コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由

2023.7.5|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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バイオ医薬品を製造するバイオリアクター
細胞の大量培養などに使用する
バイオテクノロジー(生物工学)は人類にとって、言葉の響きこそ新しいが、古くから慣れ親しんでいる技術だ。

日本酒の蔵元にある発酵タンク
これもバイオリアクターの一種
バイオテクノロジーとは、生物の機能を利用し、人間にとって有益な物質を獲得することだ。例えば、バイオ医薬品とは“生物由来の医薬品”を意味する。人間の血から作る血液製剤、遺伝子を組み替えた大腸菌が生み出すヒトインスリンなどが、バイオ医薬品だ。

中山国の青銅器に残っていた緑色の酒 人類は有史以前からバイオテクノロジーを利用していた。その代表例が酒だ。微生物である酵母が糖を分解する発酵作用を利用し、人々はエタノール(酒精)を得ていた。

殷王朝の青銅器は酒器が多い 酒は黄河文明の中心にあった。紀元前17世紀に始まる殷王朝は、飲酒用の青銅器を盛んに鋳造し、祭祀に用いた。“酒池肉林”という言葉も、殷王朝の紂王の故事に由来する。

酒を献上する世界最大の曹操像(高さ19.6m)
安徽省亳州市の酒神広場
中国の戦国時代には、遊牧民が河北省で中山国を建国。その王墓の青銅器からは、液状で残った2300年あまりも前の酒が見つかっている。

三国志で知られる曹操は、故郷である亳州の酒造技術をまとめ、西暦196年に“九醞春酒法”という名の醸造法を皇帝に献上した。

蒸留技術を解説するアラビア語の文献
アルコールの語源もアラビア語
ところで、酒は醸造酒と蒸留酒に大別される。日本で“紹興酒”と呼ばれる黄酒(ホワンジュウ)は、もち米などを原料とする醸造酒。一方、“茅台酒”に代表される白酒(バイジュウ)は、高粱などが原料の蒸留酒に該当する。

蒸留酒の製造方法は、13~14世紀の元王朝の時代に、アラブ人から中国に伝わったとみられる。白酒の歴史は醸造酒に比べて浅い。

貴州省茅台鎮にある茅台酒メーカーの本社ビル 茅台酒は販売価格が高いことで有名。中国での通販価格は、53度の“貴州飛天茅台”(500ml)で2999元(約6万円)だった。そのうえ、茅台酒は製造会社の株価も高い。2023年6月21日終値での時価総額は、上海市場で断トツ1位の約2兆1805億元(約43兆5100億円)。これは銀行最大手である中国工商銀行(ICBC)の約1.7倍、石油最大手である中国石油天然気(ペトロチャイナ)の約1.8倍、生保最大手である中国人寿保険(チャイナライフ)の約3.0倍に相当する。

銀行、石油、保険の最大手よりも、白酒メーカーの時価総額の方が大きいとは、なんとも奇妙に見える。同じ日の日本の時価総額トップは、トヨタ自動車の約35億円。茅台酒のメーカーは、時価総額が日本車の最大手メーカーをも超えるということになる。ちなみに、同じ日の茅台酒の終値は1735.83元(約3万4600円)であり、日本株と比べても、かなりの“値嵩株”と言える。

白酒の麹はレンガのような固体物 販売価格にしろ、時価総額にしろ、株価にしろ、なぜ茅台酒はこんなに高価なのか?その理由を製法から読み解こう。

茅台酒の麹は、小麦などを原料とし、水と種麹を加えて攪拌する。それを木箱に入れ、踏み固める。麹はレンガのような固体の状態で発酵する。麹の発酵温度は60度以上に達し、芳香を生む微生物が内部に蓄積される。

発酵によって発熱する“もろみ” その麹を蒸した高粱に混ぜ、地面で円錐形に堆積させる。この堆積物は高さが2メートルほどに達し、これが“もろみ”となる。その発酵温度も50~60度に達する。

円錐形に堆積した“もろみ”が香気を放つと、これを“窖池”と呼ばれる巨大な地面の穴に投入する。深さ3~4メートルもある窖池には、微生物が独特な生態系を形成しており、彼らが“もろみ”を発酵させる。

もろみが膨らむ瀘州老窖の古い窖池 古い窖池は数百年の歴史があり、銘酒の生産に欠かせない。窖池の“もろみ”は発酵によって、小山のように膨張する。

窖池の“もろみ”に対しては、原料の投入と蒸留が繰り返される。原料の投入は計9回で、3回目からは“もろみ”の一部を蒸留し、“原酒”を抽出する工程が加わる。つまり、原酒の抽出は、計7回ということになる。

原酒の調合は職人技 抽出の時期や段階が異なる原酒を混ぜ、味を調整し、こうして茅台酒が完成する。全工程が完了するには、5年近くの歳月を要する。

高温発酵と長期熟成にこだわる茅台酒は、貴州省茅台鎮の風土と職人技が生み出す伝統的バイオテクノロジーの傑作だ。希少性も高い。この酒が高価な理由はそこにある。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は7/20公開予定です。お楽しみに!

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  1. ~内藤証券アナリストが書く~
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  7. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
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  9. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  10. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  11. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  12. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  13. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
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  17. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  18. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  19. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  20. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  21. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  22. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  23. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  24. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  25. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  26. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  27. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


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