記憶は編集できる?(15:58)

エイミー・ミルトン(Amy Milton)
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対訳テキスト
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記憶 は日常的なもので 私達は普段気にも留めません 誰もが今朝何を食べたか 先週末 何をしたか覚えています 記憶力が衰え出して 初めて どんなに記憶というものが 素晴らしく 過去の経験がどれほど自分の 人となりを表しているか評価します

しかし記憶は必ずしも良いものとは限りません ジョン・ランカスター・スポルディングという アメリカの詩人で牧師の言葉です — 「記憶は追い出されることのない 楽園になることもあるが また 逃れることのできない 地獄にもなり得る」 私達の多くが 「絶対起こらなければ良かった」と思う 人生という物語の章を経験します 何らかのトラウマを一生で経験する 人は90%近くと推定されます 私達の多くは こういった衝撃的な経験で ひどく苦しみますが 回復し そういう経験を糧として 人間的に成長することさえあります ただし 体験によっては ひど過ぎるものもあります 例えば 性暴力にあった人達の半分近くが 心的外傷後ストレス障害 「PTSD」を発症します

PTSDはメンタルヘルスを 悪化させるもので 症状としては 激しい恐怖や不安 衝撃的な出来事の フラッシュバックなどが特徴です 生活の質に大きな影響を与える これらの症状は しばしば特定の状況や周囲の刺激が 引き金となって起こります それら刺激への反応は最初は単に 順応だったのかもしれません 例えば 紛争地域で恐怖を感じたり 身を伏せたりすることです しかしPTSDになると もはや適切でなくなっても 刺激に反応した行動をし続けるのです もし軍人が退役後 家に戻り 車のバックファイア音で身を伏せたり 激しい不安のために 家から出られないとしたら それらの刺激 つまり記憶 に対する反応は 「不適応」と呼ばれるものになります このように PTSDは 不適応記憶の障害だと考えられます

さて ここで話を止めましょう まるで記憶がひとつのものかのように お話ししていますが ひとつではありません たくさんの違うタイプの記憶があり 脳内の異なる回路と領域に依存しています ご覧のとおり 記憶は 2つのタイプに大別されます まず 私達が意識的に認識していて 知っていることを自覚していて 言葉で伝えられる記憶があります これには「意味記憶」と 「エピソード記憶」が含まれ 言葉で陳述することができるので 「陳述記憶」と呼びます

もう一方のタイプの記憶を 「非陳述記憶」と呼びます 非陳述記憶とは その内容に意識的に アクセスできないことが多い記憶で 言葉にできない記憶です 非陳述記憶の典型例は 自転車に乗る運動技能です ここはケンブリッジなので 自転車に乗れる方が多いと思います 2つの車輪をどう操るかご存知ですよね でも もし説明書を書いて 私が自転車に乗れるようにしてと頼んだら — 去年の誕生日に自転車を買ってあげたら 4歳の息子にそう頼まれました — 皆さんは 本当に苦労するでしょう 自転車にどう座ったら バランスがとれますか? どの位速くペダルを踏めば 安定して走れますか? もし突風が吹いてきたら どの筋肉をどの位緊張させれば 吹き飛ばされずに済みますか? もし皆さんが答えられたら びっくりですよ でも自転車に乗れるなら 答えは分かっているはずです ただ自覚がないだけなのです

PTSDの話に戻りますが 別のタイプの非陳述記憶は 「情動性記憶」です これは心理学において特定の意味を持ち 周囲の刺激や それらの刺激の 感情の喚起や動機づけに対する重要性を 学習する私達の能力を指します どういう意味かって? 例えば 焼きたてのパンの匂いのような刺激 或いは20ポンド紙幣のような もっと抽象的な刺激です これらの刺激は過去に起きた 良いことに結び付いているので 私達はそれらを好み 近づいていきます 逆に 例えば蜂のブンブンいう音は 非常に否定的な感情を引き出し 人によっては かなり大げさな 回避行動を示します

私は蜂が大嫌いです その事実はお伝えできますが 蜂が近くにいる時の私の反応という 非陳述的な情動性記憶は 共有できません ドキドキしている心臓や 汗ばんだ手のひらや 高まるパニック感は 共有できないのです それらについて説明はできますが 皆さんと共有はできません PTSDの観点から重要なことは ストレスは 陳述記憶と非陳述記憶 そして それらを支える脳の回路と領域に 非常に異なる影響を及ぼす点です 情動性記憶を支えるのは 扁桃体と呼ばれる 小さなアーモンド型の構造と それにつながっている部分です 陳述記憶 特に 何を いつ どこで という「エピソード記憶」は 海馬と呼ばれる タツノオトシゴの形をした 脳の領域に支えられています

