蛮族の食べ物”と見なしたという。

アワが主食という中国北部の状況は、唐王朝の時代まで続いた。小麦は先史時代に西アジアから中国に伝来していたようだが、まったく普及しなかった。小麦を製粉せずに、そのまま煮炊きした味が不人気だったようだ。製粉には石臼が必要だが、それは高価な品であり、これも普及の妨げになったとみられる。

小麦が主食として中国北部に普及したのは、西暦千年ごろの宋王朝の時代。悠久の中国史からみれば、比較的最近の出来事だった。言い換えれば、小麦の普及に数千年を要した。

小麦の普及により、さまざまな麺料理が中国に誕生した。しかし、当初は麺料理について、中国南部の人々は毒性があると信じ、その後も米食中心の食生活を続けたという。

遼王朝(916~1125年)時代の墓に描かれた壁画
内モンゴル自治区赤峰市バイリン左旗で出土
マントウなどの麺料理が描かれている
当時の中国主要部は宋王朝だった
こうして中国の食文化は、小麦食の北部と米食の南部に分かれた。それは今日の中国社会における様々な南北相違の原点でもある。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は11/5公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 45. 信仰で区別された特異な少数民族~中国の回族とは?NEW!
  3. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響
  4. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
  5. 42. 洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術
  6. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計あり
  7. 40. 商売の神様は実在した人物~彼が神たる理由とは?
  8. 39. 見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」
  9. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  10. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
  11. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度
  12. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  13. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  14. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  15. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  16. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  17. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  18. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  19. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  20. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  21. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  22. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  23. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  24. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  25. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  26. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  27. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  28. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  29. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  30. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  31. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  32. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  33. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  34. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  35. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  36. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  37. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  38. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  39. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  40. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  41. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  42. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  43. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  44. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  45. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  46. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


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