コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

“人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ

2023.9.5|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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一昔前は中国人のイラストを描くのが非常に簡単だった。いわゆる“人民服”さえ着せれば、それは誰の目にも中国人として認識された。中国人の誰もが同じような服を着ていたことは、世界の人々の目に奇異に映った。

天安門広場で毛沢東の登場を待つ紅衛兵や文革支持者たち みんなが人民服を着た背景には、プロレタリア文化大革命(文革)の影響があった。

文革とともに出現した“紅衛兵”とは、毛沢東を熱狂的に支持する極左思想の若者集団。彼らは軍服のような“紅衛兵装”で身を固め、古い思想、文化、風俗、習慣を破壊し、これらが刷新された新社会の樹立を目指した。

紅衛兵に攻撃されるキリスト教関係者 当時は紅衛兵の集団が街を練り歩き、帝国主義、封建主義、資産階級、地主階級、搾取階級などを連想させる服装を取り締まった。洋服、革靴、スカート、旗袍(チャイナドレス)、アクセサリなどを身につけた人を見つければ、暴力的な制裁を加えた。華美な化粧や髪形も、紅衛兵による弾圧の対象だった。

その結果、人々の外見は批判されない方向に集約され、いわゆる人民服に落ち着いた。中国人の服装が均一的だった背景には、こうした歴史的悲劇があった。

中山装を着た孫文 日本で人民服と呼ばれる服装は、中国では“中山装”(日本語:中山服)という。“中山”とは孫文の号。中華圏では孫文を“孫中山”と呼ぶ。中山装と名づけられたのは、これをデザインしたのが孫文と言われるからだ。

中山装は1920年代から流行し、中国国民党の中華民国政府で官服として採用。中国共産党の指導者も、これを着用するなど、主義主張を超えた中国人の“国民服”となった。

中華人民共和国後の成立後も、毛沢東は中山装を継承。1956年に毛沢東の体形に合わせて改良が施され、“毛式中山装”(略して“毛装”)に変化した。

この中山装のデザインには、さまざまな意味が込められている。

中山装を着た宿敵同士
左は中国国民党の蒋介石
右は中国共産党の毛沢東
例えば、左右の胸と腰にあつらえた四つのポケットは、国家の維持に必要な“四維”、すなわち“礼、義、廉、耻”を意味する。

五つのボタンは、孫文が掲げた“立法、司法、行政、考試、監察の五権分立”を示す。

片腕に三つの袖ボタンは、孫文が唱えた“民族、民権、民生の三民主義”を表す。

背中の中心には縫い目がなく、“国家が分裂しないことへの願い”が込められている。

孫文の理念を盛り込んだ中山装は、中華民国の移転先である台湾にも持ち込まれた。

台湾では1987年7月15日に戒厳令が解除されるまで、公務員は中山装を着ていたが、その後は衰退した。

中国本土では1978年12月に改革開放が始まると、人々の服装が多様化。中国共産党の幹部もスーツ姿が目立つようになった。

オランダを訪問した習近平・国家主席
中山装で晩餐会に臨んだ。
しかし、中国の最高指導者は重要な式典や外交などで中山装を着用する。中国文化への自信を誇る習近平・国家主席は、2014年3月に訪蘭した際、中山装で晩餐会に臨んだ。

いまや中山装は、中国の諸民族を包括した“中華民族”を強調する立派な正装に発展した。人民服という何だかチープな日本での呼び名も、そろそろ変えた方が良い気がする。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は9/20公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 45. 信仰で区別された特異な少数民族~中国の回族とは?NEW!
  3. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響
  4. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
  5. 42. 洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術
  6. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計あり
  7. 40. 商売の神様は実在した人物~彼が神たる理由とは?
  8. 39. 見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」
  9. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  10. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
  11. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度
  12. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  13. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  14. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  15. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  16. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  17. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  18. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  19. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  20. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  21. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  22. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  23. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  24. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  25. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  26. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  27. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  28. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  29. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  30. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  31. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  32. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  33. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  34. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  35. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  36. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  37. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  38. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  39. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  40. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  41. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  42. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  43. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  44. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  45. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  46. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


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  1. ~内藤証券アナリストが書く~
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