コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み

2023.3.5|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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中華料理の四大系統“四大菜式”
“八大菜式”“十大菜式”の区分もある
中国の食文化は多様
中国の国土は日本の25倍もあり、自然環境も多様だ。各地の自然環境に合わせ、人々は食材を調達し、独自の食文化を築き上げた。

中華料理の四大系統(四大菜式)と呼ばれる大分類には、 “魯菜”(山東料理)、 “川菜”(四川料理)、“粤菜”(広東料理)、“蘇菜”(江蘇料理)があり、それぞれに強い個性がある。四大系統の内部にも違いがあり、中華料理の地域性と多様性は、挙げればきりがない。

このように食文化の地域色が強い中国では、全国展開が可能な料理に限りがある。世界的に有名な北京ダックの名店“全聚徳”も、粤菜地域の広東省などでは、苦戦している。

中国のマクドナルド(中国名:麦当労)
発音は中国の標準語で “マイダンラオ”
広東語では“マクドンロウ”
全国展開できる料理の代表格は、ファストフードを含む外国料理。改革開放とともに、中国に流入した外国料理は、どの地域にとっても目新しく、未経験の食べ物だったことから、ほぼ全国で一様に受け容れられた。中国の少数民族料理も、漢民族の居住地域では、外国料理と似たような扱いとなる。

中華料理として全国展開が可能なのは“火鍋”だ。火鍋と言えば、日本人は激辛な鍋料理を連想するが、これは正確ではない。中国語で“火鍋”とは、鍋料理全般を意味する。日本の鍋料理も、中国人にとっては“火鍋”だ。

中国の火鍋
食材や味付けは多種多様
中国の火鍋とは鍋料理全般なので、味付けは多様だ。辛くない火鍋もある。火鍋は自分の好みに合わせ、スープや食材を選べるので、食文化が多様な中国でも、全国展開は容易だ。だが、火鍋を除くと、全国的に受け容れられる中華料理は、なかなか見当たらない。

こうしたなか、2010年代に全国展開できる食材が“再発見”された。それがザリガニだ。ザリガニは中国語で“小龍蝦”という。

ロブスターが中国語で“龍蝦”なので、“小龍蝦”は「小さなロブスター」という意味になる。 “誇大広告”に感じるかも知れないが、ザリガニとロブスターは、同じく“ザリガニ下目”に属す水棲生物であり、誤りではない。ロブスターはザリガニ下目アカザエビ上科に属し、逆に“海のザリガニ”とも言える。

出前サービスで届いた酒の肴
ザリガニ料理は大人気
中国でザリガニ料理は、長年にわたり一部地域のマイナーな存在だった。だが、中国では全般的に、肉類よりも水産物の方が食材としては“格が上”だ。さらに“小さなロブスター”という美名も手伝い、2010年代の後半になると、全国的なザリガニ料理ブームが到来した。

なかでも2018年にロシアで開催されたFIFAワールドカップでは、中国の人々がサッカーとザリガニに夢中になった。中国はサッカーファンが多いことから、大勢がテレビ中継にクギづけとなり、出前の注文が急増。出前サービス大手の美団によると、ワールドカップ開催期間中の夜間に配達したザリガニ料理は、約6500万匹に達したという。ちなみに、ビールの注文も640万本を超えた。

中国のザリガニは外来種の“アメリカザリガニ”であり、持ち込んだのは日本人だった。

一説によると、日本では1920年代にウシガエルの養殖に使うエサとして、アメリカザリガニが持ち込まれ、全国的に繁殖した。別の説では、1910年代の終わりごろに、食用目的で日本に移入されたという。このほか、米国原産のウチダザリガニという品種が、1920~1930年代に摩周湖などで放流された。背景には食料事情の改善という切実な目的があったのだが、食材としては普及しなかった。

そうしたなか、1929年に日本人が南京付近にアメリカザリガニを移入。中国のアメリカザリガニの歴史は百年に満たないが、現在では長江流域の湖北省を中心に大繁殖している。

スウェーデンのザリガニ・パーティー
“月の男”のランタンを飾るのが特徴
ザリガニは日本では食材として定着しなかった。しかし、欧米には古くからザリガニを食べる食文化がある。フランスでザリガニはエクルビスと呼ばれ、ナンチュア・ソースの原料にも使われる。スウェーデンでは夏の風物詩として、ザリガニ・パーティーが開かれる。スウェーデンのザリガニ料理は、日本でもIKEAなどで食べることができる。

筆者が食べたIKEAのザリガニ料理
(埼玉県三郷市、2018年8月5日)
スペインにはザリガニのトマトソース煮があり、オーストラリアにはミナミザリガニの料理がある。ナイジェリアにはザリガニを原料とした粉末調味料もあるそうだ。戦いの最中にあるウクライナとロシアだが、ザリガニを食べるという共通の食文化がある。

米国ではミシシッピー川流域のルイジアナ州が、アメリカザリガニの産地であり、これを食材にしたケイジャン料理が有名だ。ケイジャンとはカナダから追放され、ルイジアナ州南部に移住したフランス系の人々。ケイジャン料理は“聖なる三位一体”と呼ばれるタマネギ、セロリ、ピーマンをベースにしている点が特徴だ。

筆者が上海で食べたザリガニ料理
(2019年9月1日)
湖北省とルイジアナ州は、いずれも長江、ミシシッピー川という大河の流域にあるうえ、北緯30度付近に位置していることから、日照時間はほぼ同じ。気候区分はどちらも温暖湿潤気候であり、自然環境が似ていることから、湖北省はアメリカザリガニの繁殖に適していた。きっとザリガニ自身も、海を越えた先の大陸に、こんなに暮らしやすい場所があるとは思わなかっただろう。

ザリガニを使ったケイジャン料理 ザリガニは水田で稲と一緒に養殖できることから、農家の新たな収入源となった。中国の“ザリガニ経済”は、21年で4222億元規模。米国原産のザリガニから、中国は恵みを受けている。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は3/20公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
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  2. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割NEW!
  3. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  4. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  5. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  6. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  7. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  8. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  9. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  10. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  11. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  12. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  13. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  14. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  15. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  16. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  17. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  18. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  19. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  20. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  21. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  22. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  23. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  24. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  25. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  26. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  27. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  28. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  29. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  30. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  31. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


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  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
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  3. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
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