コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

“いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い

2023.4.20|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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中国は世界最大の電気自動車(EV)市場に成長した。国際エネルギー機関(IEA)の統計によると、世界の年間EV販売台数は2021年に657万台に達し、10年前の134倍となった。うち中国での販売台数は352万台で、世界全体の53.5%を占めた。

温室効果ガス排出を全体としてゼロとする脱炭素社会の実現に向け、今後も世界的にガソリン車からEVへの移行が続くだろう。

その他の国の年間EV販売台数シェアを見ると、21年は2位のドイツが11%、3位の米国が10%で、日本は0.7%に過ぎない。

“メイド・イン・ジャパン”は家庭用電気製品で力を失い、いまも優位性を保っているのは自動車だが、それも危うい状況だ。

8輪駆動EVのエリーカ
(エコカーフェア 2006 in おおさか)
日本のEVが世界をリードする可能性は、20年前なら確かに存在した。慶應義塾大学の清水浩・教授が04年に開発した“エリーカ”は8輪駆動のEVで、最高時速は370㎞に達した。このエリーカが無音で高速走行する姿は、04年10月2日放送のNHKスペシャルで紹介された。その高性能ぶりに、多くの視聴者がEV時代の到来を予感しただろう。

エリーカにとって最大のボトルネックはバッテリーだった。そこで清水教授が向かったのが、中国の広東省深圳市。携帯電話用リチウムイオン電池メーカーのBYDを訪問した。その様子も番組で紹介された。

清水教授が披露したエリーカの走行シーンを見たBYDの幹部たちは、あまりの高性能ぶりに驚愕し、唖然とするほかなかった。

一方の清水教授は、不安な表情でBYDの幹部たちを見つめていた。おそらく中国企業への不信感があったからだと思われる。

BYDは前年の03年1月にEV製造に向けた第一歩として、小さな自動車メーカーを買収していた。ただ、当時は誰もがEV時代の到来に半信半疑だった。

しかし、エリーカの姿を見て、BYDの幹部は新時代が迫っていることを確信したのだろう。即座に清水教授に提携を申し出た。だが、清水教授はあっさりと断ってしまった。

BYDは05年に初の自社ブランド車を発売。しかし、これはガソリン車であり、性能や外観も外国車に見劣りした。しかし、BYDはEVへの道を諦めなかった。

ウォーレン・バフェット氏とBYDの王伝福・主席 清水教授は“BYDのいままで”を気にしたが、世界的に有名な投資家のウォーレン・バフェットは、“BYDのこれから”に注目した。

バフェットは08年9月にBYDへ2.3億米ドルの出資を決定。BYDは電池メーカーだった強みを生かし、車載バッテリーやパワー半導体も自社で手掛ける“骨太なEVメーカー”に成長した。世界最大のEV市場に発展を遂げた中国でBYDは最大手となり、ついに22年7月には日本進出を発表した。

BYDのスーパーEV“仰望U9”
停止状態から2秒で時速100㎞に達する加速性能
一方、BYDを驚かせたエリーカは、市販化できず、“宝の持ち腐れ”に終わった。もし、あの時にBYDと清水教授が手を組んでいたら、日本のEV市場は、今とは違った姿になっていたかもしれない。いまの日本に必要なのは、“いままで”ばかりに拘らず、“これから”を正しく評価できる力ではないだろうか?

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は5/5公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割NEW!
  3. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  4. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  5. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  6. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  7. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  8. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  9. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  10. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  11. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  12. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  13. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  14. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  15. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  16. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  17. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  18. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  19. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  20. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  21. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  22. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  23. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  24. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  25. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  26. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  27. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  28. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  29. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  30. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  31. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


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  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割NEW!
  3. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  4. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  5. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  6. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  7. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  8. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  9. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
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  11. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
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  14. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
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  19. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
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