トラウマ的体験をしている時の 極度のストレスは この2つの部位に非常に 異なる影響をもたらします ご覧の通り ストレスレベルが 「ノーストレス」から 「若干のストレス」まで増加するにつれ 海馬は エピソード記憶を補助するために 活性化し 陳述記憶の保管を支えるために よりよく機能します しかし「かなりのストレス」 「激しいストレス」 そしてトラウマ体験時に見られる 「極度のストレス」まで増加すると 海馬は実質的に機能停止します これが意味するのは トラウマ体験の最中は ストレスホルモンが 大量に分泌されているため 脳は「いつ どこで 何を」という具体的で 詳細な情報は保存しないということです

ストレスが海馬の機能に影響する一方で 情動的で非陳述的な記憶に重要な 扁桃体への影響をご覧ください 偏桃体の活動はどんどん 盛んになっていきます ですので PTSDの場合に残るのは 非常に強い情動性の — この場合は恐怖の記憶で 中でも 特定の時間や場所に 結びつかない記憶です これは海馬が 「いつ どこで 何を」 という情報を保存しないためです このように これらの刺激は もう適切でなくなっても 行動を制御してしまい 「不適応」を引き起こすのです もしPTSDは不適応な記憶のせいだと 分かっているなら この知識をPTSDの患者への 治療成果の向上のために 使えるのではないでしょうか?

PTSDを治療するため開発中の 画期的なアプローチでは 根底にあり 不適応を引き起こす 情動性記憶の消去を目指します このアプローチの可能性が 検討されるようになったのは 近年 記憶に関する理解が 根底から変わったからです 従来は 記憶するということは ペンでノートに 書いているようなもので インクが乾いたら 記録した情報は 変更できないと考えられていました 記憶の保存を支えるために 脳内で起こるすべての構造的変化は およそ6時間以内に終了し その後は 変化しないと考えられていました これは「記憶の固定化」 として知られている理論です

しかし より最近の研究は 記憶することは むしろワープロで書くことに近いと 示唆しています 私達は最初に記憶を形成し それを保存 又は保管します しかし適切な条件下では、 その記憶を編集できるのです この「記憶再固定化」の理論では 記憶を支えるために 脳内で起こる構造的変化は 元に戻すことができます 古い記憶でさえもです

この編集プロセスは いつでも起こるわけではありません 「想起」という非常に特定の 条件下でのみ起こります では記憶を呼び覚ましたり ファイルを開いたりするようなものが 想起だと考えてみましょう 私達はよく 単なる記憶の呼び起こしをしています 記憶のファイルを 読み取り専用で開いています しかし 適切な条件下では そのファイルを 編集モードで開いて 情報を変更することができるのです 理論的には そのファイルの内容は削除でき 保存ボタンを押すことにより そのファイル つまり 記憶は 存続します この記憶の再固定化の理論は どうやって時々過去を 誤って記憶するかというような 記憶の幾つかの奇妙な働きを 説明できるだけでなく PTSDの根底にある 不適応を起こす恐怖の記憶を 消す方法も与えてくれます 必要なのは次の2つだけです 記憶を不安定にする方法 つまり ファイルを編集モードで開く方法と 情報を削除する方法です

私達が最も進展させたのは 情報を削除する方法の理解です かなり早い段階で 血圧調節に広く処方される薬である β遮断薬「プロプラノロール」が ラットの恐怖記憶の再固定化を防ぐために 使えることが分かりました 記憶が編集モードである時に プロプラノロールが与えられると ラットは恐怖感情を呼び起こす刺激を もう怖がっていないような動きをしました あたかもその刺激を怖れることを 学習したことがないかのようでした そしてこれは人間に使用しても 安全な薬でした さて その後すぐ プロプラノロールが人間の恐怖記憶も 消せることが解明されましたが 決定的な点として 記憶が 編集モードにある時だけうまくいきます

その研究に参加したのは 健康な人間のボランティアでしたが 重要なのはその研究が ラットでの発見が人間にも応用でき 最終的に人間の患者に 適用できると証明していることです そして人間の場合 非陳述的情動性記憶を 消してみることによって 陳述的エピソード記憶への 影響をテストできます これはとても興味深いことです 記憶が編集モードである時に プロプラノロールを与えられた被験者達は 恐怖を呼び起こす 刺激を怖れなかったにもかかわらず まだその刺激と恐ろしい結果との関係を 説明することができたのです まるで それを恐れるべきだと知りながらも 恐れないかのようでした これはプロプラノロールが 非陳述的な情動性記憶を 選択的に消すことができ しかも 陳述的なエピソード記憶はそのまま 残しておけることを示唆しています ただし決定的なのは プロプラノロールは 記憶が編集モードの時のみ効果がある点です

