コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い

2023.4.5|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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ヤンゴン証券取引所(YSX)の開業式典
(2015年12月9日)
ミャンマーのヤンゴン証券取引所(YSX)は、2015年12月9日に正式開業した。この国では1996年に店頭市場のミャンマー証券取引センター(MSEB)が設けられていたが、証券取引所としてはヤンゴン証券取引所が初めてだった。

このヤンゴン証券取引所の創設には、日本が深くかかわっている。ヤンゴン証券取引所の筆頭株主はミャンマー経済銀行で、その持ち株比率は51%だが、残る49%の株式は日本の法人が保有。持ち株比率は、二位株主の大和総研が30.25%、三位株主の日本取引所グループが18.75%となっている。

ミャンマーに証券取引所を創設するという構想は、1993年に始まったそうで、ヤンゴン証券取引所の開業までに22年を要したことになる。

ミャンマーは2010年に民主化された。日中関係が冷え込んでいることもあり、ミャンマーは“脱中国”を目指すうえでの有望な投資先として、日本でも大々的に報道された。

こうした情勢を背景に、ヤンゴン証券取引所の開業は日本でもかなり注目された。日本がかかわっていることから、報道ぶりも熱気を帯びていた。

そんなヤンゴン証券取引所だが、開業から7年あまりが経つのに、上場企業は2023年3月下旬時点でも7社にすぎない。ちなみに、7社目が上場したのは、2021年2月の軍事クーデターから4カ月後だった。

こうした状況ゆえ、売買代金も微々たるものだ。2020年3月に外国人投資家の売買が解禁されたが、コロナ禍や軍事クーデターの影響もあり、効果はほとんどなかった。

2016年3月25日を1000ポイントとするミャンマー株価指数(MYANPIX)は、2023年3月24日の終値が366.56ポイント。そもそも1銘柄だけしか上場していない時点で株価指数を公表するのには無理がある。1000ポイントを超えた日は十数日しかない。

なぜ、こうした状況になったのか?中国本土に株式市場が誕生した過程を見れば、ヤンゴン証券取引所が低迷している原因も自ずと明らかになる。

成都市工業展銷信託股份公司の株券
1980年6月に四川省成都市の主導で発行
大型ビルの建設資金を調達することが目的だった
株式市場にはプライマリー市場(発行市場)とセカンダリー市場(流通市場)がある。発行市場は企業が株式を発行し、投資家から資金を調達する場。こうして発行された株式を売買する場が流通市場だ。

社会主義の中国本土で初めて“株式”という名の証券が発行されたのは1980年。資本主義の象徴である“株式”という言葉を口にしただけで政治リスクのあった時代だ。

四川省成都市の紅廟子街に誕生した株券闇市
株券とIDカードを手に取引相手を探す人々
闇市は1994年1月に閉鎖された
各地の地方政府は危険を冒しながらも、建設資金を調達するため、中央政府に無断で独自に株式の発行を開始。こうして各地に発行市場が生まれ、株式市場が萌芽した。

発行市場は生まれたものの、取引所は存在せず、投資家が購入した株式を売却するのは一苦労。すると、株式に関心を持つ人々が特定の場所に自然と集まり、そこで売買するようになった。店頭市場や取引所が創設されるまで、こうした“闇市”状態が十年ほど続いた。

静安証券営業部の内部
当時は“世界一小さな取引所”と呼ばれた
発行済みの株式を売買したいというニーズに応え、上海市に政府公認の株式店頭市場が誕生したのは1986年9月26日になってから。繁華街の南京西路にあった10平米あまりの理髪店を改装し、“静安証券営業部”と呼ばれる世界一小さな取引所が開業した。

開業したばかりの上海証券取引所
ホテル「浦江飯店」の孔雀庁を改装した
上海証券取引所が開業したのは、それから4年あまりが経過した1990年12月19日。深圳証券取引所は中央政府の許可を得ないまま、1990年12月1日に試験開業を決行。その後、中央政府の許可を得て、1991年7月3日に正式開業した。だが、上海市や深圳市から遠い地方では、株券の闇市がその後も数年間存続した。

ニューヨーク証券取引所の始まり
すずかけの木の下に集まるブローカーたち
このように、株式市場が生まれる順序は、発行市場が先で、流通市場が後。取引所はなくても、中国に存在した闇市のように、株式の取引は勝手に始まる。どの国でも、最初はそうだった。いまでは世界最大のニューヨーク証券取引所でさえ、1792年5月17日に24人の株式ブローカーが、ウォール街にあった“すずかけの木”に集まることで始まった。建物がなくても、株式の取引は自然発生的に生まれるのだ。

だが、ミャンマーでは順序が逆だ。器を作ったのに、入れる物がない状態。やはり株式市場は順序通りに育成しなければならない。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は4/20公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割NEW!
  3. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  4. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  5. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  6. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  7. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  8. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  9. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  10. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  11. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  12. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  13. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  14. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  15. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  16. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  17. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  18. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  19. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  20. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  21. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  22. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  23. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  24. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  25. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  26. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  27. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  28. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  29. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  30. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  31. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


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  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割NEW!
  3. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  4. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  5. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  6. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  7. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
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  9. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
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  11. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  12. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
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  14. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
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