では どうやって記憶を 不安定にしますか? どうやって 編集モードにしますか? 私の研究室ではこれに関して かなり研究しました 新しい情報を ある程度 しかも過多にならず 記憶に組み込むことが 鍵だと分かっています 脳が様々な化学物質を使用して 記憶を更新し ファイルを編集するための 合図を送ることも分かっています 私達は 殆どの実験で ラットを使いますが 他の研究室では人間の記憶 しかも PTSDの根底にある不適応な記憶さえ 編集できるようにする 同じ要因を発見しました 実際 様々な国の多くの研究室が PTSDの治療のために記憶消去の 小規模な臨床試験を開始し 非常に有望な結果を出しました

これらの研究は より大きな規模で 再現性を示す必要がありますが 記憶消去がPTSD治療に 有効かもしれないと示しています トラウマ記憶が「逃れられない地獄」では なくなるかもしれません

この記憶消去のアプローチには 大きな期待が寄せられていますが 一筋縄にはいきませんし 議論の余地があります 記憶の消去は 倫理にかなうでしょうか? 目撃証言のようなものは どうするのですか? もし他の薬を服用している関係で プロプラノロールを 併用できなければどうします?

倫理の尊重と目撃証言に関しては 臨床試験で分かったことが 重要なポイントだと思います プロプラノロールは非陳述的な 情動性記憶に作用するだけなので 陳述記憶に基づく目撃証言に 影響する可能性は低いと思います 基本的に これらの記憶消去治療が 目指しているのは 情動性記憶を薄れさせることで トラウマ記憶を完全に 取り除くことではありません これはPTSDを発症した人の反応を トラウマを経験したにもかかわらず PTSDを発症しなかった 人のようにするはずで そもそもトラウマ経験が全くない人の 反応のようにするのではありません ある種の無垢な心を作り出すことを 目的とした治療よりも

殆どの人に倫理的に 受け入れやすいと思います

プロプラノロール自体はどうでしょうか みんなに与えることはできませんし 誰もがメンタルヘルスの治療に 薬を飲みたいとは限りません そこで テトリスが役立つかもしれません そう テトリスです 臨床治療での協力者と共に 行動介入でも記憶の再固定化を 妨げるかどうか検討してきました さてどうやればいいでしょう?

同じ脳領域を情報処理の基盤とする 2つのタスクを 同時に実行することは 基本的に不可能だと分かっています ラジオに合わせて歌いながら メールを書こうとすることを考えて下さい 1つのタスクの処理は もう1つのタスクの処理を邪魔します それは記憶を呼び覚ます時 特に編集モードの時も同じです もしPTSDのフラッシュバックのように 非常に視覚的な症状を使って 人々に編集モードで記憶を思い出させ テトリスのように 高度な視覚的集中を要するタスクをさせたら 記憶を妨害する情報をたくさん取り込ませて 本質的に記憶を 無意味なものにすることが 可能なはずです この理論は 健康な被験ボランティア達の データで立証されています ボランティア達は 非常に不快な映像を観ました 例えば 眼科手術や 道路交通安全広告や スコセッシの 『The Big Shave』などです これらトラウマ的動画は フラッシュバックに似たものを 健康なボランティア達に それを観てから約1週間生じさせます 人々にそれらの不快な動画の 最悪な瞬間を思い出してもらいながら 同時にテトリスをやってもらうと フラッシュバックの頻度が 大幅に下がることを発見しました 繰り返しますが うまくいくには 記憶が編集モードでないといけません

研究の協力者たちは これを臨床で患者集団に適用しました 対象は 交通事故の生存者達と 緊急帝王切開を経験した母親達で どちらのトラウマ体験も 高頻度でPTSDを起こします 結果 非常に期待を抱かせるような 症状の軽減が どちらの臨床例でも観察されました

まだ学ぶべきことや 最適化すべき手順がたくさんありますが これらの記憶消去治療は PTSDのような精神疾患の治療として 非常に見込みがあります トラウマ記憶が必ずしも「逃れられない地獄」 ではなくなるかもしれません

このアプローチは 試してみたいと思う人々に 決して経験したくなかった 人生の章のページをめくる可能性を提供し メンタルヘルスを 改善するものと信じます

ありがとうございました

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このプレゼンテーションについて

トラウマとPTSDは、あなたの脳、中でもとりわけ記憶の配線を狂わせ、刺激に応じて非常に害のある感情的反応を呼び起こしてしまうことがあります。記憶そのものを消去せずにこれらの心理的なトリガーを除去することはできるでしょうか?神経学者のエイミー・ミルトンが、記憶の編集に関する極めて斬新な臨床研究を紹介します。この研究は、苦痛を伴う記憶の有害な影響を和らげ、メンタルヘルスを改善する可能性を持った道を開いてくれます。

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